第38話 騎士の正しい遊び方(番外編)
私——
深い中になったからには、どうしてもやりたいことがあった。
「なぁ、伊利亜」
「なんだ?」
「今日は二人きりでやりたいことがあるんだ」
学校の非常階段で伊利亜を見つけるなり、私が上目遣いに見つめながらそう言うと、伊利亜は一瞬驚いた顔をこちらにむけるが——すぐにクールな顔つきでそっぽを向いた。
「……そ、そうか」
「だから帰りにうちへ寄っていかないか? 今日は姉さんもいないし、邪魔も入らないだろう」
私の言葉に、伊利亜はなぜか盛大にむせたのだった。
***
非常階段で伊利亜が彩弓の家に誘われる中、その傍らには三人の野次馬がいた。
健と尚人とルアは階段の下から頭をのぞかせながら、彩弓たちの会話を見守っていた。
「ちょっと聞いた? 尚人。彩弓ってけっこう大胆なんだね」
健がこそこそ告げると、尚人は不機嫌な顔で吐き捨てる。
「……伊利亜のやつ、ムカつく」
だがルアは嬉しそうな顔をしていた。
「彩弓もとうとう大人になるのね」
「そうとは限らないよ。彩弓のことだし、頭突き大会でもするんじゃない?」
健は冗談混じりに言うが、ルアは納得しなかった。
「……気になるわね」
「俺も彩弓の家に行く」
尚人が挙手して告げると、健も嫌な笑みを浮かべて彩弓たちを見る。
「えー、じゃあ、ちょっとだけ覗きに行く?」
「二人とも、そんなに傷つきたいの?」
「あの二人だから、簡単には進展しないと思うけど、覚悟はしてるよ」
「俺は認めてないから、邪魔してやる」
「面白そうだから、私もついていくわ」
こうして野次馬たちはさらにお邪魔虫となるつもりで、先に学校を出るが——彩弓の自宅で待っていても、彩弓たちはすぐには帰ってこなかった。
「あの二人、まだ帰ってないみたいだね」
コの字ソファに座る尚人の横で、ルアは落ち着きのない様子で周囲を見回す。
ルアも彩弓の家に来たのは初めてではないが、家主のいない家に勝手に上がることには抵抗があった。
「健はどうして彩弓の家の鍵を持ってるの?」
「何かあった時のためにって、友梨香さんがくれたんだ」
「彩弓のお姉さんはあの二人が付き合ってること知ってるのよね?」
「そうだね。どうせ彩弓も伊利亜も言わないだろうし、僕が報告しておいたよ」
健が親指を立てるのを見て、尚人が憮然とする中——ようやく玄関の方からガチャリと音が鳴る。
「――あ、二人が来たわ」
三人はいったんキッチンに隠れると、リビングに入る彩弓たちを見つめた。
にこやかな彩弓に対して、伊利亜は緊張しているようだった。
「まあ、気楽にしてくれ」
彩弓が告げると、伊利亜はソファ付近で少し困った顔をしていた。
「……」
「うちには野菜ジュースしかないが、飲むか?」
「いや、いい」
「なら、私の部屋に来い」
その彩弓の言葉に、キッチンから見ていたルアが小さく叫びを上げる。
「きゃー! 部屋に来いですって!」
「さっそく部屋に入れるとか、彩弓って本当に大胆だね」
健が悪い笑みを浮かべる中、尚人の目が赤く光る。暴走を予感する尚人の手を、健はぎゅっと握る。
「まあ、落ち着きなよ」
「この状況で、落ち着けるわけがないよ」
「二人……部屋に入ったわよ。私たちも移動しないと」
移動しようとする三人だったが——。
「やめろ! わぁああああ!」
突然、彩弓の部屋からけたたましい叫び声が響いた。
伊利亜の声だった。
「え!? 何?」
「何が起こったの?」
「行ってみよう」
異常事態と思い、慌てて彩弓の部屋に向かう三人だったが……。
「――彩弓! 大丈夫!?」
バタン、と彩弓の部屋のドアを開けると、そこには平然と立つ彩弓の姿があった。
「お? なんで三人がここにいるんだ?」
「それより、何があったの? 凄い悲鳴が聞こえたけど」
ルアが訊ねると、彩弓は相変わらず堂々とした口調で告げる。
「実は、伊利亜のためにお姫様のドレスを作ったから、着てもらおうとしたんだが……」
「ドレス?」
「伊利亜ジュニアはお姫さまも似合うんだ」
彩弓がうっとりとした顔で言う傍らには、ベッドの上で気絶する伊利亜の姿があった。
「……伊利亜……ご愁傷様」
さきほどまで赤い目で暴走寸前だった尚人の目も冷静になる。その目には憐れみさえ含まれていた。
「でもドレスを着せようとしたら、うっかり頭突きして気絶させてしまったんだが……起きてないとつまらないな。そうだ! お前たちの分もあるから、尚人や健にも着せてやろう」
彩弓が色とりどりのドレスを見せると、尚人や健もその場で気絶した。
「やだ、みんな意外と気が弱いのね。騎士の名が泣くわよ」
「みんな一斉に寝てしまったな。よし、じゃあこのまま着替えさせるから、ルア、手伝ってくれ」
「え? 触ってもいいのかしら?」
「まあ、大丈夫だろ。みんな下着くらい着ているだろうし」
そしてその後、彩弓とルアは騎士たちを着せ替え人形にして、大いに楽しんだのだった。
***
「……今日は大事なものを失った気がするんだ」
黄色いドレスを着た健が、青筋を立てて言った。ドレスを着せられたことよりも、気絶している間に体を触れられたことのほうがよほどショックだった。
そして彩弓の部屋でさんざんドレスを着せられた三人は、恐ろしくなってそのまま逃げ出したのである。三人ともこれ以上、何かを失いたくはなかった。
「俺も……しばらく彩弓には近づかないことにするよ。伊利亜、彩弓のことよろしくね」
そう告げた尚人は派手な緑のドレスを着ていたが、顔立ちが良いこともあり、街じゅうの視線を集めていた。
が、
「……いやだ」
中でもピンクのドレスを着た伊利亜は泣きそうだった。
「やっぱり彩弓と伊利亜はお似合いだよ。いや、伊利亜ジュニア」
尚人が遠い目をして言うと、伊利亜は両手で顔を多いながらこぼした。
「やめてくれ」
こんな形で彩弓に触れられることを誰が予想しただろうか。デリカシーのない彩弓にさんざん脱がされたことを想像して、涙しか出なかった。
そしてその後、伊利亜たちは、彩弓の家にいっさい寄り付かなかったという。
体を弄ばれることを恐れた騎士たちは、しばらく彩弓とも距離を置いたのだが、彩弓自身はどうして誰も寄ってこないのか、理由がわからなかった。
「最近あいつら来ないなぁ……だったら次は伊利亜の家に行ってみようか」
自室でドレスの縫製に励みながら呟く彩弓の顔は、いつになく輝いていたが——いっぽう、自宅にいる伊利亜が身震いをする。
「なんだか悪寒が……」
このあと、彩弓の暴走が続いたのは言うまでもなく。
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