二人で一人のご令嬢

羊坂冨

第1話 ビアンカ・フォン・デンヴォルフ

 ビアンカ・フォン・デンヴォルフは齢十二にして死の淵を見た。


 彼女は由緒正しき貴族階級の令嬢である。しかし生まれながらにして、縁起の悪い翡翠色の瞳を持ち生まれたことから両親には疎まれ、姉からは不気味がられていた。魔導の力──すなわち魔力には人一倍恵まれながらも、それを生かす才に恵まれなかったことから、使用人たちからも陰で笑われていた。貴族の恥として、特に父は彼女を激しく罵倒した。母からはせめて政略結婚の道具にでもしようと思われていたが、魔力操作の練習中に暴発しほほに数センチの傷跡を残したことから、彼女はとうとう存在意義を失い、魔物の発生率が高い、ある辺境の地に追いやられた。


 それを言い渡された日、彼女はぽろぽろと涙を流して「お父様、お母様」と懇願したが、彼らにとっては忌まわしい緑色の目から流した涙など何の意味も持たず、彼女は一人狭く古い館へと押し込められた。


 ビアンカはそこで一年暮らした。

 ただ生きるためならば、家事や、近くの村までの買い物をこなすことはできる。しかし、わざわざ生きる目的がなかった。館には古い書物や訓練用の道具があった。時間もあった。ただ、何をしたところで、両親の愛が自分に向けられることは決してないのだと、ビアンカは理解してしまっていた。それでも、身支度やおもてなしのための茶菓子を欠かせないことが、いっそう悲しかった。心の底から諦めることはひどく困難で、それゆえ苦しい。


 だから、蒸し暑い夏の日にひどい高熱で倒れたときは、やっと人生を終わらせることができるのかもしれないと、苦痛の中に喜びすら感じていた。


 生まれ変わったら、優しい家族が欲しいと思いながら、少女は意識を手放す。

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