終章 3

孫悟空  それにしても、何でまたこんなに道をそれて、見たこともないようなお城のある遠い国へ来ちまったんだろう。

三蔵  これもありがたい仏様の思し召しに違いない、見ること聞くこと、みな修行の道の一歩ずつと考え、しかと受け止めておくことだ。

猪八戒 これだけお弁当だっていただいたし、有難いことだ。

沙悟浄 一時はどうなることかと思ったが、有難いことだ。

謎の声 その通り。


   (一行が前を見ると、観世音菩薩の姿)


観音菩薩  皆さん、よくぞこの国の一大事を救っていただきました。

三蔵   おお、観世音菩薩様ではありませんか。

孫悟空  その声は、

猪八戒  ついさきほど、

沙悟浄  見送っていただいた……、ホレイショ―殿のもの。

観音菩薩  お前たちはどうやら不可思議な縁によって、この国の災禍を立ち直らせるため、少しばかり手を貸すこととなったようだ。

三蔵  われわれを見守って下さっていたのですね。

観音菩薩  目を覆うほどの非道、強欲、暗殺、傲慢、不倫、血なまぐさい所業の数々、それらを目の当たりにし、嘆き苦しむ人びとに救いの手を差し伸べるのも修行のひとつ。異国の言葉も互いにその意が通じるよう取り計らったのだ。

三蔵  誠に、かたじけないお計らいにございます。

観音菩薩  お前たちが意識すらしないまま、救った命も少なからずある。本来ならば因果の流れにおいて失われる定めにあったその命が、また次の命を産み育むのだ。狭く小さな頭で、偶然か必然かなどと悩むより、ただ人びとの苦しみと悲しみに寄り添い、いたわりの心を持つことだ。

沙悟浄  有難いお言葉でございます。

猪八戒  (小声で)おいらたちも案外すげえや。

孫悟空  (小声で)お前はどうだかな。

観音菩薩  ここから西天までの道のりは、通常の天地の理を遥かに凌ぐほどに遠い。このたびのひとかたならぬ功労に免じて、元の道に戻してやろうではないか。

三蔵  有難い、誠に有難いことにございます。


   (続けて観音経を唱える)


或遭王難苦 臨刑欲寿終   或は王難の苦に遭うて刑せらるるに臨んで

寿 終らんと欲せんに、

念彼観音力 刀尋段段壊   彼の観音の力を念ぜば刀尋いで段段に壊れなん。


惑囚禁枷鎖 手足被杻械   或は枷鎖に囚禁せられて手足に杻械を被らんに、

念彼観音力 釈念得解脱   彼の観音の力を念ぜば釈然として解脱することを得ん。


呪詛諸毒薬 所欲害身者   呪詛 諸の毒薬に身を害せんと欲せられん者、

念彼観音力 還著於本人   彼の観音の力を念ぜば還って本人に著きなん。


惑遇悪羅刹 毒龍諸鬼等   或は悪羅刹・毒龍・諸鬼等に遇わんに、

念彼観音力 時悉不敢害   彼の観音の力を念ぜば時に悉く敢て害せじ。


若悪獣囲繞 利牙爪可怖   若しは悪獣囲繞して利き爪牙の怖るべきに、

念彼観音力 疾走無辺方   彼の観音の力を念ぜば疾く無辺の方に走りなん。


蚖蛇及蝮蠍 気毒煙火燃   蚖蛇及び蝮蠍、気毒煙火の燃ゆるがごとくならんに、

念彼観音力 尋声自回向   声に尋いで自ら回り去らん。


雲雷鼓掣電 降雹澍大雨   雲雷鼓掣電し雹を降らし大いなる雨を澍がんに、

念彼観音力 応時得消散   彼の観音の力を念ぜば時に応じて消散することを得ん。


衆生被困厄 無量苦逼身   衆生困厄を被って無量の苦身を逼めんに、

観音妙智力 能救世間苦   観音妙智の力、能く世間の苦を救う。


観音菩薩  今のお前たちの目には、はっきりと見えるだろう。あの空を高く昇ってゆくハムレット先王の魂が……。 


   (一同は振り向く)


三蔵  おお、確かに。

猪八戒 見えますとも、あんなに高く。

沙悟浄 心のわだかまりが、すっかり消えたようなお顔で。

一同  さようなら、さようなら。

孫悟空 もう、おれさまの雲に乗っても追いつかないほど高くなってらあ。


   (空に響く祝砲の音)


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