ルイス4年生。

【11】 初めての微笑み。

 次の春が来た。

 1学年あがって、ルイスは小等部4年生、エステルは小等部3年生になった。


 ルイスは、学院中庭のベンチに座って、ぼんやりと青空を眺めながら考え事をしていた。


 ルイスは今年の自分の予定――おもにエステルとの事に思いを巡らせた。


 昨年は、エステルが普通に喋ってくれるようになった、そして自分自身も余計なことを言わなくなった。


 彼にとっては大きな一歩である。

 思い切って美術部に入ってよかった、と心の中で振り返った。


 ――しかし、まだ直接、謝れていない。


 以前出した手紙では許してもらえなかったので、普通に喋れるようになったのなら、そろそろ謝罪の機会を作りたい、と考えた。


 けれど。

 逆に、エステルの迷惑になるかもしれない。


 直接謝る事によって、『許したくないのに直接謝られたら許さないといけなくなる』状態になりはしないか。


 初見の件については手紙のこともあり、ルイスは臆病になっていた。



「ここにいたのね。そろそろ委員会が始まるわよ。ルイス」


 カンデラリアがベンチの背もたれにほお杖を付いて背後から話しかけてきた。


 距離が縮まった、といえば。カンデラリアも、ルイスくんではなく、ルイスと呼ぶようになっていた。


「ああ、はい」


 以前は、カンデラリアと2人で歩くと、美男美女カップルよね、と噂されるのが聞こえたものだが、昨年、カンデラリアがきっぱり否定したことから友人付き合いと思われているようだ。


「ねえ、ルイス。私達ももう、四年生なのね」

「そうですね」


「早い子ならそろそろ婚約の話しが家庭で出始める子もいるでしょうね? あなたはそういう話しは親から聞かされていたりするの?」


「いえ、とくには、なにも」


 そういえば。

 エステルの件以来、親には何も言われていない。


「(……そういえば、兄上の婚約が決まったのが小等部4年か5年だったな)」


 兄の場合、ちょうど縁を結びたかった家門に年の近い令嬢がいたため、お見合いさせたところ、トントン拍子に行ったらしい。

 ルイスは次男なので、長男ほど結婚相手を手早く決めてしまわなくてもいい、と思っているのかもしれない


「まあ、あなたの場合引く手あまたでしょうしね。釣書はたくさんくるのではないかしら」


「オレはその辺存じ上げませんが、父から話をされたことはないですね」


 カンデラリアは内心思っていた。


 ふふふ、私は、知ってるわよ~。釣書はたくさん来てるのよ~。

 でも父親はまだエステルとあんたのことを諦めてないのよ。だって私がそう設定してるんだからぁ。うふふふふ!!!

 ――そうだぁ、ちょっと揺さぶってやろうかしらぁ……。


「そういえば……エステルはどうなのかしらね」

「え」


「もう婚約者いるのかしら?」


  ルイスはその言葉に、ピシャーン!、と雷に打たれた感じがした。


「ど、ど、どうでしょう」


「(うわ……目に見えて動揺している!) まあ、いなさそうではあるけど……そういえばエステルって、跡取り娘でしょ? これから色々縁談が舞い込むでしょうねぇ。伯爵家の婿養子とか美味しいものねぇ……」


「……っ」


「これからはそれに気がついた令息にモテそうねぇ……。変な令息に絡まれなければいいけど」


 ウンウン、とうなずくふりをして、ルイスの様子を見るカンデラリア。


「……(青い顔で、口あんぐり開けたまま固まっている)」


 ――効きすぎでしょ!?


「そそ、そうですね。あいつは、その、あぶなっかししししぃし、しし」


「……壊れた」


「え?」


「いや、なんでもないわ。こっちのこと……」


 カンデラリアは、ルイスの様子を見て、こんなにテンパるとは……ここまでエステルのことでポンコツになる仕様にしたかしら?、と思うのだった。




 *****


 そして放課後。

 一ヶ月ぶりくらいの部活である。……といっても、本日は新学期新学年の挨拶のみだが。


「あれ? ペドロ先輩がいらっしゃらないわ。おやすみされているのかしら?」


 集まったメンバーを見て、エステルがそう言った。


「ああ、実は彼は隣国のヴィオラーノの芸術学院に留学したんだよ、悩んだ末に春休み中に決心したらしくて、お別れを言えなくてすまないと言っていたよ」


 アートは聞いていたらしい。

 部員達から、お別れ会ができなくて残念がる声や、留学をうらやましがる声があがった。


 そしてエステルも。


「ヴィオラーノに留学……まあ、うらやましいわ。ヴィオラーノの芸術学院なんてとても楽しそう……」


 小さな声でそう言ったのが聞こえたルイスは、彼女に問いかけた。


「……留学したいのか?」


「そうですね。……でも私は、跡取り娘ですから、芸術を専門にするわけにはいかないんですよね」


 そう言った彼女の顔は少し寂しげで、ルイスの胸はキュッとなった。


 ……オレが、もし……彼女の婚約者なら、後押ししてやるのに。

 たとえ、お前が留学して離れることになっても……お前がそれをやりたいなら、オレが跡取りの仕事を全部引き受けてやるからって……。


「そうか……だが、趣味で楽しむことはできるんじゃないのか?」


「ええ。……そのつもりです。ルイス先輩も絵がお上手ですが、芸術方面に進まれたりはしないのですか?」


「いや、オレは……」


 お前を描きたいという以外に芸術には興味ない――。


 心の中でそう思うだけ思って、首を横に振った。


「そうなんですね、もったいない。とても……よ、良い絵を描けるのに」


 エステルは少し赤面した。

 ルイスの絵を思い出すと自分でいっぱいだからだ。

 自分の絵を良い絵、というのはすこし気がひけたようだ。


「そうか? ありがとう。だがオレはお前に才能を感じる。趣味だけにしておくのは惜しいとおもう」


「……あ、ありがとうございます」


 あ、あれ。ルイス先輩、こんなに喋る人だったっけ。

 昨年まで二言三言(ふたことみこと)しか返ってこなかった……無口な人だったと思うんだけど。


 不思議な気持ちになったエステルは、改めて、背の高いルイスを見上げた。

ルイスがそんなエステルを見て、少し頬を緩めて言った。


「ん、どうした?」


――ルイス先輩が、え、笑顔……!?


 エステルは驚愕した。

 氷の貴公子と言われるだけあって、美しい容姿である彼の笑顔は破壊力が高く、彼に苦手意識のあるエステルでも、少しドキリ、とした。


「(いつも眉間にシワが寄っていたから忘れてたけど、そういえばルイス先輩ってかっこいいんだった……。笑うとこんなにステキなのね)」


 つられて、エステルはほほえみ返した。


 ――あ……。やっと……エステルに対して表情を崩せた。

 しかも、エステルが微笑み返してくれたぞ……。


 ずっとできなかったことが、ある日ふとできるようになる――ルイスはルイスで、自分のそんな小さな進歩に嬉しさを感じていた。





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