第六話 入学式

『……本日入学する諸君は……』


 今日はハーテリア王立学園の入学式。なんだが、新入生たちの門出を祝福するぶち壊す来賓喋りたがりたちのありがたいクソ迷惑な演説で大講堂はまさに地獄絵図と化していた。


「ふわあぁぁ、ねっむ。さっさと終われよ」

「お前度胸あるな。あれ一応侯爵だぞ」

「ウォルスさんだってさっきから大あくび連発してるじゃないですか」

「そりゃあお前、くそつまんねぇからな」

「度胸ありますね。あれ侯爵ですよ」


 こいつら長さで勝負してるんじゃないだろうな?これ、マジで無駄な時間だよな。話の内容も似たり寄ったりだし。必要なことを端的に伝えるのも貴族に必要な能力だと思うんだ。立場が上の人は特に。

 その点、学園長の話は無駄に言葉を飾ることもなく実にシンプルだった。みんなあれくらいの感じでやってくれたらいいのにね。結構若そうに見えたけど、やっぱ学園長を任されるくらいだから優秀なんだろうな。




『……諸君には、この学園の生徒としての……』


「あーあー、教員も寝ちゃってるじゃん。うわ、あの一番左の人なんていびきまでかいて……、って、あれネビルさんじゃん」

「ん?おぉ、本当だ。ネビル様だな」

「えぇ……。なんでここにいんの?」

「今年から臨時講師だか特別講師だかになったらしいぞ」

「へぇ~」


 ベルガルドさんちのネビル氏がなぜか教員席にいた。大口開けて爆睡してるけど。あの人、大物だな。あとで『精霊』にチクってやろう。

 おっ、教員席の先頭におばちゃんもいるじゃん。なぜか頭に手を当ててヤレヤレみたいな感じを出してるけど。あれ?もしかして今喋ってるのが旦那のドラ……なんとか侯爵か?くっそ長いんで後で叱っておいてもらえると嬉しい。


『……この国の未来は、諸君の双肩に……』


「だがよ、ネビル様みたいな腕自慢が来ると俺らの仕事も増えるんだ」

「そうなんですか?」

「そりゃお前、ああいう人たちが思いっきり得物をぶん回してみろ。訓練場がボロボロになっちまうだろ?」

「あぁ~、なるほど」


 ネビル氏なんて特に雑そうだもんな。いろいろと。

 ちなみに衛兵をやってたのは情報収集が目的……と言う名目だが、実際は何かやらかして奥様に一からやり直せと叱られたからなんだって。やっぱあの家、奥様で持ってるんじゃないかな?こっちに来たってことはお許しが出たのか、或いは別の目的があるのか。

 そうそう、ちょっと前にセイラを連れて侯爵家にお邪魔してきた。さすがにいきなり打ち解けるのは難しそうだったから軽い挨拶だけでお暇したけどね。まぁ、ちょっとずつ慣れてけばいいんじゃないかな。




『……諸君の今後の成長に期待するものである!』


「はぁ……、やっと終わりか」

「そうみたいですね」

「お、次はお前んとこのぼっちゃんの挨拶みたいだぞ」

「ほんとだ」


 アルト君は何日も前から新入生代表の挨拶を練習してたからね。少し緊張してるようだけど堂々としてる。辺境伯夫妻やリエラ嬢、トール君、フェンフィール氏にセイラも見守ってるから頑張ってほしい。もちろん俺とマイン君もね。




『――私たちはこの学園の名に恥じぬよう、日々精進を重ねていきます。新入生代表アルト・オブレイン』


 「お前んとこのぼっちゃんの挨拶、良かったじゃねぇか。どっかの爺どもとは大違いだぜ」

「ちょっ、言い過ぎですよ?それにあんな連中と比べないでください」

「……お前も結構なこと言ってるからな?」


 ウォルスさんの言うようにアルト君の挨拶はなかなかのものだった。会場からも大きな拍手が起こっている。特に女性陣の熱量が凄い。まったく、これだからイケメンは。まぁ、首席であのルックスに家格も申し分なしときたら、そりゃ貴族のご令嬢方はほっとかないわな。そういえば婚約者ができたって話は聞かないけど、その辺どうなってんのかね。

 そういえば今年は原作主人公が入学する年だっけ?すっかり忘れてたわ。つまり原作がスタートしたってことか。まぁ、こっちはこっちで忙しいから、そっちはそっちで適当に頑張ってほしい。関わり合いにならないことを祈るよ。


 それにしても無事に入学式を迎えられて良かった。あれからも夜中に侵入しようとしたり外壁に細工しようとしたやつがいたみたいだしな。おかげで王都の拠点をさらにいくつか潰すことができたらしい。

 入学式には保護者や来賓で貴族がたくさん出席するから、ミルティアからしたら狙わない手はないもんな。ここで何かが起きればこの国は大混乱に陥るし、それに合わせて侵攻されたら相当マズいと思う。あの騒乱で教会の幹部は何人か死んだけど、教国の戦力はまだまだ健在だからな。




 入学式の後は用務員としての仕事をする。相方はいつものウォルスさん。


「俺たちは学園内の見回りをしながら点検と補修をしていく感じだな」

「訓練場に詰めるのは授業が始まってからですよね?」

「そうなるな。……あぁ、何年かに一回は初日から決闘騒ぎが起こるから、そん時は手が空いてるやつが対応しなきゃならねぇ」

「決闘って……」


 いや、異世界モノの学園じゃ定番だけどさ。主人公と関係ないところでも起こるのかよ。お貴族様、野蛮過ぎない?

 ちなみにウォルスさんの予想では今年もあるんじゃないかって。まぁ、新入生の数が例年より多いからトラブルが増えるのも当然か。しかも同じ学年でも半分は年齢がひとつ上だから余計に。お貴族様は誇りだのメンツだのとうるさいからね。


「まったく、お貴族様っつーのは面倒でかなわねぇ」

「ウォルスさんだってお貴族様じゃないですか」

「貴族つったって一番下の騎士爵だぞ?そこらの冒険者とそう変わらねぇよ」


 こんな感じで無駄話をしながら見回りをする。さすがに初日から補修が必要なところはほとんどないからね。気のいいおっさんウォルスさんとのペアで良かったよ。中にはこれ見よがしに「おや、子どもが紛れ込んでいるようだ」とか嫌味を言ってくるやつもいたしな。名誉騎士の証をチラッとしたらすんごい顔してたけどね。

 俺としてはあんまり使いたくなかったんだけど、伯爵家の元次男坊のことがあった後で、辺境伯からこういう場面ではどんどん使えって言われちゃったんだ。相手が調子に乗ってエスカレートしちゃったら、そいつの首だけじゃすまなくなるからって。貴族社会って怖いね。


 話が逸れちゃったけど、用務員の仕事は半数が訓練場に詰めて、残りのメンバーが見回りをするらしい。訓練場組は授業で使う的を用意したり、授業で壊れたり傷んだりしたところを直したりがメインなんだって。ちょいちょいあのクソ寒詠唱をしなきゃいけないのがキツイ。しかも、学生の実力に応じて的の強度や形状が変わるから、詠唱にもいくつかのパターンがあるんだって。これもはや拷問では?

 あと忙しいのは闘技大会やイベントのときの設営くらいか。アレな詠唱を除けば楽で楽しい仕事なんだけどな。


「いや、普通は慣れるまで結構しんどいからな?」

「まぁ、これまで土木系冒険者で食ってきたんで」


 まぁ、魔力の扱いが苦手だったり魔力量が少ないと大変そうではあるね。その辺の心配がいらないのはマイン君のポテンシャルのおかげかな。ありがとうマイン君。ところで詠唱変わっ……あ、ダメ?ですよねー。




 ちなみに決闘騒ぎは二件あった。決闘はお互いに口上を述べあってから戦うのが作法のようで、二件とも入学試験の順位が決闘の理由らしい。この俺がお前に劣っているなど~、みたいな。しょーもな。色恋絡みだと盛り上がるんだけどね。ちなみに番狂わせは起きなかった。無常なり。

 まぁ、アルト君が絡まれたんじゃなくてよかったよ。実技ぶっちぎり一位のアルト君に絡む命知らずバカはそうそういないと思うけどさ。




 仕事を終えて辺境伯邸に戻ると緩みきった顔をしたアルト君がいた。


「でへへ」

「お兄様、カッコよかったです!」

「アルトおにいちゃん、かっこよかった!」

「でへへへへ」

[[[ぐぬぬ]]]


 幼女たちの賞賛にデレッデレのアルト君。入学式での凛々しいアルト君はどこに行ったんだ。そして『精霊』たちは相変わらずだな。


「そういえばネビルおじちゃんもいたね」

「衛兵のお兄ちゃん?」

「そう!ずっとねてた!」

「[[ぶふっ]]」

[[やっぱりネビルはダメだなー]]


 ネビル氏、寝てたのバレてるぞ。あとセイラ、おじちゃんはやめてあげなさい。前に結構へこんでたから。

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