第五章 9

 それにしても、あの一連の騒動は多くの人びとの口から、今となっても様々に異なる見解を聞くほどで、その立場や、城内のどの場所にいつ立っていたか、いつ通りがかったか、知人は誰か、目的は何か、によってもころころと意見が変わってしまう。


 お父様は断固として、水晶球を持った掃除婦に唆されたのだと話しておられる。

 この謎めいた、しかし見慣れない老女と、確かに会話を交わしたと。水晶球に映し出された光景を今でも夢に見るのだという。それがあまりにも真に迫っていたために、後のことはすっかり任せて城を出たのだと。


 しかし、他に目撃者がいないので調べようがない。

 城を出た後、お兄様の様子を気にかけて、後を尾行までされていたのだ。その一方で、城を出たはずの日の後にも、お父様は城内におり、皆と話していた。

 その後で、殺されたというのはいったい誰なのだろうか。失踪したのは誰なのだろう。お手紙は確かに送られたというので、ますます曖昧な幻を追いかけるよう。


 お兄様は、ハムレット様が墓場にやって来て、笑いながら下品に挑発し、信じられないような罵り方で家族の死を愚弄したのだと、やはり繰り返し話されている。

 ただし、どうしてもそれを現ハムレット王には言えないよう。それでも、あの忌まわしい記憶もまた真実の一つなのだと、少なくとも本人はお考えのよう。クローディアスと一緒にそのハムレット様を見た、話したというお話、何度も何度も聞いたが、こしらえた物とは思えない。

 けれど、やはり今となっては確かめようがない。


 あの異教徒の僧侶とお弟子さんたち、動物の扮装をして劇団に紛れ込んだ、夢の世界の住人のようだった人たち。彼らに対する恩義を、今でもハムレット様はたびたび口にされている。

 でも、詳しいことは分からずじまい。


 私が救われたあの方、沙悟浄様の髑髏のネックレスについて教えていただいたことは、聞けば聞くほど奇妙な由来があり、来歴があり、何しろ言葉が難しいので書くこともできない。立派なお坊様の頭蓋骨でもあるというが、それをどう整理してよいものだろうか。


 あのホレイショー様にも、奇妙な数日間の空白があったという。そして、城内のほとんどの者の頭からは、ホレイショ―様の行動はきれいさっぱり消えてしまっているよう。ただ、あの騒動の渦中に「いた」「いなかった」と正反対の主張だけが微かに残っている。

 この点もやはり、検証のできないままだ。


 最も大きな問題は、ハムレット様が黙劇を中止された日の夜のこと、だいぶ遅くなってから肉の塊が動き回って、這うようにして城内を移動したという、あの噂だ。

 後にこっそりと、耳元に口を寄せて小声で打ち明けてくれた。


 ――あの夜、遅くなってから廊下で寝込み、明け方近くに目が覚めたのだ、と。


 顔にはどういう訳か、固まった血が付着しており、これまでにないほど強いめまいと頭痛がしたため、這うようにして自室に戻ったのだと。

 それ以外のことは全く、隠し事はないのだと。

 這うようにして? 

 それでは、あの肉塊が這ったという証言は、遠目に見間違えたハムレット様を指しているのだろうか。天と地が入れ替わったとしても、そんな風に見誤るものかしら。たとえ暗がりであったとしても、なぜ肉の塊と見誤ったのか……。


 多くの常識的な意見と、不確かな異見を少しずつ集めて、揃えてみる。

 すると、浮かび上がってくるのはそのような、あるはずのない事実の欠片と、あり得たかもしれない事実の破片の奇妙な一致なのだ。


 そして、私自身にも口には出せない記憶の抜けがある。

 ある奇妙な形を補うように、見えない空白の一片がそこに当てはまる――、と確信しそうになる。すると、また別の欠片が障壁となって、かえって不確かな部分ばかりが増えてしまうのだ。いつになっても、それは確かな全体を見せようとはしない。


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