第36話 メイド服試着会とミーアの正体
「俺と付き合ってください!」
「はい、喜んで……」
文化祭があと数日と迫った放課後の中庭。
文化祭効果というやつだろうか。いつもより濃密な時間を過ごすことによって、お互いに関係が深まり、カップルが激増する。普通は文化祭後に告白をしてカップルが激増するのだが、今回の文化祭の協賛イベントのせいで告白が横行しているのだ。
全校生徒参加型であるため、好きな男女がいる奴は告白を躊躇しているとイベント当日他のライバルに取られる可能性があり、万が一のこともあるから先に告白してマーキングしておこうという魂胆だ。イベント自体も、二人で落ち合う場所を決めてボタンを交換してしまえば済む話なので、そういうイベントの攻略も兼ねているのだろう。
だが――、目の前で成立するカップルの輝かしい光とは反対に、恨めしそうにそれを見る闇を抱えた奴らが存在する。
恋愛の勝ち組と負け組。もしかしたら自分の方が先に好きだったのにと好きな奴を取られてしまった悔しさや告白できなかったという後悔。
一歩踏み出す勇気が足りなかったと意気消沈する者も見かけたが、中にはイベントで逆転してやると息巻いているヤバい奴もいた。
「なぁ、知っているか?」
「なんだよ、急に」
「俺、好きな人と絶対に結ばれるおまじないを知っているんだよ!」
「なんだよ、それ。教えろ!」
すると、近くにいた男子生徒が一枚の紙を見せる。
それは何やら契約書のようなものだった。
「好きな子と自分の名前をこの紙に書いて、風紀意見箱の中に入れると叶うんだってさ! その女が付き合っていても急に男と別れちまって付き合うことができるんだって!」
「まじかよ。意味分かんね」
「あぁ、現に成功者がいる。他の男と付き合っている好きな女の名前を書いて意見箱に出したら、別れちまったらしい。まぁ、物は試しだ。お前もやってみろよ。好きな奴いるんだろ!」
「う、うん。まぁ……やってみるか!」
文化祭前になると、変なおまじないも流行るものだ。
そろそろ、俺も天音さんや生徒会のメンバーと作戦を立てなければならないな。
メイド喫茶の方はどの部門もほぼ完成まで至っており、あとは簡単な仕上げが残っているだけで文化祭当日を迎えられる。
☆
放課後のカフェテリア。
遥と身躾さんが衣装を作り終え、俺が制作班から呼ばれた。
俺はカフェテリアを出て、一年D組の衣装室に連れていかれた。俺は遥に教えられたメイクを自分に施し、ウィッグをつける。そして、メイド服に手を通し、ニーハイを足に通し
――――、鏡の前に立つ。
するとまぁ、柄にもなく美しい男の娘が立っていた。
「すっごい、股下がスースーする。男子にはほぼほぼありえない感覚だね」
「まぁ、そうですね。でも、似合っていますよ? 可愛いです。学校で女子として生活しても遜色なさそうですよ?」
「いや、それは良いことなのか? というか、パンツ見えそう」
俺はそっとスカートの後ろを抑えた。女の子はこんなギリギリのラインでいつも生活しているのか、男としてはいつパンツを見せてしまうのかとハラハラドキドキだよ!
まぁ、男物のパンツに需要なんてないだろうけどさ!
「当日は皆、覗き対策で見せパンを穿くと思いますので、そこら辺の心配はしなくても大丈夫ですよ」
「そ、そっか!」
見せパンとかアイドルの女の子だけが履くものだと思っていたわ。
ほんの数年前はキモオタだった俺が今や女装して彼女に可愛いって言われるようになるとはね。驚きしかないよ。俺たちはカフェテリアに戻ると、ワッと人に集られた。
「八代、意外といけるじゃねーか!」
「えっ、ちょっとガチ恋しそう」
「胸もちゃんと盛れ!」
「俺、今、彼女いないんだ、付き合ってくれ!」
一部キモすぎる感想があったが、概ね皆の反応は良かった。
そして、他の男子のメイド服姿の鑑賞会も終わった後、広報班にパシャリと写真を取られ、「これ、宣伝用にネットに上げとくから~。八代君は特に客集められそうだから拒否権なしねー」と圧力をかけられ、渋々了承をした。
「八代君、流石だ。僕の眼に狂いはなかった。君は素晴らしい男の娘のメイドさんになれる!」
「あ、う、うん……ありがと」
全然うれしくないけど、委員長の眼鏡君と祝福の握手を交わす。
俺は衣裳部屋に戻って着替えを終える。
そして、カフェテリアの方に戻ろうとしたが――。
「瑠奈、どうしちゃったの? どうしてそんなに変っちゃったの?」
また身躾さんが誰かに絡まれているようだった。
俺はそっと衣裳部屋のドアの前で小耳を立てる。
「うっさいわねー。これが本来の私だって言っているでしょうーが!」
「違うよ! 瑠奈はもっと優しい子だった。真面目に勉強もしてたし、そんなに荒い言葉遣いもしなかったよ⁉」
「あぁ……、あんたほんとウザいわね。一ヶ月以上も私に付きまとってさ。ほんと暇人ね!」
「そりゃ、付きまとうよ! 最近、瑠奈の周りから変な噂しか聞かないから。相当危ないことをしているんだと思う。幼馴染が悪い道に進もうとしているなら、意地でも止めるよ!」
「私の好きにさせなさいよ。これ以上付きまとうなら、あんたとの縁を切るわよ‼」
「瑠奈!」
「うるさい!」
身躾さんの幼馴染。
何やら事情を知って良そうな空気だ。
俺は身躾さんがカフェテリアの方に向かったのを確認してから、ドアを開ける。
すると、廊下に女の子が一人座りながら泣いていた。この子は王子のペアだった女の子だ。
一人寂しく身躾さんの家でメイド服の裁縫をしていた記憶がある。
俺はハンカチを差し出す。
「大丈夫?」
「八代先輩?」
女の子はハンカチを受け取って、涙を拭う。
何があったのか詳細を聞きたかったが、このまま聞き出すとこの子に負担をかけ過ぎてしまう気がした。
すると、俺の帰りが遅かったのか、遥が俺の様子を見に来た。
「どうしましたか?」
俺は遥に事情を話しバトンタッチ。
今日の作業が終わるまで遥が付き添うことになり、近くの喫茶店で話を聞くことになった。
☆
「今日はありがとうございます。私なんかのために時間を作ってくれて」
本日のメイド喫茶班の作業を終えた後、俺は天音さんと一緒に、駅前の喫茶店で身躾さんに罵倒されていた女子とお茶をしていた。悩み相談という体は取っているが、本当の目的はこの子から身躾さんの情報を引き出すためだけどね。
「えっと、小糸さんだよね。大丈夫? あまり顔色が良くないけど?」
「大丈夫です。お水と流動食だけは取っていますから」
それは大丈夫と言わないだろう。小糸さんはガリガリなのだ。精神的ショックを受けているというか、良くめげないで友達を続けようとしているなぁと思う。とりあえず、俺はコーンスープを注文した。
「それで身躾さんが変わってしまったというのはいつ頃からなの?」
「ほんの二ヶ月前です。瑠奈はあんな子じゃなかったんです。優等生でお淑やかで優しい子でした。でも、急にファッションが変わったと思ったら、男遊びが酷くなって、夜な夜な出歩いているみたいで、男をとっかえひっかえしているって噂もあって……。駄目だよって何度も注意したんですけど、聞き入れてくれなくて……」
この一ヶ月、身躾さんを見ていたけど、小糸さんが言っていることは概ね合っているだろう。だが、何か引っ掛かる。
「話しからするとだいぶ変わったみたいだね」
「はい。あと、これは……言って良いことなのか分からないんですけど……」
怯えた様子の小糸さんの手を遥がそっと包み込む。
「大丈夫です。話してみてください」
優しさに包まれたのか、小糸さんはぽつりぽつりと話し始めた。
「学年主任の先生が犬になったことありましたよね?」
「うん」
「私はちょうどその場面を見ていたのですが、瑠奈が先生をジッと見つめた後、犬になれって命令したんです。そしたら、先生が本当に犬みたいになっちゃって……。みんなは瑠奈のことを催眠術師だって持ち上げていましたけど、瑠奈はそんなことができる子じゃなかった。可笑しいんです。あの子には何かが憑りついているような気がするんです! 私があり得ないことを言っているのは分かっています。でも、そうでも思わないと昔からの瑠奈を知っている人からしたら、あり得なくて……。あんなの瑠奈じゃない! どうしてあんな風になっちゃったんだろう……」
すると、小糸さんは急に泣き出してしまった。
「話してくれてありがとう」
遥が隣に行って、抱きしめてあげる。
学年主任の先生も並木先輩と同じく身躾さんに魔法を掛けられたと考えるのが妥当だろう。
店員がコーンスープを持って来た。
「口に何か入れないと辛いですから、食べてください」
「はい」
ほろほろと涙を流しながら、小糸さんはコーンスープを一口啜った。
その後、小一時間、遥が小糸さんの愚痴を聞いてあげて解散することになった。
「憑依転生」
遥がポツリと口にした。
それは異世界転生のラノベ読みなら親しい言葉だ。
「まさかとは思うけど、身躾さんに天音さんがいた世界の誰かが憑依しているってこと?」
「その可能性が高いです。私たちが魔王を倒したことにより、自身に仕掛けていた転生魔法が発動して、この世界に魂だけの存在となってやって来たということですね」
「人を魅了して下僕にすることができる人物」
「……心当たりがあります。私がいた帝国に攻め込んできて滅ぼしかけたのも彼女の仕業でしたから。男だけを捉えて自身の持つ魅了の力で虜にし、精を絞り尽くした魔王の四天王の一人――ミーア・フェム・ファタール」
「魔性の女……ね」
いや、本当にあぶねー。保健室で身躾さんは俺に魅了魔法でもかけようとしていたのか。下手したら、今頃身躾さんだけを想うペットになっていたわけだ。考えただけでもぞっとする。
「もう文化祭まで時間がありません。明日会長達に相談しましょう」
「そうだね。イベントを行う協賛会社も身躾さんの会社だ。既に色々と手が入りこんでいるかもしれない」
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