【27】新学期。新たなる志。


 夏休みが終わり、新学期がはじまった日。

 美術部の前には人だかりが出来ていた。


 アートが隣国の王子であることを隠さなくなった為だ。


 メガネを外すと認識阻害魔法もなくなり、その上、ルイスと同レベルの美少年。


 みんな口々に、なぜ今まであのような容姿の方に気づかなかったのだろう、と言うのが聞こえる。


「……外がすごいことになってますよ、扉しめていいですか。アート部長」


 ルイスは見物人の数を見て、提案した。


「ああ、むしろ頼むよ。もう全員揃ったことだしね。さて。廊下に人だかりができている通り、僕はヴィオラーノ国から留学してきた王太子アダルベルト、だ。でもこれまでと変わらず接してくれると嬉しいな。皆」


 美術部全員を見回してアートはそう言った。


 美術部員達にとって、憧れの国の王太子が傍にいるなど、まさに神降臨である。

 だが、恐れ多いと思いつつも、彼の希望通り、今まで通り接することを口々に約束する。


「それと、もう一つ。カンデラリア、おいで」

「はい」


 アートの横にカンデラリアが並ぶ。


「昨日決まったばかりのことなんだが、カンデラリアと僕は婚約することになった」


「冬休みに婚約式をヴィオラーノで行うわ。もし来てくださる方がいるなら、招待状を送りますわ」


 !?


 美術部員達がざわめく。


「ええっ! わあー! おめでとうございます!!」


 エステルも驚きの声をあげる。


「おめでとうございます」


 ルイスは、二人が婚約することに関しては、へー、そうなんだくらいしか思わなかったが。


「(……婚約、婚約か……)」


 言わずもがな、ルイスはできればエステルと婚約したいと思っている。

 昔のことも謝ることができたし、許しても、もらえた。


 しかし、そこまで欲張っても良いものだろうか?

 そこまで求めたら、迷惑だったり、気持ち悪く思われたりしないだろうか。


 ――などと、新たな悩みを抱えていた。



******



 新学期の挨拶が終わった後、各々自分の作品に取りかかった。


 ルイスは夏休み前に描いていたエステルの続きを描こうと、画材の準備をしていたところ、エステルが傍に来て言った。


「ルイス先輩、ヴィオラーノで私がお願いしたことなんですけど」

「ん?」

「先輩のこと描きたいです。美術部入った頃にもデッサンさせてもらいましたけど、今度はもっとちゃんとって言うか」


 ふぉ……っ。


「……お、おう。好きにしてくれ。オレだって勝手にお前を描いているのだし」


「わーい! じゃあルイス先輩、中庭ベンチ行きましょう!」


 無邪気にルイスの手を引っ張るエステル。


「えっ……あ、ああ」


 油絵の道具一式の入った木箱とカンバスを持って、中庭に出る二人。


「ここ、座ってください!」


 エステルに指定されて、まだ葉が青いイチョウの木の下に座らされる。


「おう……。お前は座らないのか?」

「私は立って描きます!! えっと……すこし、ネクタイ緩めてもらってもいいですか?」


「こうか……?」


 ルイスは制服のネクタイをすこし緩めた。


「んー……」


 エステルは首を傾げた。


「すこし、私が調節してもいいですか?」


「?? ああ……別に構わない、が??」


「ありがとうございます」


 エステルの手がルイスのネクタイと襟を整え始めた。

 緩める方向で。


「えーっと……こうでこんな感じ……」


 う。


 うああああああ!?

 神様!


 エステルが、オレのネクタイをゆるめています!!!

 助けて!!  いや、助けなくていいけど、助けて!!

 顔が近くて死ぬ!! というか、オレ、脱がされるんですか!?

 こんな校庭で!? どうせなら保健し……ん、げふっ!!


 オレは今何を考えた! バカかオレは!

 

 申し訳有りません! 神様!!!


「え、えすてるっ、おれが、じぶんで、やる、が……?」


「でもそれだと、私の描きたい感じにならないので……」


 Oh My GOOOOOOOD……!!!!


 エステルの顔は真剣だ。

 真剣にルイスのネクタイを見て、いじっている。


「そ、そうか……」


「よし、ちょっと休憩してるような、ゆるい感じが欲しかったので……あ、髪もすこしいじっていいです?」


 ふぇ!?


「??」


「あ、すこし整ってない感がほしくて。ほら、先輩っていっつも身嗜みが整ってらっしゃるので、ちょっと休憩してるような……ゆるい感じ?、を描いてみたいなって」


「?? いや? 別に構わない、が」


 ゆるい感じ、なるほど。 


「こうちょっと……失礼しますね」


 神様あああああ!!

 エステルが両手でオレの髪をおおおおおおおお。

 両手でなでてますうううううううう!!


 ああああ、前髪とかちょっと軽くツンツンって引っ張られて……耳、耳に手があたっ……ふわがあああああ!!


 ルイスは幼い頃、読んだ『宇宙ネコ』という絵本の絵を思い出していた。

 無数の星空をバックにあんぐりと口を開けて驚いた顔をするしましまのネコの絵だった。

 その絵のネコみたいな顔になっていた。


「あの、ルイス先輩」

「な ン だ?」


「描き上がるまで、何回か、今のスタイルにさせていただいてもいいですか?」


 いやだって言えるわけないだろう!!


「い イ ぞ」


「わあ、嬉しい! ありがとうございます! では、リラックスした顔をお願いしますね!」


 そう言うとエステルはイーゼルを立てて、カンバスに向かった。


 りらっくす? むり。


 えすてるが おれを 見ている。

 ずっと 見てりゅ。


 ちちうえ ははうえ いままでありがとうございました。

 おれは もう さきだっちゃうかも しれません。


 描いてもらうのも描き合うのも初めてではないが、前より、なんだか心境が違ってさらにドキドキする。


 ルイスは、ルイスでエステルを描いてはいるのだが。

 緊張して筆が進まない。


 たまに目が合うと、にこり、と微笑まれる。


 ……うっ。


 だめだ、もう。オレ……。


 エステルと婚約したい!!!


 そしてルイスは、エステルとの婚約を志すことにした。



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