縁切りの儀式
「問題ない!それは恐らく、相手の最後の抵抗だ!本当に縁を切られそうで……いや、体から追い出されそうで焦ってんだよ!だから、続けろ!」
『こうやって言い淀んでいること自体、相手の思うツボだ』と告げ、俺は揺れる家具や不気味な影に意識を向けた。
第三者が儀式に関わるのは良くないので、極力手を出さないようにしているが……もし、物理攻撃を仕掛けてくるようなら対処しないといけないため。
『所詮、最後っ屁だろうけどな』と思案する俺の前で、高宮二郎は何とか気を取り直す。
口元を汚す黒い液体をそのままに、
「許さぬ……!」
言霊の続きを口にした。
その瞬間────高宮二郎の体から、パンッと弾かれるようにして泥が飛び出る。
恐らく、アレこそ神の力の一部であり欠片だろう。
この時点でもう高宮二郎の体には、入れなくなっている。
あとは仕上げだけだ。
『さあ、最後まで気を抜くなよ』と目を細める中、高宮二郎はおもむろに手を広げた。
かと思えば、
「一回叩いて、貴方様との出会いを否定し」
パンッと大きく手を叩く。
「二回叩いて、貴方様との日々を屠り」
再び強く手を叩き、高宮二郎は真っ直ぐ前を向いた。
「三回叩いて、貴方様との今後を拒絶する」
最後にもう一回勢いよく手を叩いて、彼は大きく息を吸い込む。
「
その言霊を合図に、
ただ、変色した盃や高宮二郎の口元を汚す黒い液体はそのままだが。
普通は元通りになるんだけどな……さすがは神とでも言うべきか、痕跡を残していきやがった。
『とりま、全部お焚き上げかなぁ』と思案しつつ、俺は高宮二郎の肩を叩く。
「お疲れ……様です。無事成功しましたよ」
『やべ、またタメ口になっていた』と焦り、俺は内心大慌てで敬語を使った。
が、本人はそれどころじゃないのか両手を組んでカタカタ震えている。
どうやら、成功した喜びよりも恐怖の方が
「……小鳥遊さん」
「はい、なんです?」
「私、もう面白半分に降霊術なんてしません……」
「是非そうしてください。マジで今回は運が良かっただけなんで。まあ、視える体質の貴方なら放っておいてもあちらから寄ってきそうですが。今は例のお守りも効力を失ったみたいですし」
棚の上に置かれた赤い布袋を見つめ、俺は小さく肩を竦める。
すると、高宮二郎に縋り付かれた。
「お、お願いします!私にもお守りを作ってください!お金はいくらでもお支払いしますので!」
「いくらでも……!?」
思わず反応を示すと、悟史は半ば呆れたように苦笑を浮かべる。
「食いつきいいな〜」
「うるさい。こっちは万年金欠なんだから、しょうがないだろ」
「今は僕からの受講料、あるじゃん」
「今は、な」
含みのある言い方をする俺は、『はぁ……』と深い溜め息を零す。
「この師弟関係はあくまで、お前を一人前にするまでの間だけだ。よって、無駄遣いは出来ない」
「ふーん?
「はっ?」
『何が言いたい?』と訝しむ俺に対し、悟史はゆるりと口角を上げる。
「僕はたとえ一人前になっても、末永くよろしくしたいなぁって思っているけど?」
「末永くとか、言うな。気持ち悪い」
「可愛い弟子に対して、それはないでしょ」
『ひどーい』と野次を飛ばしてくる悟史に、俺は蹴りを入れる。
と言っても、軽くだが。
本気でやって怒らせたら、困るし。
『及川兄弟にボコボコにされる』と思いつつ、俺は高宮二郎を引き離した。
「とにかくお守りについてですが、俺のお手製で良ければ差し上げます。一個、一万で」
「なかなかのボッタクリ」
『材料費千円も掛からないのに』と零す悟史に、俺は大きく息を吐く。
「いや、自分で言うのもなんだが、俺のお守りは超すげぇーからな。一万でも安いくらいだ」
『残りの九千円は技術料だ、技術料』と言い、俺は前髪を掻き上げた。
「とにかく、今回の報酬と合わせて欲しい個数分の代金を銀行に振り込んでおいてください。そしたら、ここの住所に宅配で送るんで」
「お守りを宅配って、なんか近代的だね〜」
「神の力を宿したお守りならともかく、人間の手で作ったお守りなんてこんなんもんだ」
茶々を入れてくる悟史を軽く受け流し、俺は『じゃあ、最後にお清めだけしときます』と述べた。
と同時に、部屋全体と高宮二郎自身を清める。
ついでに礼服やダンボールなど、お焚き上げするものをまとめておいた。
一応、御札も貼ってしっかり保全していたので数日は大丈夫だろう。
「お焚き上げは出来るだけ、早く行くようにしてください。では、そろそろ失礼します」
高宮二郎にペコリと頭を下げ、俺は身を翻した。
悟史と共に例の高級車へ乗り込み、やっとの思いで帰路に着く。
たった数時間の攻防ではあったものの、相手が神ということもあってどっと疲れた。
「それにしても……まさか、本当に────縁切りの儀式を成功させるとはな」
流れる景色をぼんやり見つめながら呟くと、悟史は直ぐさま食いつく。
「えっ?どういう意味?壱成は成功するって信じていたんじゃないの?」
「ああ、信じていたさ。でも、心情的にはどこか半信半疑だったというか……」
「理論上は可能だけど、実際に出来るとは思わなかった的な?」
「そう、それに近い感覚だな」
人差し指を立てて大きく頷く俺に、悟史は『ふーん』と相槌を打つ。
「ちなみに何で半信半疑だったの?」
「縁切りの儀式に必要な条件を満たしてなかったからだ」
「その条件って?」
「ずばり────
まあ、今回はその辺の細かい部分を対象の
あらゆる場所と繋がれる特性を持つ風の気だからこそ、出来たことだな。
俺や悟史じゃ、こうは行かない。
『だから、高宮二郎にやらせたんだ』と肩を竦め、俺はシートの背もたれに寄り掛かった。
「何はともあれ、丸く収まって良かったってことで────今日はちょっとお高い焼肉でも行くか」
「おっ?師匠の奢り?」
「んな訳ねぇーだろ。てか、付いてくる気だったのか?」
「うん。だって、まだまだ聞きたいこともたくさんあるし」
『一応、まだ講義中なんだけど?』と言い、悟史も少し体勢を崩した。
かと思えば、運転手の及川兄に行き先変更を告げる。
どうやら、本気で一緒に焼肉を食べるつもりのようだ。
『ったく、面倒くせぇ……』と毒づきながらも、俺は仕方なく悟史と晩飯を食べる。
そして、後日────高宮二郎から、お守り三十個の注文を受けた。
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