第14話 復讐の契約(七瀬視点含む)
〈七瀬視点〉
雨の中、ずぶ濡れになり七瀬沙織はとぼとぼと歩いていた。
腹の中のむしゃくしゃが収まらない。
自分より格下の人間が幸せな顔をして、彼女を作ってのうのうと生きているのが許せない。
自分は友達も彼氏も自分の地位も全て失った。
――何がいけなかったの? 私が何をしたの? どうして私だけがこんな目に合うの?
――どうして私だけが……許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。
――まさか、私のせい? 違う、私は悪くない、絶対に悪くない。そうよ! 私を
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるるぐるぐるぐる。
沙織の中で底知れぬ闇が渦巻いていた。溜まりに溜まった心の闇は抗えないほど苦しく、吐き出そうとしても吐き出す相手がいない。誰かに責任転換をしないと、指数関数的に増えていく心の闇に沙織の心は押し潰されそうになっていた。
「あぁぁあああああ‼」
沙織は近くに止めてあった自転車を蹴り倒し何度も何度も踏みつけた。
だが、まだむしゃくしゃが収まらなかった。
あの忌々しい二人の顔を思い出すだけで腹が立って仕方がない。
「私より幸せそうな顔をするなぁぁぁ‼」
地べたに寝そべった自転車のタイヤを何度も踏みつけ、スポーク部分がひん曲がる。折れ曲がったスポークを見て――、
そうだ……。
……あいつらもこんな風にしてやろう。
あいつらの関係を引き裂いてぐしゃぐしゃにしてやる。
それが悪い事?
いいえ、違うわぁ。
私を怒らせたのがいけないのよ。
そうよ。
私はこんなに辛いのだから、あいつらも同じ目に合うのは当然よねぇ!
そう思った時だった。
「ふむ、反応があったから来てみたが、悪くない。上質な闇だ。お前にはそれほどまでに憎い者がいるのか」
ふと顔を上げると、銀髪の美少女が目の前にいた。
気高く、優美だが、全てをねじ伏せる暴力性と絶対的なカリスマ性を持ち合わせた――天音遥を光とするなら、その対極の闇にいる存在。
銀髪の美少女は沙織の顎をクイッと持ち上げて言う。
吸い込まれるような銀色の瞳に沙織は自分のすべてを見通されてしまう恐怖を覚えたが、ダイヤモンドよりも美しい瞳に心を奪われてしまいそうだった。
「お前の憎い者に復讐をする良い手段を授けてやろう。無事に復讐を成し遂げれば、お前だけを愛するイケメンの男をくれてやる」
「えっ?」
「お前にとって……、必要なのだろう?」
沙織は自分の欲望を読まれたことに不安を覚えなかったわけではない。
だが、沙織の心は枯渇していた。
自分を慰め、労わってくれる人を欲していた。
それは目の前にぶら下げられた自分だけを愛するイケメンだった。
その男を獲得する方法が自分の憂さ晴らしをすればいい。
まさに破格の条件だった。
沙織はゲスい顔を向けて言った。
「―――何をすればいいですか?」
「私と契約を結べ――」
そして、沙織は銀髪美少女に腰を引き寄せられ、唇を奪われた。
☆
俺たちはバスターミナルのベンチに二人で座っていた。
またバスに乗って駅に向かうこともできたけど、雨が止むまで二人だけの余韻に浸りたかったのか、手を繋いだまま座っている。もうこれはどっからどう見ても完全にカップルだった。しかも、七瀬さんの一件で妙に距離が縮まってしまったというか。
俺は遥のことが頭から離れなかった。心臓の高鳴り、体が火照る。
遥は「これから私だけに夢中になる」と宣言した。
だけど、遥に救われ保健室で去り際にキスをされた時にはもう夢中だったのだと思う。
既に大雨は止んでいた。
大雨の後だからか、夜空が澄んでおり、星が見えていた。
そうだ。夕焼けじゃなくて、夜景でも良いじゃないか。
「ちょっと歩かない?」
「はい」
俺は遥の手を引いて、橋へ向かった。
橋の中腹まで来ると、何ともロマンチックな光景が広がっていた。
ビルの光だけじゃない、暖色と白色の色とりどりのライトが呼応するように夜の空を照らし、幻想的な雰囲気を作り出している。
「……綺麗」
遥がポロリと呟いた。
これは逆転勝利だった。
ブザービーターならぬ九回裏サヨナラ逆転満塁ホームランだ。
言うなら今じゃないか?
想定していた瞬間とは違うけど悪くない……と思う。
大雨の後だからか、他に人もいない二人だけの空間。
「あの……」
「は、はい!」
遥が振り向く。
口を紡ぎ、胸に手を当て、そわそわしている。
これから言う言葉を待っているそんな顔をしていた。
「みゃ」
子猫が遥の胸のあたりからジーッと俺を見つめ、頷いた。
そっか、お前も応援してくれていたな。
俺、頑張るからよ。
見ててくれ。
深呼吸をして、心を整理する。
そして――、
「俺、天音さんのこと――」
そう俺が顔を上げて言った時だった。
「――お前なんか、いなくなっちゃえぇぇぇ‼」
―――ドン。
遥と子猫が橋の外に飛び出していた。
「は?」
見れば遥を押したのは――、闇夜の空間を切り裂いて現れた七瀬さんだった。
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