無限の目覚め

@fkt11

WAKE 1-1

「おはようございます。今日は禁固400年の開始から5年と20日目です」


 覚醒シグナルによって目を覚ました私に、彼はいつものように経過時間を教えてくれた。

 ここは地下千メートルの深度にある独房だ。残り時間の長さを再認識し、私が深いため息をついた直後に、照明がチカチカと二度点滅した。何があったのかとたずねても彼からの返答はなかった。彼が私の呼びかけに応えないという事態は、これまでの5年と20日間で初めてのことだった。もしも外界で何か異変が起きたのだとすれば、かなり深刻な状況だろう。たとえばエネルギー転換システムの障害、全惑星規模の磁気嵐、53年ぶりの内乱による地上施設の破壊など。

 だが現実は私の想像の範疇を超えていた。7光年という至近距離で超新星爆発が発生したのである。


「超新星の出現は予測出来なかったのか」

「光学観測のデータなどから予兆は把握していたのですが、最終段階へと反応が進むのは早くても2万年先だと想定していました」

 自動再起動システムにより約半日をかけて仮復旧した彼は、外界の情報収集を続けながらざっくりとした回答を返した。

「2万年先? つまり予想は大はずれだったわけだ」

「超新星の出現予測では誤差の範囲内です」

「2万年が?」

「2万年が、です」

 彼がそう言うのであれば、現在の技術でピンポイントの予測は無理だったのだろう。

「で、現在の外の様子は?」

「地表にある全施設の約七割は稼働しています。ですがネットワーク系の障害により混乱が生じているようで統制はとれていません。各々が緊急モードのアラームを発信し続けています。星系内を航行中の宇宙船およびサテライト基地についてはまだ情報が入っていません。惑星管理機構の緊急システムが情報を収集中です」

 地上施設の七割が稼働という数字が安心材料なのか危険な状況なのかはわからないが、少なくとも、今すぐにこの星の維持管理機能が停止するということではなさそうだ。ただし、被害の程度によっては大規模な政変や暴動の発生があるかもしれない。でも、私にとってはそれもまた暇つぶしの材料にすぎない。地下千メートルという深度にある独房から、高みの見物とさせていただこう。

 などと呑気に構えていた私はおろかであった。至近距離での超新星爆発という事態の深刻さをまったく理解していなかったのだ。


「絶滅?」

「星系内に残存する全施設からのレポートを集計した結果です」

 私は言葉を失った。その沈黙を、彼は詳細報告をうながされていると判断したらしく、補足の説明をはじめた。

「超新星の爆発にともなって放射された強烈なガンマ線が、第三惑星の表層部分を完全に焼き尽くしました。あなたもご存知のように、第三惑星ではすべての施設は地表にあります。このガンマ線の照射により、施設内および屋外にいた住民・その他の生物全種が絶滅しました」

 絶滅か。

 いや待てよ。私は生き残っているぞ。この施設だけは被害をまぬがれているではないか。

「すべての施設は地表にあるというのは正確ではないな。ここは地下の施設だ」

「ここは特別なのです。惑星管理機構からは正式には存在しない場所とされています」

「存在しない場所? それは初耳だ」

「あなたにとって必要性のない情報なのでお伝えしていませんでした」

 この独房がそんな扱いになっていたとは知らなかった。

 まあ今はそんなことはどうでもいい。

 きちんと確認しておかなければならないのは、この星の住民は本当に絶滅してしまったのか――私以外に生き残った者がいる可能性はゼロなのか――ということである。

「地下千メートルのこの場所が影響を受けてないのだから、惑星の裏側は助かったんじゃないのか」

「自転によって第三惑星の全地表面はまんべんなく焼かれました。ガンマ線の照射は現在も継続中です。これからさらに二回、三回と念入りに焼かれ続けることになります」

「嫌な表現だ」

「気分を害されたのであれば謝ります。申しわけありませんでした」

「謝ることじゃないがね。それより宇宙船とサテライト基地の方はどうなんだ。宇宙線の被爆に備えて遮蔽壁で守られているはずだが」

「それらの施設で使用されている遮蔽壁は、至近距離での超新星爆発を想定したものではありません。今回のガンマ線はエネルギーが桁違いです」

「では本当に、生存者は一人もいないのか」

「残念です」


 絶滅――

 状況の理解はできるが実感を伴うようなイメージは浮かばない。

 私はこうして生きているし、彼とはこれまでと同じように会話が成立している。室内の気温は安定し明るさも確保されている。空腹だと言えば食事も提供される。

 外の世界は激変したのだろうがここは何も変わらないのだ。

 5年と20日前、惑星管理委員会が私に課した罰則は、社会から完全に隔離した環境に留め置き、四百年間の絶対的な孤独を与えるというものだった。そのための環境として設定されたのがこの独房であり、地下千メートルという深度なのだ。

 その深度が私を救った。皮肉なものである。

「各施設から障害状況の続報は入ってないのか」

「ネットワーク系の障害はバックアップ回線への切り替えが行われほぼ復旧した模様です。この回線を使って各施設間の情報共有は先ほど終了しました」

「星系内の生命体絶滅が知れ渡ったということだな」

「はい」

「それに対する反応は?」

「特に混乱は生じていません。通信系および観測機器系の施設は通常モードを維持したままです。他の施設は縮退モードに移行中です」

「今回のような状況も想定されていたわけだ」

「原因のいかんに関わらず保護対象が不在となった場合の一般的な対応です。この独房もあなたの存在がなくなれば、すべての機能は停止します」

「ちなみに聞くが、私の存在は彼らに共有されているのか」

「まだ知らせていません。でもご安心ください。この施設は通常の惑星管理機構から完全に独立しているため、外界にどのような事態が発生したとしても施設の維持管理機能に影響はありません。外界からの補給が断たれても、あなたを400年間生かし続けるだけの資源は確保されています」

 ご安心ください、か。

 言われてはじめて、これから先のことを心配すべき状況なのだということに思い至った。


 世界は滅亡した。

 この世界を成り立たせていた社会的関係性のすべてが消滅したのである。優劣、強弱、貧富など、比較対象があってはじめて成立する概念は意味を持たなくなった。

 そう、善と悪でさえも。

「質問、いいかね」

「なんなりと」

「惑星管理委員会はもう存在しないと考えてよいのだろうか」

「メンバー全員がいなくなりましたので自然消滅という形になります」

「では、その惑星管理委員会が私に与えた禁固400年という罰則の有効性は?」

「現在でも有効です。その法的根拠を説明するにはかなりの時間を要しますがお聞きになりますか」

「いや、きみが有効だと言うのならそれでいい」

「ご理解いただきありがとうございます」

「罰則の狙いは、私を社会から隔離し絶対的な孤独状態に置くということだったと記憶しているが、間違いはないかね」

「その通りです」

「社会から隔離せよと訴えていた社会自体が消滅し、私一人が生き残った今の状況で、禁固の意味はあるのかい」

「大いにあります。仮にあなたがここを出て地表へ向かわれたとしましょう。そこでは現在も致死量をはるかに超えるガンマ線が降り注いでいます。大気の組成も大きく変わってしまいました。そのような環境下において、あなたの命は一秒たりとも維持できません。この星系内において最も安全な場所が地下千メートルにあるこの施設なのです」

「だから?」

「確実に400年間の孤独を与えるためには、あなたをここに留め置いて生かし続ける必要があります。私はそのために存在するシステムです」、

 なるほど。

 多くの施設がその存在価値を失った中で、彼には少なくともこの先395年間はやりがいのある任務が与えられているわけだ。

 とりあえず私の置かれている状況はこれでおおよそ理解できた。あとは、残された395年間をどう過ごすのかということを考えればいいだけだ。

 幸いなことに時間はある。

 そしてじゃまする者は誰もいない。

 じっくりと思索するには最高の環境が与えられているのだ。

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