或る生産職の日常

壷家つほ

第1話 進路

01. 三次転職

 押し並べて、冒険者を志す者は職業選択に悩まされるものである。

 まず最初に、冒険者の資質を持つとされた者は、実際に冒険者になるか否かを決めなければならない。冒険者になると決めた者は、冒険者学校に通い「冒険者資格」と基礎「スキル(冒険者技能)」を習得することになる。

 次に、冒険者学校の中級課程に進級する際、「メイン職業」の一次転職を行い、専攻を選択しなければならない。選択可能な職業は四つ。戦士、魔法士、神官、職人である。

 この一次転職が一番重要で、後述の二次転職以降については特定の条件をクリアすることによりメイン職業の変更が可能なのだが、一次職だけはメイン職業としての再選択は不可となっている。やり直しが利かない上に後々の進路にも大きく影響する為、一次職は本当によく考えて選択しなければならない。

 とは言え、ここで特定の職業を選択しても、他の職業のスキルが全く使えなくなるという訳ではない。しかし、習得レベルや習得数等にはやはり制限がある。また、職業毎にステータス(能力配分)が大きく異なっている為、そのスキルを専門としている職業の者には、後れを取ることになってしまうだろう。 

 因みに、私は「職人」を選んだ。戦闘センスが殆どない上に、人付き合いが苦手で集団行動が苦痛という性分であったので、その両方を必要とする戦闘絡みの職業には向かないと判断したのだ。

 この「職人」という冒険者限定の職業、一般的な職人とどこが違うかというと、スキルを使用して採集或いは製作を行うということ、冒険者にしか使用できない道具を使用すること、素材について一般では扱わない特殊な物が多いこと、採集物や製作物の品質や効果に大きな差があること等が主に挙げられるだろう。当然、その採集物や製作物はそこそこ値の張る代物となっている。

 戦闘職から溢れるようにして生産職になった私だったが、それでも金儲けには事欠かないのだから、本当に冒険者の資質があって良かったと思っている。そんな風に生んでくれた親に感謝しなければなるまい。

 話は逸れたが、冒険者学校上級課程で二度目の転職機会が訪れる。二次転職では、一次職をベースとした新たな職業を選択することになる。職人の場合は採集者と製作者から選択可能である。二次職に関しては前述の通り、ある程度の対価は必要とするものの、卒業後には好きな時に変更可能な為、一次職ほど深く悩む必要はない。

 そして、今私が直面しているのが卒業時に行う三次転職だ。こちらも二次職同様、卒業後にはいつでも変更可能なのだが、そもそもその対価を支払うのが面倒だということに今更ながらに気が付いた。二次職については何となく製作者を選んだが、採集者にしておけば良かったかと少し後悔している。ああ、悩むことは非常に重要だ。

 ともあれ、私は製作六職と呼ばれる職業の中から一つを選ばなければならない訳だ。即ち、鍛冶職人、裁縫職人、木工職人、細工職人、料理人、錬金術士の中からである。

 正直、どれが良いのか分からない。四次転職以降のことも考えてと思い、それに関する本も読んでみたが、ここから更に職種が多くなり、途中で訳が分からなくなって考えるのを断念した。

(――って言うか、私そこまで辿り着けるのだろうか)

 実際、四次以降の転職までに大量の材料費やクエスト(依頼)達成数、経験値(成長要素)等を必要とし、尚且つ極めて難易度の高い試験もある為、三次職で生涯を終える者も少なくない。そして、三次職のままでも一般庶民相手なら十分に需要があり、普通に生活する分には問題ないという話だから、それ以降のことは考えなくても良いのかもしれない。

 とりあえず、私は他の卒業予定者同様、各職業協会が開催している講習会や職業体験等に参加してみた。



 まず鍛冶職人。

 完成品の武器や防具が本当に芸術品と呼べるほど美しく心惹かれたが、製作時の要腕力要体力ぶりや工房の熱気、火花の飛び散る様を見て、「ああ、無理だ」と思い、止めた。


 裁縫職人。

 これは現在一番興味を持っている仕事だ。仕事は他の職人と共通して大変なのだろうが、何よりも自分の身を自分の製作した服で飾る幸福感への期待が大きい。

 しかし、同じことを皆も考えるのか大変な人気職である為、ライバルが多い。つまりは供給過多気味な側面がある。そこだけが難だった。


 木工職人。

 木製武具や家具・小物等を製作する仕事であるが、これも興味深い。完成品の弓や杖の美しい意匠は見ていて飽きない。

 だが、鍛冶職人ほどではないにしろ、こちらも体力仕事であった。

(冒険者用の道具って、一般の物よりも使用者の負担がかなり軽減されている筈なのに、それでもこれだけ力が必要になるとは……。一般の職人さんはどんだけ苦労しとるんだ)


 細工職人。

 装飾品製作や他職の製作物に装飾を入れる仕事だ。実は先に見た鍛冶品や木工品の装飾は、細工職人が入れたものだったようだ。

 こちらの職業については興味はあるのだが、他職に比べてどこか地味な印象を受け、何故か製作物の需要も少ない。装飾という潤いがなくとも、世の中の大概の人は生きていけるからだろうか。


 料理人。

 先に見学した四職よりも遥かに多彩な素材を使用する職業だ。裁縫職人に次ぐ人気職である。

(この素材、自分で採集してきた物だったら、きっともっと面白かったんだろうけどなあ。ああ、やっぱり一次職で採集者を選択しておけばよかったか……)

 まあ最悪、「サブ職業」(副業)という選択肢もあるので、そこであまり悩まないようにしよう。


 最後は錬金術士。

 こちらも人気職であった。

 この職で作れる物は様々だ。薬品、魔法武器、素材、雑貨他――とにかく何でも出来る印象だ。薬品等は戦闘職には必須である為、戦闘職がサブ職業で錬金術士系統の職業を取得する例も多く見られる。製作物が多岐に渡る所為か、需要も多い。

 が、とにかく頭を使う。魔法士系統以上に勉強量が半端ない。それから、製作物が雑多過ぎて私は逆に魅力を感じなかった。

(四次職以降で専門範囲が絞られると面白そうなんだけど、三次職だとなんか「職人」って感じがしないんだよなあ。これが好きって人には失礼な話なんだろうけど)



 こうして選択肢は、裁縫職人、細工職人、料理人の三職に絞られた。四次職も考えるなら錬金術士も入ることになる。

 要するに現段階では、鍛冶職人と木工職人が弾かれただけで、ほとんど決まっていないということだった。

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