第18話 個人演説会 その3

 天音たちが公民館の控え室で参加者を待っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します」


 精悍な声と共に若い男がドアを開け、前知事の堀が中に入って来た。


 天音は立ち上がり、堀を迎えた。


「お久しぶりです、堀先生」


「やあ、天音くん。お久しぶり。元気だったかい?」


 堀も笑顔で天音に応えた。


「はい。先生もお元気そうで何よりです」


「目のサプリメント、あれいいね。私も使っているよ」


「ありがとうございます」


「売上の方はどうですか?」


「悪くはないんですけど、好調とは言い難いですね。先生、再び政治の表舞台に立って、お力添えをお願いします」


 天音の言葉を聞いて、後ろにいた若い秘書がなぜか戸惑いの表情を浮かべた。


「まあ、こればかりは自分一人の力では、どうにもならないことだからね」


 堀は天音の言葉を軽くいなした。


 どうやら、堀に対して言ってはいけない言葉だったようだ。


「そちらの御婦人は、アメリカから来たという妹さんですか?」


 堀が莉凛を見て口を開いた。


「すいません。紹介が遅れました。妹の竹本莉凛です」


「初めまして、堀先生。竹本莉凛と申します。改革派である先生の活躍は、多くの所で耳にいたしました。お会いできて光栄です」


「流暢な日本語ですね。アメリカにいた時、しっかり日本語の勉強をしていたのですね」


「はい。将来は日本とアメリカの架け橋になろうと思い、幼い頃から勉強していました」


「それは素晴らしい。是非とも日本とアメリカの架け橋になってください」


「ご期待に応えられるかは分かりませんが、努力いたします」


 莉凛は堀に丁寧にお辞儀した。


「失礼します」


 次に控え室にやって来たのは、西原議員だった。


「皆さん、お疲れ様です」


 西原は軽やかな口調で皆にあいさつした。


「お疲れ様です、西原先生。今回も精力的に動いていますね」


 堀が最初に西原に話しかけた。


「ええ。新しい地域活性化策を思いついたので、ぜひ多くの県民の方々に知ってもらおうと思い、まわっているんですよ」


 西原は笑顔で答えた。


「それは、どんな活性化策なんですか?」


「県の中にある技術を、こちらで値段をつけて売っていくんです。例えば、特殊な工業部品を作る技術があっても、それを売り込むのは大変ですよね? だから、我が県にあるこの企業はこういうことが出来て、それをこのぐらいの値段でやるというのを、県のホームページにまとめて掲載していくんです」


「なるほど。営業や交渉の負担が減るので、地元の皆さんにも喜んでもらえますね。私の方でも、早速、周りの人たちに話してみます」


 堀もすぐに西原のこの活性化策に同意した。


「ぜひ、よろしくお願いします」


 西原の言葉には、しっかり熱がこもっていた。


 天音は二人のやり取りを見ていて、再びこのコンビに政治を担ってもらいたいと思った。

「失礼します」


 次に入ってきたのは、今回、参議院選挙に立候補している熊野安喜政(くまの あきまさ)だった。


「どうも、皆様。お疲れ様です。本日はよろしくお願いします」


 熊野はほんわかした雰囲気を出しながら、皆にあいさつした。


「お疲れ様です、熊野先生。どうですか、選挙の手応えは?」


 西原がたずねた。


「有権者の皆さんから温かい声援をいただき、とても励みになっています」


 熊野は屈託のない笑顔で答えた。


 なぜ、堀先生ではなく、この人を候補にしたのだろうか? 


 堀と比べて明らかに見劣りする熊野を見て、天音は納得がいかなかった。




 その頃、小石川倉庫に勤める下山は、上田が運転する車に乗り、ホームセンターに向かっていた。


「しもやん、買うものは結構あるの?」


 運転席にいる上田が聞いて来た。


「ああ。とりあえず、今必要なものは金属筒、木材、電気コード、電池、粘着テープ、化学肥料って所かな」


 下山はスマートフォンのメモを見ながら答えた。


「色々必要なんだね」


「ショットガンを作るからね」


「それって弾がいっぱい出るやつだよね? 作るの大変じゃない?」


「まあね。でも、人間って拳銃の弾が一発当たったくらいだと死ななかったりするから、確実に仕留めるには弾を複数打ち込めるショットガンを作る必要があるんだ」


「なるほど。さすが元自衛隊員」


「あまり、優秀な隊員ではなかったけどね」


「しもやんさ。俺、前から一度聞こうと思っていたんだけど、どうして高校卒業後、自衛隊に入ったの?」


「経済的な理由だよ。父親が自殺して、母親は宗教。兄は病気を持っていて、妹はまだ幼い。そんな状況だったから、お金がもらえて資格も取れる自衛隊が、一番いい選択肢だと思ったんだ」


「なるほどね」


「だけど、集団生活に馴染めなかったのは誤算だったけどね」


「まあ、それはしゃあないな」


 二人は互いに軽く笑い合った。


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