ラディの話5

 ディープは、モーリスは患者としてはとてもやりにくい相手だと言っていた。

 

 確かに、痛みも苦しさも辛さもすべて自分から切り離して、他人事のようにしているのを感じることがある。滅多に弱音を吐くこともない。人の顔色を敏感に読む。モーリスは意地っ張りだから、弱味を見せたくないのだ。こちらから本当の状態を推察して、気持ちをくみあげるしかない。


 そして、ディープは主治医という立場と、大切な友人という関係との間で、悩むことがたくさんあるに違いなかった。

 ウィン医師と相談してメディカルセンターの仕事を調整し、減らしているとはいえ、自分の休みも返上して、モーリスのために時間を作っていた。

 

 それから数日、モーリスは普通に仕事をしているように見えたのだが…。


 その夜遅く、僕は、彼の私室のドアが半分だけ開いていることに気がついた。

(これは…?)モーリスが何かを伝えたいサインなのだとしたら。


 僕がそっと部屋に入ると、モーリスはベッドで頭を抱えて丸くなっていた。まるで何かにおびえている小さな子供のようだった。

(ああ…)僕はその横に座った。

 モーリスの肩がかすかに震えていた。

「モーリス。僕に何かできることはある?それともひとりにしておいた方がいい?」

「…ここにいて」と、小さな声。「…ときおり、どうしようもない不安に押しつぶされそうになる。眠ったら、もうそのまま目が覚めないんじゃないかと…。怖いんだ」


 今まで、モーリスは平然と受けとめている、と思っていた。でも、平気でいられるわけがない。自分が同じ状況にあったら、とてもひとりでは耐えられない、と思う。もっと早くに気づくべきだった。こんなふうに眠れない夜があっても、ひとりでどうにかやり過ごしてきたのだろう。


「眠れなければ、処方された薬もあるけど」

 モーリスは首をふった。

「ううん。ラディがこうしてそばにいてくれれば、それでいい」

「…わかった」

 僕はモーリスに毛布をかけて、黙ってただその背中をそっとさすり続けた。

 震えがとまり、こわばっていた身体のチカラがぬけて、やがて寝息が聞こえてきたのは、空がかすかに白みはじめた頃だった。

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