発見
じっと白い船を見つめる悟史は、甲板へ足を掛ける。
と同時に、バシャンと何かが海へ落ちる音を耳にした。
『おいおい、まさか……』と頬を引き攣らせる俺の前で、悟史はスマホのライトを海へ向ける。
「────久世彰、発見。泳いで逃げようとしているみたい」
「はぁ……ガチで往生際悪いな」
『そこまでして逃げるか』と半ば感心し、俺はガシガシと頭を搔いた。
水飛沫を上げて遠ざかっていく久世彰を見つめ、どうしようか迷う。
放っておいても、どうせ直ぐに力尽きるだろうが……あまり距離を取られると、俺達だけじゃ追えなくなる。
何より、海から引っ張りあげられなくなる。
夏だから救助隊の到着を待っている間に凍死……という危険性はないだろうが、溺死の危険性はあるし、悠長にしていられなかった。
『夜の海となると、救助隊も積極的に動いてくれないだろうし』と考え、俺は小さく肩を落とした。
「正直、あまり気は進まないが……やるしかないか」
誰に言うでもなくそう呟くと、俺は自身の手首を噛みちぎった。
その途端、悟史はハッとしたように息を呑むが……俺は気にせず、海へ手のひらを翳す。
────霊力のたっぷり籠った血を垂れ流しながら。
この世ならざる者達は基本、霊力を好む。というのも、霊力そのものが彼らを形作る要素だから。
そのため本能的に取り込もうとするし、霊力が多ければ多いほどより強大な力を奮える。
まあ、要するに何が言いたいかと言うと────俺はわざと霊力を振り撒いて、奴らを強化しているのだ。
『イメージは万札ばら撒きに近いな』と思いつつ、適当なところで患部を押さえる。
悟史にもらったハンカチで止血し、遠くに行こうとする久世彰を見据えた。
「悟史、お前野球の才能あるか?」
「えっ?いきなり、何?まあ、投げるのも打つのもわりと得意だけど……」
「じゃあ、これ久世彰目掛けて投げろ」
止血のとき使用したハンカチを差し出すと、悟史は一瞬目が点になる。
でも、直ぐにこちらの狙いを理解したようで素直にハンカチを受け取った。
「コレを餌に、久世彰を襲わせようって魂胆?」
「そういうこと。強化された今なら、御神木の効果を無効化……までは行かずとも、ある程度軽減出来るからな」
『進路妨害くらいは出来るだろ』と述べる俺に、悟史はコクリと頷いた。
かと思えば、ハンカチを投げやすいよう丸めて背筋を伸ばす。
平泳ぎで前へ進んでいく久世彰をしっかり視界に捉え、悟史は勢いよくハンカチを投げた。
ブォンと風を切る音と共に飛んでいくソレは、見事久世彰の頭に命中し、ピッタリくっつく。
恐らく、髪が濡れていたからだろう。
「近くに落ちれば御の字と思っていたが、運がいいな」
「僕の腕がいいんだよ」
『狙い通りだから』と言い張り、悟史は小さく肩を竦める。
と同時に、久世彰の絶叫が耳を劈いた。
どうやら、こちらの目論見通りこの世ならざる者達から総攻撃を受けているらしい。
まあ、御神木のおかげで実質損害は0だろうが。
でも、あれだけの数を相手にすればかなり疲弊する筈。
いくらプロの祓い屋と言えど、怖くて堪らない筈だ。
これまでの行動からして、久世彰はかなりの臆病者みたいだからな。
まあ、それにしては色々とエゲつないことをしているが……。
恐らく、安全なところから高みの見物を決め込むのが好きなタイプなんだろう。
つまり、クソ。
「悟史、引き上げる準備しとけ」
「了解」
スーツのジャケットを脱いで腕捲りする悟史は、『いつでもいいよ』と示す。
準備万端な彼を他所に、俺は懐から御札を取り出した。
そして、久世彰の居るところから陸に掛けて軽く浄化する。
要するに幽霊の居ない道を一本だけ作ったのだ。
すると、久世彰は反射的に……というか、恐らく本能的にこちらへ向かってくる。
助かりたい一心で。
「────はい、おかえり」
まんまと罠に引っ掛かった久世彰を見下ろし、悟史は小さく笑った。
かと思えば、ガッシリ相手の腕を掴み、力任せに引き上げる。
結構雑に扱ったせいか、久世彰は肩を脱臼してしまったようだが……悟史は全く意に介さなかった。
『生きていて意識もハッキリしていれば無問題』と、考えているのだろう。
「じゃあ、今度こそちゃんと気絶させて……あっ、壱成。呪詛の効果を打ち消してくれる?」
「おう」
二つ返事で了承する俺は、地面に蹲る久世彰を見下ろした。
所持品はほぼ全て取り上げていて、パンツ&Yシャツ姿。
呪詛を仕掛けられているとすれば、多分────背中だな。もしくは、パンツの中。
『後者だったら、最悪なんだけど……』と思いつつ、俺は一先ず背中を確認する。
と同時に、ホッと胸を撫で下ろした。
海水で濡れたYシャツに透けて、呪詛の術式を発見したため。
『野郎の下半身を見る羽目にならなくて良かった』と心底安堵しながら、Yシャツを軽く捲った。
術式の内容をしっかり確認し、俺はさっさと呪詛を解く。
「多分、もう大丈夫だ。呪詛で目覚めることはない。まあ、それでも心配なら御神木を貼り付けておけ」
「ん。了解。ありがと」
先程も登場した小さなジップロックを見せ、悟史は中から錠剤を取り出す。
「んじゃ、また後でお話しようね」
久世彰の顔を鷲掴みにしてそう言うと、悟史は無理やり薬を服用させた。
その途端、久世彰は気を失い地面に突っ伏す。
即効性、ヤバすぎだろ……絶対、認可されていない薬だよな。
『副作用ヤバそう……』と思案しつつ、俺は軽く伸びをした。
その際、噛みちぎった手首を目にする。
「悟史、久世彰を持て。さっさとズラかるぞ。海の奴らにまたちょっかいを出される前に、な」
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