第十一話 蝕む者

 賊があらかた制圧されたところで国王が埋まっている学園長に歩み寄る。


「……ゲルグスト、貴様はもう少し賢いと思っていたんだがな」

「もご、もごご!」

「……もはやまともに口もきけぬか。哀れなものだ」

「もっ、もごもごっご!!」


 学園長水差し野郎の名前ゲルグストって言うのか。知らんかったわ。それにしてもこの国王めっちゃ煽るじゃん。


「あぁ、そうだ。先ほどアルミラがどうとか言っていたが、アルミラは動かんぞ」

「もっ、もごご!?」

「やつらはオークどもと睨みあっていてそれどころではないそうだ」

「もーご、もごごもっごご!?」

「おや?グラディオルとやらは教えてくれなかったか?」

「もごごご!!」

「ふっ、どうやら貴様は捨て駒にされたようだな」

「もごごごごももごご!!」

「……貴様も人なら人の言葉で話せ。痴れ者が」


 喋れないのが分かっていてこの追い打ち。この国王、容赦ねぇな。相当ムカついてたんだろうな。


「あ、やべ」


 適当に魔法を撃ちながら話を聞いてたら国王がこっちに歩いてくる。これ蹲ったままはマズいよね?あ、ウォルスさんが跪いた。じゃあ俺も。


「……これは君が?」

「違います」

「「――ッ」」

「……」

「違います」

「ふむ。……となると困ったな」

「……?」

「逆賊を捕らえた者に褒美も渡さぬとなると、王としての沽券にかかわる」

「……賊を制圧している皆様方に報いるのがよろしいかと」

「……なるほど、そうしよう。礼を言う」

「いえ。畏れ多いことです」


 白々しく嘘をつく俺にカイルさんとウォルスさんが焦ってる。いや、バレてるのは分かってるよ?だけど認めるつもりはない。俺とマイン君とセイラの平穏な生活のためにも。まぁ、褒美なんていらないから放っておいてね?っていう意図は伝わったはず。伝わったよね?





 その日は学園長水差し野郎一派の移送やら取り調べやらがあるってことで一旦解散。当然、我らが辺境伯も後始末に駆り出され、屋敷に帰ってきたのは三日後だった。


「アルトを救ってくれてありがとう」

「いえ、セイラやトール様が泣いてるのを見てついやっちゃいました……」

「おかげで陛下を含め、大勢の者が救われた」

「あー、まぁその辺はなので……」

「フッ、マインらしいな」


 おれはセイラを泣かしたやつを潰して、身内枠の人たちを助けたかっただけだからね。マイン君もブチギレてたしね。だからそれ以外の人たちはついでなのよ。国王も含めてね。

 とはいえ観客に死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。『精霊』たちと観客の皆さんがめっちゃ頑張ってくれた。怪我人はたくさん出たみたいだけどね。それにしても本当に余計な真似をしてくれたよ。




「ゲルグストは入学試験が近付いていることに相当焦っていたようだ」

「そこをグラディオルに付け込まれたと?」

「そうなる。ただいくつか腑に落ちないことがあってね」

「と言いますと?」

「まず、彼はもともと平民の受け入れはやむを得ないという立場だったんだ。そうでなければ陛下が彼に学園長を任せる筈もないしね」

「それが急に反対派に回ったと」

「あぁ。それに彼はかなり慎重な人物でね。いくらリミットが迫っているからといって、今回の様なやり方を強引に進めるようなタイプではないんだ」


 まぁ、たしかにめちゃくちゃ雑なクーデターだったしな。国王をどうにかしたところで、その先どうするつもりだったのかが全く見えない。他のやつとタイミングを合わせたわけでもないしな。考えれば考えるほど穴だらけの策なんだよ。正気とは思えない。……あれ?


「……公国やショーンさんのバカ兄貴もグラディオル絡みでしたよね?」

「あぁ、そうだが?」

「賊が真昼間から学園に忍び込んだりとかも明らかに不自然ですよね?」

「……何が言いたい?」

「スキルとか魔法とかで思考を誘導されたってことはないですかね?」

「――っ!」


 そもそも公国の侵攻からしておかしいよね。あの一件で各国から非難を浴びている教国と組むなんて普通に考えて悪手なんだよ。だけど公国の軍務卿たち間抜けどもはそれを選択した。たかが商人に唆されたぐらいで。

 ショーンさんのバカ兄貴も一歩間違えば実家が取り潰されかねないような無茶なことをやっていた。いくらショーンさんに嫉妬したってあんなリスクを冒すか?誰かに唆されたとしても普通は乗らないだろう。

 賊たちにしてもそう。無策のまま忍び込もうとして捕まる間抜けがあまりにも多すぎた。

 一人か二人ならたまたまで済む。だけどどいつもこいつもとなると話は変わってくる。何らかの方法でまともな思考が出来なくされていた、もしくは思考を誘導されていた可能性が出てくるわけ。

 もしミルティアが各地で研究してたうちの一つが思考や感情に作用するスキルや魔法、薬物の研究だったとしたら?そこで相手の精神に効果を及ぼす方法を確立していたとしたら?


 もちろんこれは完全な思い付きだ。前世の影響で宗教と洗脳がセットみたいなイメージが強いだけなのかもしれない。少なくとも俺が原作でプレイした範囲ではスキルや魔法で他人の記憶や思考を弄るような場面は……。


「あぁ……、いたわ」


 そういう描写はなかったけど、今思い返すともしかして?っていうキャラクターがいたわ。

 原作マイン君だ。いくら『剣聖』への復讐心があったとしてもガルガインに従うか?自分を魔獣と合成したやつの一味だぞ?俺なら絶対にガルガインも合成したやつらも復讐の対象に入れる。マイン君もそうじゃない?そうだよね?

 原作マイン君の侯爵家に対する復讐心の強さを考えると、おそらく何らかの方法で侯爵家しか目に入らないほど復讐心を増幅させられていた。もちろん時間をかけてそういう風に誘導されたって可能性もあるけど、魔法やスキルの効果だと考えれば今回のアレコレも含めていろんなことがしっくりくるんだよ。

 グラディオルをぶっ殺す理由が一個増えちゃったな。


 そう考えると国王の脱走や第一王子の国王殺害でハーテリアとの最終決戦がバタバタしてたのもそのせいだったんじゃないかって気までしてくるな。もしあいつらがミルティアの傀儡にされていた、されかけていたなら、公国滅亡にグラディオルが一枚噛んでた説が俄然現実味を増してくる。……さすがに考え過ぎか?




「なるほど……。ありえない話ではないな」

「そうなんですか?思い付きで言ったんですけど」

「あぁ、精神面に作用する魔法やスキルはたしかに存在する。そう多くはないがな。マインも最近そういうスキルの持ち主に会っただろ?」

「えっ?」

「オークキングだ。【オークの王】は周囲のオークを強化するスキルだ」

「あぁ~、そういえばそうでした」


 たしかに鼓舞してるってことは精神面に影響を与えてるわな。【挑発】のスキルや【鎮静】の魔法なんかも同様だ。であれば、もっと直接的に精神に影響を与えるものがあってもおかしくない。


「そういうものが存在すると仮定して、少なくとも記憶を消すような効果はないだろうな。そうであればグラディオルという名前も記憶から消すはずだ」

「たしかに……」

「薬という線もないだろう。誰の口からもそのような話は出ていない」

「となるとスキルか魔法ですね……。誰でもが使えるような方法じゃなければいいんですけど」

「あぁ。だが、明らかにおかしな行動をした者はすべてグラディオル本人と会っている。奴自身か或いは奴の傍にいる誰かにしか使えない方法と考えていいだろう」

「なるほど」


 たしかにな。誰でも使えるような手段ならわざわざグラディオル本人が会う必要はないもんな。これは朗報だな。遠くからサクッと殺っちゃおう。そんな魔法を使ってくるやつと相対したくないもんね。

 ……あれ?ってことは、グラディオルは頻繁にハーテリアに来てたわけか。これは公国には期待できそうにないな。というか、今もこっちにいるんじゃね?


「誘導によるものなら【鎮静】の魔法が効くかもしれない。一応陛下の耳に入れておこう」

「そうですね。お願いします」


 まぁ、すでにやらかした人は元に戻ってもいろいろと厳しいだろうけどね。気の毒だけど、“自分の意思じゃなかった?それならしょうがないね”とはならないからね。まぁ、多少の情状酌量はあるかもしれないけど。




「グラディオルの行方は分かりますか?」

「闘技大会の前夜にゲルグストと会ったことは確認したが、その後の行方は分からない」


 五日前か……。馬車での移動ならまだハーテリア国内にいるはずだけど。……いや、【転移】の魔法陣があったな。公国と頻繁に行き来していただろうことを考えると、グラディオルも使っていたはずだ。


「ハーテリア国内でミルティアが【転移】の魔法陣を設置できそうなところはありますか?」

「【転移】の魔法陣か……。となると王都周辺は無理だな。【転移】の魔法陣に必要な量の触媒を集めるとなると相当の資金が必要になるし、なにより目立つ。……そうだな。東部のヴィングル伯爵家は昔から魔法の研究に力を入れていると聞く。あそこならもしかしたら……」

「あれ?そこって……」

「あぁ、一年ほど前に反乱を企てていると噂されていたところだな。それもあってあそこが思い浮かんだんだ」


 いつぞや辺境伯がクレーターを作ったとこね。もしかしてあれもグラディオル絡みだったのかな?ほんっとにめんどくさいやつだな。でももしそうなら【転移】の魔法陣がある可能性が高そうだ。


「距離は?」

「馬車で十日といったところだ」

「急げば間に合いそうですね」

「行くのか?」

「はい。逃がすと厄介なんで。まぁ、ハズレだったら諦めますけど」

「それならこれを持っていくといい。陛下からだ」

「げぇっ」

「ふふっ、そう嫌そうな顔をするな。領地持ち貴族にしようとおっしゃっていたのを説得したんだぞ」

「あぁ、それは助かります」

「家名も考えておいてくれ。放っておくと陛下が妙な家名をつけかねない」

「分かりました」


 肩を竦めての証を受け取る。まぁ、領地をどうこうってのがないだけマシか。

 それにしても家名かぁ……。そういうセンスないんだけどな。セイラにも一緒に考えてもらおうかな。


「それじゃあ行ってきます」

「あぁ、気を付けて」


 うちの妹を泣かしたクソ野郎に落とし前をつけさせないとね?






 四日後、ハーテリア王国東部のヴィングル伯爵領の領都までやってきた。力強い助っ人も一緒だ。


「すみません。こんなところまでついてきてもらって」

「いいのよ。もしマイン君の話の通りなら放っておけないもの」


 サーシャさんだ。どこかに隠されているであろう魔法陣を探すには【魔眼】持ちのサーシャさんの手助けが必要不可欠だからね。子どもたちの入学試験が迫ってるのに申し訳ない。一週間延期になったからたぶん間に合うと思うんだけど。

 ここに来るまでにグラディオルらしき一行は見なかった。となると既に到着しているか、そもそも向かった先が違ったか。


「とりあえず領主の屋敷からですかね」

「えぇ、行きましょう」


 ここの領都はそれほど大きくない。面積はオルティアの半分くらいかな?【転移】の魔法陣を設置するとなると使用するたびに大量の触媒が必要になる。そんなものを運び込んでも怪しまれないような施設はそう多くないだろう。そこを虱潰しにする。




「……なにあれ?」

「どうしました?」


 領主の屋敷に向かう途中でサーシャさんが突然立ち止まった。


「あの店に変な人がいるの。が話してる相手の口や耳に入っていっているの」

「うわ、キモッ。……黒ってことは闇属性ですか?」

「いいえ、闇属性は濃い紫に見えるの。アレとは別物よ。あんなの一度も見たことないわ」


 口や耳から魔力が入るってめちゃくちゃキモいな。でも、そいつが思考を弄ってるやつ、つまりグラディオルかその仲間の可能性が高そうだ。なんであそこにいるのかは分からないけど。それにしても闇属性じゃないってことは別の特殊属性か?魔力が視えるサーシャさんが視たことないってよっぽどだぞ?


「あ……」

「どうしたの?」

「いや、魔力に詳しい連中がいたなーって」


 『精霊』だ。もしかしたら彼らなら何か知っているかもしれない。


「その店にいる奴の属性分かる?」

[[[どいつだどいつだー]]]

「そこの二階にいる黒いやつ」

[[おぉ、珍しい]]

[[混沌だー]]

[[あいつがどしたん?]]

「あいつがセイラを泣かしたやつを唆したんだよ」

[[[ぶっ殺す!!]]]


 混沌属性……?響きはヤバそうだけど、どんな魔法を使うのか全く想像できない。頭の中をワチャワチャさせるのか?そんな属性聞いたことないぞ。原作さぁ?

 ……ま、なんでもいいか。サーシャさんだけじゃなくて、『精霊』たちにとっても珍しいってことは、他に同じことができる奴はそうそういないってことでしょ?いろいろ気にはなるけど、そんなヤバそうな奴はさっさと殺っておくに限る。


 問題はどうやって殺るかだな。白昼堂々、店を吹き飛ばすのは避けたいところ。


[[[たーまやー?]]]

「違うから」

[[[えー!]]]


 なんで気に入ってんのよ。

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