抜けた強さ
「クッ……ハッハッハ! 我を躾けるだと!? 何と言う傲慢! 何と言う不遜! それこそまさに強者の振るまいよ!」
まるで虫を潰すように大質量の尻尾を振り下ろしたドラゴンが、哄笑しながら言葉を投げつける。相手がただの人間であればこの一撃で勝負は終わりだが、ドラゴンは油断しない。
「いいだろう。お主にその資格があるか、我が確かめて――っ!?」
なにせ相手は、この場所に辿り着いた存在だ。防がれているのを前提にドラゴンが尻尾をあげると……その先端が、ずるりと床に滑り落ちた。
その先に見えるのは、剣の腹を自分に向けた小さな人間の姿。
「なっ!? 何だ、どういうことだ!?」
「どう? 見りゃわかるだろ? 斬ったんだ」
「斬られたのはわかる。わかるが……どうやって!?」
剣一の構えているのは、ごく一般的な両刃の剣だ。いわゆるロングソードと呼ばれるもので、両端が刃になっている関係上、その腹……つまり横の部分にも多少の盛り上がりはある。
が、あくまで多少だ。研ぎ澄まされているわけでもないそれで強靱なる自分の鱗を切り裂けるなど、ドラゴンからすれば予想どころか妄想ですら浮かばない事象。
だが剣一は違う。殺さないため、斬りすぎないために剣を横に向けた。それでもなお、自分なら斬れると確信していた。
何故なら剣一にとって、己が抜いた剣で斬れぬものこそ想像できないのだから。
「あり得ぬ! いや、そうか。我のいる場所に来られたということは、お主達にも
「技神の祝福……スキルのことか? それなら俺のスキルは<剣技:
「一!? 一だと!? そんなもの力に目覚めたばかりの者ではないか! 何故それでここに辿り着ける!? 何故それで我の尾が斬れる!?」
「さあな。俺だってずっと『どうして俺のスキルはレベル二にならないんだろう』って思ってるよ。でも、今はそんなこと関係ないだろ?」
「……そうだな。決して侮っていたわけではないが、お主は我の想像を超える強者であった! ならば我も相応の力で相手をしよう!」
ドラゴンがその巨体を起こし、雄叫びをあげようとする。しかしまるで見えない壁があるように、その体が一定範囲より外に動かない。
(動けない!? やはり<剣技:一>というのはブラフで、本当は別の能力をもっているのか!? ならば強引に――っ)
力を込め、背中の翼を広げようとする。だがチリリと焼き付くような感覚を覚え、やはり羽ばたくことができない。
「……恥を忍んで問おう。お主、一体何をしている? 締め付けられるわけでもなし、動かぬわけでもなし、なのに我の体は見えぬ檻に閉じ込められているかのようにここから先に進めぬ。その力の正体が、どうしても我には思いつかぬのだ」
「正体って言われても、特別なことをしてるわけじゃないさ。うーん、多分だけどドラゴンが強いから動けなくて、強すぎるから理解できないってことだと思う」
「……? 我が強者であるが故? どういうことだ?」
「殺気だよ。あらかじめ範囲を定めて、そこを超えたらどんなものでも絶対に斬ると決めた。弱い奴だとそれがわかんなくて普通に出てこようとするんだけど、ドラゴンくらい強かったらその気配みたいなのがわかるんだと思う。
で、それが殺気だとわからないのは、きっとドラゴンが強すぎて、そこまで格上の相手と戦ったことがないからじゃねーかな?」
「クハッ! 我を格下と言うか! 七つの世界を染め上げた悪心竜デアボリック・アリタリカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエートを!
面白い! 面白いな! ならばそれを知ったうえで抗ってみせよう! 我こそが――――」
ボトッ
「…………認めよう、お主が最強だ」
持ち上げられた首がスッパリと断ち切られ、床に転がったドラゴンの頭が
「何で……何でこんな結末になるんだよっ!」
「なんじゃ、殺すつもりもなしで剣を抜いたのか?」
「違う! だから斬った! でもそんなことしたくなかった! まあまあ強そうだったから、これならちゃんと怖がらせたらわかるかなって……そしたら軽く引っ叩けば終わるかなって、そう思ったんだ! なのに、こいつは……っ!」
「まあ、ドラゴンというのは誇り高いものじゃからな。あのような挑発をされては、死ぬとわかっていても動く者が多かろうて」
「何でだよ!? 死んだらそこで終わり…………あれ?」
会話が成り立っている事実に、剣一が驚いて顔をあげる。すると床に転がっていたはずのドラゴンの首が綺麗さっぱりなくなっており、代わりに正面には普通にドラゴンが寝っ転がっている。
「えっ、えっ!? おま、何で……っ!?」
「はーっ、お主マジか? まさかとは思ったのじゃが、幻術系の魔法に対抗する手段が全くないとか、それでどうやって今日まで生き延びてきたのじゃ?」
「げ、幻術……!? いやでも、軽かったとはいえ手応えもあったぞ!?」
「やっぱりお主、阿呆じゃな。第一階層の転移罠を隠すのに、質量のある幻影を作ってやったではないか。何故遠く離れた場所にそれができて、我が身にそれができぬと思うのじゃ」
「……………………」
「それよりほれ、さっさと立たぬか。ワシに勝つほどの強者が、いつまでもめそめそしているでない」
「お、おぅ……」
優しく伸ばされたドラゴンの爪に引き起こされ、剣一はパンパンとズボンについた埃をはらってから、いたたまれなさにモニョモニョと口を動かした。逃げるようにキョロキョロと彷徨わせていた視線を向けると、ドラゴンの目が楽しげに細められる。
「なんじゃ?」
「……お前、何でまた口調変えたんだ?」
「ああ、これか? 戦って負けた相手にまで見栄を張る理由もあるまい? ワシは本来こういう感じなのじゃ」
「へー……てかこれ、俺の勝ちでいいのか?」
キョトンとした顔で問う剣一に、ドラゴンは思い切り苦笑する。
「当然じゃろう。そもそもお主、殺そうと思えばいつでもワシを殺せたのじゃろう? まあ幻影にあっさり騙されておったから、逃げるくらいはできたかも知れぬがな」
「うぐっ!? だって、そんなのわかんねーじゃん…………」
「いやいやいやいや、確かにワシほどの使い手ならばぱっと見でわからぬのは仕方ないが、それでも斬った時点で気づけぬのは未熟が過ぎるのじゃ。
そもそもワシが死んだことを確認もせずに剣を収めて泣き崩れるなど、ワシが本気でお主を謀り殺そうとしていたなら、どうするつもりだったのじゃ?」
「え? 攻撃されたらすぐ気づくから、その時は全部纏めて細切れにしたと思うけど」
「おぉぅ、想像以上に物騒な答えじゃな……そうか、油断していたわけではなく、あの状態ですら常在戦場とは……本当に恐ろしい奴なのじゃ」
「へへへ、それほどでも……」
慄くドラゴンに、剣一は照れ笑いを浮かべながら頭を掻く。しかしすぐに何故こんな戦いをしたのかを思い出すと、改めてドラゴンに問うた。
「なあドラゴン。えーっと、デ、デブ……?」
「誰がデブじゃ!? ワシの名はデアボリック・アリタリカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエートじゃ!」
「長い……待ってくれ、紙……はねーから、地面に書いてくれよ。そしたら頑張って覚えるから」
「お主にそんな知的なことは期待しておらぬ。そうさな、適当に略してデアボ……それだと少々厳ついか? ならディアとでも呼ぶがよい」
「ディアか! 俺は蔓木 剣一。剣一って呼んでくれ」
「ケンイチだな。ではケンイチ、我に勝った強者よ。その権利を持って我に何を求める?」
真面目な声色で問うドラゴンことディアに、剣一もまたまっすぐに向き合って言う。
「俺がディアに要求するのは、人を襲わないことだ。自分が襲われたときに反撃するなとは言わねーけど、ディアから人を襲うのはなし! どうだ?」
「うむ、受けよう。その証として、我が存在の全てをお主に捧げる! さあ――」
見上げるほどのドラゴンの巨体が、眩い光に包まれる。思わず目を閉じてしまった剣一が、光の収まった後に見たのは……
「ワシを連れていくがよい!」
オッサンみたいな感じで足を開いて椅子に座る、人間サイズのぽっちゃりドラゴンであった。
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