第29話 友達
「医療法人の会長の娘はどっちだ?」
グレーのスーツを着た男が私——
私を狙う敵と会っていた最中、よくわからない集団に拉致された私は、近隣の波止場に連れて来られていた。
——だがまさか、敵の正体がルアだったとは。
ビルの屋上で謎の集団に囲まれたルアを見た時は、本当に驚いたものだった。
「会長の娘はそっちよ」
薄茶色のコートを着た妙齢の女が、私の隣にいるルアを指さして言った。
「そうか。おい、お前」
グレーのスーツの男が、こちらに向かって声をかけてくる。
どうやら集団を仕切っているのはこの男らしい。人の良さそうな顔をしているが、誘拐を目論むなんて——見た目ではわからないものである。
「なんだ?」
私が返事をすると、男は苛立ったように告げる。
「お前じゃない、そっちのやつだ」
すると、ずっとだんまりを決めていたルアが、誘拐犯に声をかけられて肩をビクリとさせた。
「……なによ」
「お前、医療法人の会長の娘なんだろ? だったら、俺の言う通りにしろ」
「ルアに何をさせるつもりだ?」
「お前は黙ってろ! いいか、保険金詐欺事件に関わっていたことをお前の父親に認めさせるんだ。じゃないと、お前たちを海に沈める」
「ひい……」
怯えるルアを私はしっかりと抱きしめる。
私を騙した挙句、殺そうとまでしたルアが憎いはずだが、全然そんなことは思えず、ただルアの身を案じていた。
「ルア、とりあえずあいつらの言うことを聞くんだ」
私がそう促すと、ルアはゆっくりと頷いて、父親に電話をかける。
だが……。
「パパが電話を受けてくれない」
「なんだと!?」
「いつもそうだわ……仕事中はスマホをいっさい見ない主義だもの」
「だったら、俺がお前の父親の病院に電話してやる」
そう言って、電話をかける男だったが、受付の時点で門前払いをされたらしく、苦々しい顔をしていた。
「くそ! なら、娘がいなくなったことに気づくまで待つしかないか」
悔しそうな男に、妙齢の女は少し怯えたように告げる。
「先に警察に通報されたら厄介だわ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
男が不満を爆発させると、メガネの青年が口を開く。
「とりあえず娘の危機がわかる動画を、父親に送ってやろう。そうすれば、いつか見るかもしれない」
だが男は納得しなかった。
「相手が見るまで待つのか? そんなまどろっこしいこと、やってられるか」
「じゃあ、どうするんだよ」
「とにかく、策を練り直そう」
「わかったわ。じゃあ、その子たちをもう一度閉じ込めておいて」
妙齢の女の指示で——私はルアとともに、真っ暗な倉庫に閉じ込められ、鍵を閉められた。
光の断片すら見えない場所で、私はやれやれとため息を吐くが——隣のルアは声も出せずに震えていた。
「大丈夫、大丈夫だからルア」
「何が大丈夫よ! ちっとも大丈夫じゃないわ……パパは私のことなんてどうでもいいのよ」
「そんなことはない。きちんとお前の父親に伝われば、きっと助けようとしてくれるはずだ」
「そんなの、無理に決まってる……どうしてこんなことに」
ルアの弱々しい声が響く中、どこからともなく無情な言葉が降り注がれる。
「それはお前の自業自得だ」
「誰だ!?」
真っ暗で何も見えない倉庫で身構えていると、優しい声が聞こえた。
「団長、無事か?」
「その声、
「ああ」
「お前ひとりなのか?」
「団長を助けるつもりで飛び込んだら、捕まってしまった。多勢に無勢だな」
「霧生先輩はどうしてここに私がいることがわかったんだ?」
「お前の姉が、お前の制服にGPSを仕込んでるらしい」
「姉さんが? いつの間に! ……だったら、騎士たちももうすぐここに来るということか?」
「そうだな。きっと騎士団が助けに来るだろう……それにしても、団長は敵を前にして何も思わないのか?」
「敵? ルアのことか?」
「さんざん襲われてきただろう? よく仲良しごっこができるな」
そこで私は思い出したようにルアに訊ねる。
「……ルアはどうして私のことを殺そうとしたんだ?」
「うるさいわね、あなたのことが大嫌いだからよ! 言ったでしょ? 騎士や私の
「騎士を知っているということは、ルアも前世の関係者なのか?」
「誰が言うもんですか」
ルアが口を閉ざすと、今度は霧生先輩のドスのきいた声が響いた。
「おい、口の利き方に気をつけろよ。今お前がどういう状況なのかわかっているのか? 俺たちはお前に何かあったところで、どうだっていいんだ」
「……」
「やめろ、
「なぜだ、団長」
「たとえルアが私を嫌っていても、私はルアが嫌いじゃないんだ」
「はあ!? とうとう頭突きのしすぎで頭がおかしくなったのか!?」
「頭突きのしすぎとはなんだ!?」
「どう考えたっておかしいだろう、お前はそいつに殺されかけたんだぞ?」
「わかっている……わかっているんだが……どうしてか、憎めないんだ。ルアの前世はきっと王族に関係しているんだと思う」
「そいつが王族かどうかなんてわからないだろう?」
「いや、わかるんだ。たとえ生まれ変わっても、守りたい存在は変わらない。ルアを見てそう思ったんだ」
「団長はそんなだから……」
「わかっている。私がどれだけ甘い人間かは自分が一番よくわかる。けど、自分で選んだことだから、許してくれないか?」
「許すも何も、俺は団長が無事でいれば……なんだっていい」
「……甘い人間ばかりだわ。本当にバカね」
「騎士たちが支えてくれるから、私は甘くいられるんだ」
「のろけなら聞きたくないわ」
「のろけ? 自慢のことか? ああ、自慢ならいくらでもするぞ! 虹の騎士団は最高だ!」
「……そんなこと、とっくに知ってるわよ」
暗がりの中、ルアのほうから静かに笑う声が聞こえた気がした。
***
「副団長」
「なんだ?」
「
「まさかとは思うが……一人で突撃したのか?」
「昔はあんなに慎重だったのに、
健がため息をつくと、
「彩弓はどこにいるの?」
「GPSの位置からすると、倉庫に閉じ込められてるみたいだ」
「どうする? このまま突っ込む?」
「待って、彩弓たちが倉庫から出てきた」
年齢も性別もさまざまな集団に囲まれた彩弓だったが、その隣には見慣れた制服の少女と、霧生の姿もあった。
騎士団がコンテナの影から見守る中、グレーのスーツの男が大声で告げる。
「——いいか、二十四時間以内に、お前が罪を認めなければ——こいつを海に沈めるからな」
スマホに怒鳴りつける男の言葉に、騎士たちがぎょっとする中——健が彩弓の隣にいる少女に注目する。
「ルアちゃん? あれ、ルアちゃんじゃない?」
「ほんとだ……ということは、敵はルアだったの?」
健の言葉に、尚人は驚いた顔をする。だが、敵がルアだと知って、その目つきが鋭いものに変わった。
ルアに対する印象はそれほど悪くはなかったもの、一瞬で燃えるような敵意を集め——健も苦々しく吐き捨てる。
「……この状況……さんざん彩弓を陥れた罰じゃない?」
「ルアが彩弓を殺そうとしたの?」
「尚人、ここで暴走するのはやめてよ」
「だって、敵が目の前にいるんだよ?」
「それより、彩弓を助けなきゃ」
「霧生先輩が何か言ってる」
***
「もうやめろ、お前たち。こんなことをして、他の人間に迷惑がかかるだけだぞ。ていうか、俺も迷惑だ」
だが、男は霧生先輩を邪魔者のような目で睨みつけた。
「うるさい! あいつが罪を認めないのがいけないんだ!」
それでも
「大事なのは医療法人の会長が罪を認めるか否かじゃないだろ。真実を突き止めることだろうが」
「うるさい! 邪魔するなら、お前も殺すぞ!」
「ルアや霧生先輩に手を出したら、私が許さないぞ!」
「黙れ!」
男はコンテナの上にかぶせてあった布をめくると、中にあった猟銃を私に向けた。
「撃てるものなら、撃ってみろ!」
だがそんなもので私が臆すると思ったら大間違いである。幾多の戦場をくぐりぬけてきた私は、素早く標的から外れた。
「ほら、どこを見てるんだ?」
「なんだこいつ!」
男が猟銃の狙いを定める度に、私が移動してやると——狙いを定められない男は苛立ちを募らせながらも、必死に私を視線で追いかけてきた。
「私はこっちだ——と見せかけて、こっちだ!」
「もぐらたたきかよ! ちょこまかと目ざわりだな! こいつがどうなってもいいのか?」
「きゃあ!」
とうとう男は、ルアに猟銃を向けた。私との追いかけっこが嫌になったのだろう。それにしても卑怯なことをするやつだ。
「ルア! やめろ、ルアを離―――」
私は男に駆け寄ると、そのまま猟銃の手元に突っ込む——はずだったが、
————ドボン、と勢い余って海におちてしまった。
……あ……私、泳げない……ごほっ!
沈みゆく意識下で、必死に伸ばした私の手を誰かが掴んだ。
***
海に溺れそうになったところを、健の手によって助けられた私だが。
私が海に落ちたことをきっかけに、尚人がキレてさんざん暴れたので——恐れ
そしてそんな風にして丸く収まった(?)波止場では——騎士たちがルアを囲んでいた。
「ねぇ、ルアちゃん、君はいったい何がしたかったの?」
問い詰められても、ルアは何も言わなかった。
「彩弓を襲った不審者の正体は
「やめろ、健」
「彩弓、もう大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。それより、ルアは誘拐されて怖い目にあったばかりだ。今はまだそっとしておけ」
「彩弓はバカなの? 頭突きのしすぎなの?」
「だから、頭突きは関係ない! なんで皆同じことを言うんだ!? それよりも、ルアには私からきつく言っておくから、皆で責めるのはやめてくれ」
全身ずぶ濡れでくしゃみをしながら告げると、尚人がそっと上着を私にかけてくれた。
「彩弓が許しても、俺は許さない」
「尚人くん……ごめんなさい」
「謝る相手が違うでしょ?」
健に厳しい目を向けられて、ルアは黙り込んでしまう。
その重い空気に耐えられなくなった私は、とうとう叫び声をあげた。
「ああ、もう! 私はこういう空気が嫌いなんだ! 私がいいって言ったら、いいんだ!」
「おい、簡単に許していいことと、悪いことがあるだろ」
伊利亜に指摘されても、私の意思は揺るがなかった。
「私は簡単に許すつもりはない」
「どういうことだ?」
「もう二度と、誰にも危害を加えないよう、私が友達として毎日見張ってやる。それでいいじゃないか」
「はあ!?」
「じゃあ、この話はおしまいだ! みんな、帰るぞ!」
「ちょっと彩弓、待ってよ!」
私が一人で帰ろうとすると、健や尚人たちが追いかけてきたのだった。
***
「……バカじゃないの」
彩弓や騎士たちが立ち去った波止場で、残されたルアがぽつりとこばす。
ルアには理解ができなかった。命を狙われ、陥れた人間を簡単に許すなど——前世でも今世でも団長のような人間は他にいなかったのだ。
そんな甘い団長をますます憎く思いながらも、よくわからない感情が芽生えつつあることに動揺を隠せずにいると——そんな時、ふいにどこからか鈴を転がすような声が聞こえた。
「そうだな、本当にあいつはバカなやつだ」
「あなたは……?」
黄色いワンピースを着た彼女は、たおやかな見た目に反して威厳のある声を放つ。
「団長と同じく、余も見張っているからな。もしも団長に何かあれば、次こそ容赦しない」
「……国王……陛下……?」
言うだけ言って背中を向ける友梨香に、ルアは目を瞬かせる。立ち去るその姿には、
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