第45話 立場が人を変える

 その頃、方丈は竹本莉凛の隣に立ち、頼まれたボディーガードの仕事をしていた。


「竹本さん。本当にこの場所でいいんですか?」


 方丈たちは熊野が演説している裏側にまわり、演説を見守っていた。


「ええ。わざわざ前の方へ行けなくても大丈夫ですよ。ここからでも十分、聞こえますから。それに離れた所から見る事で、周囲の状況も把握できますしね」


「確かに、そうですね」


「熊野さん、本当に変わりましたね。最初はあまりやる気があるように見えなかったのですが、今ではこの地域を背負って立つという責任感のようなものを感じます」


「立場が人を変えるということですか?」


「ええ。私は方丈さんも大きな仕事を引き受けたら、彼のように大きく成長できる方だと思いますよ」


「ありがとうございます」


 方丈は素直にお礼を言った。


「ご清聴、ありがとうございました」


 熊野が演説を終えると、聴衆から大きな歓声と拍手が巻き起こった。


 莉凛の言う通り、熊野の振る舞いは以前とは違い堂々としたものだった。


 熊野は聴衆の拍手と声援に手を振りながら笑顔で応えた後、隣にいた西原にマイクを渡した。


 マイクを受け取った西原は、さっそく聴衆に向かって口を開いた。


「お集まりの皆さん、こんにちは。西原将大です」


 西原があいさつをすると、再び聴衆から大きな歓声が上がった。


 あいかわらず、すごい人気だ。


「今日は、今回の参議院選挙に立候補している熊野安喜政さんを応援するため、ここ駅裏商店街にやって参りました。熊野さんと私は彼が20代の頃からの知り合いでございまして、その頃から熊野さんは仲間を和ませることが得意な、ナイス・ガイでございました。彼と最初に会った時……。」


「方丈さん」


 隣にいた莉凛が話しかけてきた。


「はい。何でしょうか?」


「あの人から、よからぬオーラを感じます」


 莉凛が指刺した先には、バッグを持った40歳くらいの男性がいた。




 西原の演説が始まると、下山はゆっくりと西原に向かって歩き始めた。


 上田が言った通り、急遽ここでの街頭演説が決まったので、後ろ側の警備は手薄だった。


 今、多くの聴衆の目が西原に向いている。


 誰も俺に注意を向けていない。


 下山はバッグの中から手製のショットガンを取り出した。


 西原、教団によって苦しめられた人たちの悲しみを、とくと味わえ。


 下山は銃口を西原に向けて、引き金を引いた。


「突貫」


 突然、下山は何者かに横から体当たりされた。


 銃口は跳ね上がり、銃弾は発砲音と共に上空へ飛んで行った。


 下山は再び体制を立て直し撃ち直そうとしたが、男が再び食らいついてきて、二発目の銃弾は道路に向けて放たれてしまった。


 弾はもうない。


 終わった。


 まわりにいた警察官や刑事たちが一斉に二人の周りに集まってきた。


 下山は自分に飛びかかって来た若い男ともども、もみくしゃにされながら警察署へ連行された。




 警察署に連行されると、すぐに取り調べが始まった。


 取調室で下山がイスに座り静かに待っていると、どこかで見たことがある堀の深い顔をした男が取調室に入ってきた。


「こんにちは、下山さん。私のことを覚えていますか?」


「いえ」


 下山は小さな声で答えた。


 もう、普通に声を出す気力もなかった。


「まあ、そうでしょうね。お会いしたのは一度だけでしたから。同僚の高冬法行さんが殺害された時、小石川倉庫を訪れた刑事の喜代次です」


 ああ。そう言えば、あの時、刑事が来たな。


「改めて確認いたします。お名前と年齢を教えてください」


「下山審久。42歳です」


「住所は?」


「N県N市にある……」


 ヒロだけ守ることができれば、あとはどうだっていい。


 今の俺にできることは、もうそれしかない。


 下山は上田が何も知らずに自分に協力していたことにして、他のことは正直に刑事に話した。

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