君のあの一言で私の初恋カードが使われた

只石 美咲

言葉一つで落ちる女はちょろいですか?


周りの歓声を心臓の鼓動がかき消してしまう。


いい加減馴れてほしいよ。


胸に手を当てて、深呼吸。


全く落ち着かない。


最近、また大きくなってきたからサイズが合わないのだろうか。


締め付けが苦しい。


肩も凝るし、走るとき邪魔だし。


肩を回しながら校庭を走る黄白赤青の鉢巻きを頭に巻いた走者を見る。


今、4位か。


ちなみに私は青チーム。選抜リレーのアンカー。


小学校1年生の時から中学3年生になるまでずっとアンカーだ。


今年は義務教育最後の運動会で感慨深いけど、別段思い出に残そうとは思わない。


たまたま足が速かっただけで、足の速さを私自身が求めてたわけじゃないから。


「第1黄、第2赤、第3白、第4青」


体育の女の先生の声が耳の届き素早く指定されたレーンに立つ。


みんな屈伸とか足首をくるくる回したり、気合が違う。


ストレッチしているそばで、私は直立不動。


滑稽すぎる。


一緒に走る子は猛者ぞろいだ。


黄色は陸上部の副キャプテン、赤色は女バスキャプテン、白色はバド部エース。


そこにポツンと異物、キングオブ帰宅部森田はな花。


滑稽すぎる。


ダメだ呑まれてはいけない。


頭を左右に振る。


地面に右足で漢字の1を引きながらテイクオーバーゾーンに選手達が侵入し始めた。


他のみんなは練習通りに助走を始める。


私も助走を開始する。真剣勝負だ!


4人の走者は拮抗していたこともあり、ほぼ同時にバトンが受け渡される。


ぐっと足先に力を入れ、最初の一歩を踏み出した。


前の子は力強く大地を蹴り腕を振り上げている。


その背中を横目に見ながら、跳ねるように走る。


考えることは一つだけ、黄色の女の子をどう超すか。


エスカレーターで立っている人を歩いて越すように流れていく。


同じように赤色女バスの子を越し目標の背中をとらえる。

 

ゴールまで30メートルぐらいのカーブに差し掛かった。


ぐんぐん黄色の子の背中に近づいていき、最後の直線の所でブーストをかける。


ここで初めて大地を強く蹴り上げるような力を入れて前に前進するのだ。


まっすぐに伸ばされたゴールテープをお腹で受け止めて見事1位でゴール。


良かった。これでクラスの人達に少しは示しができる。


コミュ障で内気でクラスにあまり貢献できない私の唯一の特技が走ることだから

1位になれてほっとする。


ふーっと安堵の心地で一位と書かれたパネルを持っている委員の所に向かう。


すると背後から息を上下させながら


「負けちゃったわ。

速いねはな花。」


その女の子は悔しいというよりも羨ましそうな視線を私に向ける。


「あ、ありがとう」


私はあいまいな笑顔を作り、その子を見やる。


その子も私と目を合わせ視線が交差する。


そこから謎の間が生まれてしまう。


少し顔をひきつらせた陸部の子はボソっと


「はな花ってあんまりしゃべらなかったっけ?」


「いやそんな事は」


あるのである。


コミュ障あるあるとして関係性がない人となら話すことは容易なのに、関係性ができちゃうと途端に話題がわからなくなる現象。これなんなの?


走る以外全く会話ができないこの私にどうやってここから広げろと!


もう開きなおろう。


私は次の閉会式への話題を掘り出し、その子に何となく指でクラスを示して距離を置く。


はあ、疲れた。


正直、リレーよりも疲れた。


石が肩に乗ったかのように重くなった。


まあいい。


人間関係を広げたり深めたりすると、後々悲しさが自分に襲い掛かってくるのだ。



もう、これ以上悲しみはいらないかな。


出会いは絶対別れを生むから。


だから親しい友達なんていらない。


友達を作らないことは転校を多くしてきた私の処世術だ。


でもそのせいで私のコミュ障は深刻な症状になっているんだけど。


内心苦笑しながらもどこか強がっている自分もいるのだろう。


自分のクラスの場所に戻る最中に抱き合いながら泣いている人たちを見るとズキンと胸に痛みが走る。


友達なんかいらないって思ってても、本当は欲しいのだ。

それも心の底から信頼できる人を。


「今まで一緒に走れて良かった」

「小学校からずっと一緒のチームとか運命やな」

「うちら、結婚しちゃう?」

「ええなええな」

「朱里ちゃんいい走りっぷりだったね!」

「前走が萌だったからうまくいったのかも。

でも今年最後にまさか同じクラスとはね。」

「本当にね。昔からなぜか別々のクラスになってたからずっとライバルだったけど、

いざ仲間になってみると相性良かったかもね」

「それな」

チームメイトはクラスに戻る道すがらそれぞれ思い出を掘り起こしている。

同じチームメンバーの3人は昔から同じ小学校同士でそのまま中学校に上がってきた

子達でうらやましい。

話を聞いている立場になると疎外感やばいけど。


「はな花ちゃんすごかったね」

「今回はな花ちゃんの挽回のおかげで勝てたようなもんだしね」

「本当にそれな!」

3人はそれぞれ尊敬のまなざしを向けてくる。


嬉しいけど少し悲しい。


自意識過剰だと思うし、わがままだと思う。


でも、3人が私を瞳に写すときは走って結果をだした時だけだ。


私が積極的に話しかけに行けばいいのかもしれないけど、遠慮が先行してしまう。


どこかで私だけを映してくれる人はいないかなと思う。


クラスに戻り、それぞれから似たような賛美をもらい一息つく。


体育委員の人の声がスピーカーから放たれる。


「閉会式を行うため、在校生は整列してください」


生徒たちはいっせいに動き始める


じゃりじゃりと土を踏む音が全方向から私の耳に届く。


私は水筒のスポーツ飲料を一口含み、列に向かう。


列に整列し今日一日を振り返る。


うん。コングラチュレーション!!だと思う。


私の役目は終えた。


朝礼台の上にあるマイク見据えて閉会式の開始を待っていた。


生徒たちの興奮が冷めないのか浮足立った雰囲気が広がる。


先生たちも準備が遅れているのか、なかなか始まらない。


暇を持て余したから足で地面に模様を描く。


うんうん。可愛い猫ちゃんができぞ。


すると喧騒の中から、一言。少しかすれた声で、言葉が紡がれた。


「かっこよかったよ」


何の変哲もないただの言葉。


私は声のした方を見る。


後ろだ。


すると、ポニーテールで髪をまとめた一人の女の子が、人懐っこい笑みを浮かべながら私を見つめていた。


「めっちゃかっこよかった」


私はドクンとわけのわからない鼓動を感じて慌てて前を向く。


これはなんだ。

今までにこんな鼓動はなかった。

緊張でもない。

心配でもない。

じゃあなんだろう?


心臓の鼓動が体全体いや脳内でもジンジンと響いた。

しかもあの子の顔が何度も何度もフラッシュバックする。

笑窪があり、白い歯が綺麗に整っている。

クラスの人気者で、誰にでもやさしい。

私に声かけたのだってそのやさしさだ!

勘違いするな自分。

なにに動揺しているんだ!


私はぐるぐると頭の中でその子、いや坂本麗奈の事を考えてしまうよ。


肩にじんわりと熱が広がる。


「ファ!!」

「うえ!?」


熱の根源地を見やると、細いけど柔らかそうな手が置いてあった。

驚いた顔を浮かべた麗奈さんが私の肩に手を置いている。

その瞬間、胃の下あたりからキュンキュンとジェットコースターの落ちる瞬間のような感覚が引き起こされる。


「れ、れ、麗奈さんん」

顔に熱が集まって、バクバクと心臓が早鐘を打っている。


まさか、これってまさか、小説とかドラマとかで表現されている。

======================koi===========================

======================恋============================


恋なのではないですか!! 


「大丈夫?顔赤いけど。

もしかしたらさっきの走りで体調崩した?」


心配そうに整った眉間をやんわりしかめ顔を近づけてくる。

 

「だ、だ、大丈夫ですから」


納得できないのか一歩また一歩近づいてくる。

ダメ、ダメだからそれ以上近づいたら。

私は周りを見て、近くの先生に目をつける。

速く動くことには誰にも負けない私は、すぐさまその場を離れ先生に小声で

「私、始まっちゃったかもしれません」

ハッと驚いた先生はすぐさまトイレを指さし

「すぐに行ってきなさい。閉会式も体調がすぐれないなら出なくてもいいから」

私は一礼して足早にトイレに向かう。

何となく麗奈さんからの視線を背中に感じたけど、気づかなかったことにしなければならない。


女の子の特権を使い戦場から離脱した.


私の初恋カードが、麗奈さんに使われるとは。

しかも同性。

どうしよう。

でも考えたって仕方ない。

私は靴を乱暴に脱ぎ捨てて、トイレへと向かう。

トイレの入り口から一番近い個室に入り、扉を閉め便座に座る。


前の扉を見つめながらため息が出た。


一体どうすればいいの私。






















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