現世界に転移してしまったエルフは精霊術と狙撃技術で傭兵になる。

三八式物書機

第1話 異世界へと落ちたエルフ

 森の住人。

 エルフは他種族からそう呼ばれる。

 彼らは森に住み、森と共に生きる。

 高い知性と妖精術に長けた種族であった。

 人間からは神にもっとも近い存在だと思われ、千年も生きるとさえ思われている。

 種族の多くは人間が惚れる程に美しい容貌を持ち、衰えた姿を見た人間は誰も居なかった。

 そんな彼らは森を守る為もあり、生きる為に狩りをするために弓を手にする。その技術は圧倒的で、50メートル先の果実を一撃で射抜く程である。

 そんなエルフの一人、サラサは戦士であった。腰まで垂らし美しい金髪。太陽の光に焼けることの無い透き通る白い肌。

 美しい肢体を大きく開き、彼女は手にした弓を引いた。森の中心にある大樹の枝から作られた弓は並のエルフでは弦が引けぬ程に強い。それを鍛え抜かれた腕が引き切る。

 ドワーフが作った鋼鉄製の矢で狙いを定める。微かな振るえも止めた時、矢が放たれる。風を切り、矢は木々を抜け、異形の怪物の脳を射ち抜いた。

 サラサは森を襲った魔族と戦っていた。圧倒的な物量で襲い掛かってくる魔族に森の多くは焼け、多くのエルフや妖精が死んでいった。

 サラサは矢を射ち尽くし、精霊術で魔族の侵攻を食い止めるが、それが限界であった。魔族の中でも高位の悪魔が目の前に現れた。精霊術など及びもしない魔法が展開される。

 空間に亀裂が生じて、エルフも魔族も吸い込まれてゆく。サラサは懸命に耐えようとするもその力に抗えず、空間の亀裂に吸い込まれてしまう。

 死

 サラサの脳裏にはそれしか浮かばなかった。亀裂の中は闇。体は支えもなく、ただ、濁流に飲み込まれたように揉みくちゃにされた。

 

 次に目が覚めた時、そこは草原だった。

 森の住人と呼ばれた彼女にすれば、あまり見慣れない光景であった。どこまでも広がる草原。遠くに黒い森が見える。だが、それは彼女が居た森では無い。

 「ここは・・・どこですか?」

 サラサは身体に異常が無い事を確認した。

 突然、破裂音が幾つも聴こえる。それは魔族の放つ爆炎魔法だと思った。

 「魔族はどこに・・・妖精よ。教えて」

 サラサは妖精術を用いる。世界には目には見えない妖精が多く存在する。その妖精に頼んで、効果を得るのが妖精術である。今は妖精に頼んで、周囲の状況を知る術である。

 サラサの尖った長耳に囁かれる声。

 「あっちに大きな動く鉄の塊がいるよ。爆発する玉を放つ怖い獣だよ」

 鉄の塊・・・ゴーレムの強い奴・・・爆発する玉は魔法か何かであろうか?

 サラサは危険を感じつつ、まだ、戦いは続いていると思った。

 矢は尽きている。精霊術は自然に生きる精霊を用いる術。攻撃には適さない。残された武器は先祖代々、伝えられたオリハルコンで出来た短剣だけである。

 それでも戦わないと。

 サラサは精霊に導かれ、駆け出した。

 

 街道を進む1両のT-90戦車。ロシア軍の主力戦車の一台である。地上最強と呼ばれる戦車であっても単騎で戦場を進むことはあり得ない。

 彼の部隊は戦闘により、次々と脱落し、前線から退却した手負いの戦車であった。満身創痍の状態で何とか逃げ延びた彼らは後方部隊に合流する為に戦車を走らせていた。

 車長のミハエルはぺリスコープで周囲を警戒していた。まだ、前線からは近い。敵が後方へと進出していないとは限らない上にドローンによる攻撃の可能性もある。

 戦車は未舗装の道を土埃を上げて、走る。

 突然、激しく何かがぶつかる音が車内に響き渡る。乗員逹は何か攻撃を受けたと察した。

 「くそっ、敵が後方に回り込んだのか?全周囲警戒。ミサイル回避運動」

 戦車は激しく蛇行運転を始める。敵に狙いを絞らせないためだ。地上最強と言われた兵器も今では歩兵が持つ対戦車兵器に簡単に破壊されるし、ドローン攻撃も驚異であった。

 幾度か、車体に何かが当たる音がした。だが、車体に大きな被害は無い。

 ミハエルは相手の攻撃が戦車を破壊するに至らないと感じた。

 「回避運動を止めろ。離脱を最優先にする」

 戦車は蛇行を止めて、速度を上げて、街道を突き進もうとした。

 その時、砲頭の上に何かが落ちた音がした。ミハエルはそれが何か気になった。

 「不発弾じゃなぇだろうな?」

 ミハエルがハッチを開くと、そこには金髪の美少女が立っていた。服装は甲冑のような防具を身にまとってい、手にはナイフを持っていた。

 「何者だ?」

 こんな戦場で突如、砲頭に飛び乗った相手に対して、ミハエルは動揺のあまり、尋ねてしまった。それに対して、相手も何か大きく驚いた様子でミハエルには理解不能な言葉を発した。

 互いに混乱した。だが、ミハエルは相手が敵だと判断した。咄嗟に腰から拳銃を抜いて、少女に向けた。

 「そのナイフを捨てろ!」

 その怒鳴り声に美少女は驚いた。次の瞬間、ミハエルの身体が火に包まれる。

 「ぎゃあああああ」

 ミハエルは驚きのあまり、悲鳴と同時に引き金を引いた。銃弾は少女の左腕を掠める。その痛みと銃声に少女は驚き、砲頭から路上へと落ちた。

 戦車はそのまま、走り去って行った。

 路上に転げ落ちた少女は痛みに堪えながら立ち上がった。

 「今のは一体・・・魔獣から人が出てきたぞ。何なんだ」

 転げ落ちた少女はエルフのサラサであった。彼女が魔獣だと思って挑んだ相手はロシア軍主力戦車であった。

 そして、ここは彼女の世界とは別世界であった。そして、激しい攻防が行われる戦場であった。

 サラサは身体の痛みを精霊に癒して貰いつつ、休息を取る為、近くの林へと逃げ込む。

 茂みに隠れてからサラサは冷静に現状を理解しようとする。

 エルフは高い知性を持つ、特に戦士となれば、常に冷静で居られる訓練をしている。

 魔族の魔法によって、空に亀裂が入り、そこに吸い込まれた。あの魔法は次元の壁に穴を開けて、世界から消し去る魔法だ。吸い込まれた者は生きては帰れないらしい。

 だが、自分は吸い込まれても生きている。しかしながら、ここは元の場所とは大きく違う。どこかは判別がつかない。

 妖精の言葉に従い、魔獣が居ると思い、駆け付けてみれば、見たこともない鉄の塊。それが信じられない程の速さで動いている。

 進むのを止めるために風の精霊に頼み、敵を切り刻む突風を当てたが、一切の傷も与えられなかった。仕方がないので、敵に飛び乗り、短剣で突き刺そうと思ったら、中から、人が現れたのだ。何語なのか解らない言葉で怒鳴ったので、驚いて、火の妖精の力で、彼を火に包んだ。次の瞬間、彼が持っていた謎の金属器が炎を吹いて、何がか腕に掠った。痛みと激しい破裂音に驚き、魔獣から振り落とされた。

 あれが人であったなら、あれは魔獣ではないのか?金属の塊のように見えたが、ひょっとして、馬車の類いなのだろうか?

 サラサは多くの疑問を感じつつ、冷静にこの状況を把握する為に色々と調べることから始めないといけないと思った。

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