高宮二郎の決断

「さっきも言いましたが、縁切りの儀式はやらずに済んだ方がいいです。とても、相手に失礼な行為なので。今回の場合は、特に。こちらの呼び掛けに応じてくれた神様を追い返すようなものですから」


「『是非お越しください』ってアピールしているから訪れたのに迷惑がった挙句、強制退場だもんね。まあ、いい気はしない」


 『僕だったら、ブチ切れる』と言い、悟史は小さく肩を竦めた。

その傍で、高宮二郎はガタガタと震えている。

自分の仕出かしたことを改めて実感し、恐れ戦いているのかもしれない。


「ほ、他に何か方法はないんですか……?」


「ないことはないが……リスクはめちゃくちゃ高いです。ぶっちゃけ、やりたくない」


 つい本音を零す俺に対し、高宮二郎は涙目になる。

『そんな……』と項垂れる彼の前で、悟史は僅かに身を乗り出した。


「ちなみにその方法って、何なの?」


「シンプルにバトル」


「えっ?水の気って、バトれるほど強いの!?」


「いや、全然?ただひたすら浄化しまくるだけ」


 『ある意味、脳筋戦法』と言ってのけると、悟史は頭を捻る。


「浄化?お清めのこと?」


「いや、似ているけど少し違う。お清めは悪いものを良いものに変化・・させる力で、浄化は悪いものを消滅・・させる力。つまり────」


「────浄化し続ければ、神様も殺せるってこと?」


 またもや最後のセリフを掻っ攫っていく悟史に、俺は一つ息を吐いた。


「そう。今回の神様は幸か不幸か、穢れ寄りだからな。まあ、こんなやり方でバトれるのは俺くらいだろうけど。浄化って、普通こんなことに使わないから」


 そう言って小さく肩を竦め、俺は首裏に手を回した。

と同時に、押し黙っている高宮二郎を一瞥する。


「ただ、この方法はさっきも言った通りリスクが高い。最悪、ここに居る全員死ぬ。ってのも────例の神に掛けられた封印を解いた上で・・・・・・・・戦い、勝たなければならないから」


 封印されたままだと、こちらの攻撃も通らないため一度解放しなければならないのだ。

無論、こっちに有利なフィールドを作ってから挑むことになるが……それでも、勝てる確証はない。

それくらい、神という存在は偉大で強力なのである。

『生半可な気持ちで挑んだら、確実に負ける』と覚悟しつつ、俺はチラリと掛け時計を見た。


「高宮二郎さん、お時間なくて申し訳ありませんが、今すぐどの方法を取るか決断してください」


「えっ?今すぐ、ですか……?」


「はい、今日中に片をつける必要がありますから」


 露わになったままの彼の腕を眺め、俺はスッと目を細める。


「先程、中途半端な憑依になっていることはお伝えしましたよね?」


「は、はい」


「この痣を見る限り、神は少しずつ……でも、着実に貴方の中へ入っています。つまり、中途半端な憑依から完全な憑依になる可能性が高いということ」


「えっ……!?」


 面食らったように仰け反り、高宮二郎は頬を引き攣らせた。

まだ完全憑依される危機は去っていないのだと悟り震える彼の前で、俺は更なる事実を明かす。


「しかも、かなり進行が進んでいます。気づいたら泥のようなものを食べていたり、黒い液体を吐いていたりするのがその証拠。正直、もう時間はありませんね。それこそ、今夜にでも貴方の体を完全に乗っ取ろうとするでしょう」


「なっ……!?」


「だから、今日中に……もっと正確に言うと、今日の日没前に片をつけたい。夜はあの世とこの世の境界線が曖昧になり、この世ならざるものの力を増幅させてしまうので」


 失敗する可能性が高まることを示唆し、俺は今すぐ腹を決めるよう促した。

が、当然即決出来る訳もなく……高宮二郎は唇を噛み締めて俯く。

────と、ここで悟史のスマホから通知音が鳴った。


「あっ、頼んでおいた物資を調達出来たっぽい。取ってくるね」


「ああ」


 ソファから立ち上がって玄関に向かう悟史を見送り、俺は近くの壁に寄り掛かる。


 こちらから与えられる情報・選択肢は、全て渡した。

あとは本人次第。

まあ、個人的には儀式の方を取ってほしいが。


 『バトルの場合は悟史を避難させねぇーとな』と漠然と考える中、高宮二郎はゆっくり顔を上げた。

かと思えば、自身の両腕を見て床に膝をつく。

まるで、何かを諦めたかのように。


「……小鳥遊さん」


「何でしょう?」


「成功する確率が高いのは、やっぱり……儀式の方ですよね?」


「そうですね。神上げの儀式はともかく、縁切りの儀式は手順さえ間違えなければほぼ確実に成功すると思いますよ。先程も説明した通り、風の気を持つ者が得意とする儀式ですから」


 『貴方なら出来る筈』と太鼓判を押すと、高宮二郎はガクリと項垂れて大きく息を吐いた。

そのまま十数秒ほど沈黙し、そろそろと視線を上げる。


「ありがとうございます、小鳥遊さん。おかげで、踏ん切りがつきました────儀式の方をやることにします」

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