第3話

 女性の店員さんは、沢山の資料を抱えて帰ってきた。

 先ほどと変わらない営業スマイルを浮かべて、私たちに聞いてくる。


「いっぱい物件情報持ってきましたよ。どんな部屋でも、任せてくださいね。どんなお部屋がお好みでしょうか?」


 彼は店員さんに緊張してそうだったので、私が率先して答える。


「すごく頼もしいです。できれば、LDKは欲しいと思っていまして、寝室は一つで良いかなって思うんですけれども」


 私は、そこで少し言葉を区切って、彼の様子を見る。

 前もって、私の好きな物件を選ぶと良いと言ってくれていたが、意見の違いが大きいと、後々問題になっちゃうからね。


 彼は、まっすぐ店員さんを見つめていた。

 まったく、緊張しすぎだよ。


 とりあえず、私の意見で進めてしまおうかな。

 私は言葉を続けた。


「少し長く住むことも考えたりしてまして、もう一つくらい部屋が欲しいかなって思ってまして……」



 私の言葉に、店員さんは察してくれたようで、明るい反応を示した。


「もしかして、お子さんのことを考えていたりしますか?」

「……へへへ。そうなんです。まだ早いかもですけど」


 店員さんは少し悩んだ様子をしながら、切り出した。


「お子さんができたら、その時に住み替えるのも良いと思いますよ。使わない部屋であれば、その分家賃も高くなってしまいますし」

「なるほど、そうなんですね」


 子供のこともあったけれども、せっかく都会にするなら、都会の広い部屋に住みたいという理想を持っていたけど……。

 少し狭くなるとちょっと夢が萎むんじゃうかもなー……。

 店員さんは、私から彼の方へと視線を移す。


「彼氏さんは、どう思いますか?」

「うーん……。やっぱり、もう少し広い部屋も見せてもらっても良いですか?」


 ……おぉ。私のことわかってくれてるな。

 言わなくても意思疎通ができてるっていいね。


「そんなに駅が近くなくても、大丈夫です。広さは欲しいんですけれども、出せる費用というのも、少し限られてまして……」

「そうなんですね。かしこまりました。少々お待ちください」



 店員さんはそう言うと、また一度奥へと引っ込んでしまった。


 その様子を見届けると、私は彼に話しかける。


「ありがとう。私のことよくわかっているね。……そういうところ、大好きだよ」

「まぁな。毎日、理想の部屋の話をされてたから、わかってるよ」


 人がいないと、すぐにイチャイチャしたくなっちゃうな。

 やっぱりこの人を選んで良かった……。

 私は、幸せ者だよ……。


 店員さんはまだ戻って来ないようであったが、イチャついてばかりもいられないと思い、最初に持ってきてもらっていた物件情報に目を通していた。

 その中にも良い物件がいっぱいあるようで、内見をしてみたい物件もいっぱい出てきた。





 私と彼で夢中になって資料を見ていると、先ほどの店員さんが帰ってくる足音が聞こえてきた。

 気付いてはいたが、まだ資料を見終わっていなかったので、資料に目を落としたままでいたが、席に近づいてくると店員さんは二人いるようであった。


 私は、今見た物件情報も内見してみたい旨を伝えようと、視線をあげた。



「新しい物件情報持ってきてもらわなくても、ここに良い情報がいっぱいありま……」


 途中まで言いかけたところで、新しく来た店員さんと目が合った。


 整った目鼻立ち。優しい瞳。

 爽やかな笑顔を浮かべて、こちらを見ていた。


 私は、その顔に、目を奪われてしまった。


 なんだろう……。

 心がキューッと締め付けられる気分……。


 とてもカッコいい……。



「初めまして。佐々木と申します」


 そう言って、名刺を渡してきた。

 店員さんから目を離せず、そのまま名刺を受け取った。


「駅遠の物件でも良いというので、これからは私も物件案内に加わりますね」

「……あ、は、はい」



 ……声まで、カッコいい。


 初めてだ。

 男の人に見とれてしまうなんて。


 都会に憧れを持っていたけれど、こんな感じのできるビジネスマンみたいな人。

 私の理想のタイプ。


 私がぼーっと見とれてしまっていると、彼が話し始めた。



「2LDKの間取りが良いと思ってまして」


 佐々木さんは、私にニコッと笑顔を向けた後に、彼と話し始めた。


「それは、お子さんが増えることを計画しているという話で聞きました」

「恥ずかしながら、そうなんです。早々に子供が一人くらいできても、住めるくらいの所を考えているんです。なかなか引っ越しって苦労すると思いまして。家電の買い替えとかもしないうちに一人目は欲しいなって」


 ……なんだか、話が頭に入って来ない。

 佐々木さんは、私と彼のどちらにも話を聞く姿勢なのだと思うけれど、ちょくちょく私の方を見てくる。


 優しい笑顔で。

 私に笑いかけてくれる。


「そうなんですね。この家では、子供は何人目までご予定されているでしょうか?」



「……」



 一瞬時が止まった。


 佐々木さんは、私に聞いてくれているようであったが、見とれてしまって、すぐに答えられなかった。



「……あ、ええっと。その質問は、私が答えた方が良いですよね。……まずは一人しか考えていなくて」


 目を合わせると緊張してしまうので、俯き加減で答えると、女性の店員さんが佐々木さんをたしなめた。


「佐々木さん。そんなこと聞くと、ハラスメントで訴えられますよ?」

「あ、そうでしたね。すいません。魅力的な奥様だなと思いまして。ついつい」


 誠実そうな目をして、私に言ってくる。


 隣で、彼が見ているというのに。

 私、佐々木さんに心奪われているのかな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る