第12話 初デートと出会い

 一頻り、会場を探索した後、ベンチに座って休憩をする。

 俺は近くの自販機で飲み物を買ってきて、遥に渡して横に座る。

 ごくりと喉仏を上下に揺らす姿は、CMの一シーンにでもなりそうなくらい美しい。

 黒髪清楚系の最高峰の美少女の正体が、学園カーストトップで魔法少女になりたかったサブカル&同人誌好きの異世界帰還者の聖女って……属性盛り過ぎだろって思うけど。


「どうしましたか? 私の顔をじーっと見て」

「あ、いや――、遥といるとなんか落ち着くなって思って」

「そ、そうですか。わ、わたしも景太といると落ち着きますよ……」


 ふわりと胸の奥に言葉に言い表しづらい温かい気持ちが溢れる。

 しばしお互いに黙り、静かな時が流れる。


「……私、異世界から戻って来て、本当に良かったなって思います」


「どうして?」


「異世界に行く前も、異世界で過ごした四年間も男性にデートに誘われたり、自分の趣味を受け入れてもらえたり、こんな風に楽しく過ごしたりすることなんてありませんでしたから」


「……そうだったんだ。意外と男性にアプローチされているイメージはあるけど……」


「あはは……よく言われます。でも、高校に上がるまで芋女でしたし、異世界に召喚されてからも、魔法を満足に扱えなくて刀華先輩の勇者パーティーに拾われるまで、帝国から無能聖女って揶揄されていましたから」


 あの天音さんが無能聖女? 

 何かの聞き間違いかと思ったがそうではなさそうだ。


「男性からのアプローチなんてありえません。聖女としての価値がないから、与えられるご飯もフランスパンより硬いパンに、お水だけ。囚人みたいな生活で本当に辛い毎日を送っていて、ほんと地獄でした」


 俺だったら死んでいるかもしれない。

 本当に修羅場をくぐりぬけてきたのだな。


「でも、帝国が魔族の侵攻を受け帝国が滅ぼされる寸前で刀華先輩たちに救い出され、魔法の師匠と出会って私の力を引き出してくれて……。本当に色々な人に助けられて今の私がいます。だから、周りは私を持ち上げてくれますが、本当の私は皆が思っているほど輝かしい存在ではありません。実のところ、転入試験も合格点ギリギリでしたし、運動音痴ですし。あっ、これは誰にも話していませんでした。内緒ですよ?」


 シーッと唇に人差し指を添えて、ウインクする。

 遥は自分を輝かしい存在ではないと言ったが、そんな落ちこぼれが魔王を倒せるようになったのだ。輝くための努力をして来ているじゃないか。


 落ちこぼれの自分を知っているからか、威張ることもない。可愛く誤魔化してしまう。話を聞いていれば、人格の一つや二つねじ曲がっていても可笑しくないのに。


 本当に聖女様だよ。


        ☆


 俺は昼を食べ終え、商業施設でショッピングを終えた後、夕焼けを見に行くという何ともベタで王道なデートプランを頭の中で組んでいた。


 俺たちは市場を後にして、また駅前に戻るつもりだったが、その途中の公園の前で遥がパタリと足を止めた。


 奥にある遊具の方を見つめていたが、公園には体操をしているおじさんとゲートボールをしているおばさんたちがいるだけで他に誰もいない。


「どうしたの?」

「誰かに呼ばれた気がして」


 辺りを見渡しても俺たちを呼んだ人は見当たらない。

 おじさんが呼んだわけではないだろう。


「こっちです」


 遥が公園の中に入っていた。

 俺も後を付いて行く。

 ドーム状の滑り台までやって来ると、その下だ。段ボールに入った白の子猫が一匹いた。


「みゃ……、みゃ……」


 頬がやせこけ、体は骨と皮の状態で、元はきっと白く輝いていた毛並みも茶色がかっている。力なく横たわっており、誰が捨てたのか分からないが、昨日、今日この場所に捨てたわけではなさそうだ。


 恐らく公園で子供が見つけて拾ってくれることを狙ったのか。

 だが、所々怪我している所を見ると、そう上手くいかなかったのだろう。

 現実はいつも厳しくて悲しい。


 この子はこんな陽の目を浴びない隅っこで一人寂しく苦しんでいたのだ。

 その姿にシンパシーを感じざるを得なかった。


 俺は鞄からタオルを取り出して、子猫を包み優しく拭いてあげたが――、先程の鳴き声に最後の力を振り絞ったのか、呼吸が浅くなっていた。

 

 保護をする前にその命の灯が消えてしまいそうだった。


「私に」


 遥が手を差し出す。


 そうか――、俺は子猫を遥に託した。

 遥が子猫を抱きしめると、手が光り輝く。


「ヒール」


 赤子がお母さんに抱かれて幸せな顔を浮かべるように、子猫の顔も穏やかに変わっていく。瘦せこけた頬も骨と皮になった体もみるみるうちに元に戻っていた。


 本当に奇跡だ。

 子猫は元気になった後も、胸に抱かれて幸せそうな顔を浮かべる。

 遥が指で子猫の頬を撫でる。


「これでもう大丈夫なはずです。でも、この子どうしましょうか……」


 首輪はついてないから家猫ではない。

 近くに母猫がいる気配もない。

 本物の捨て猫だ。

 警察に届けるか、保健所に届けるべきだと思うけど――。


「この子を見ていると、異世界に行った時の自分を見てるみたいで、放っておけないです」


 自分をこの子猫に重ねているのだろう。

 元気になった猫が俺をつぶらな瞳で見つめ、「みゃー」と鳴く。


 俺が撫でようとした手をペロペロと舐める子猫のことが可愛くて仕方がない。

 分かってる。俺だって、一人で寂しく過ごしていた奴の気持ちは痛いほど分かる。


「そうだね。俺も放っておけない」


 予定変更だ。ショッピングなんてしている場合じゃない。


「今ならまだギリギリ間に合うかもしれない。ついて来て!」

「え、はい。分かりました!」


 俺たちは公園を出て、動物病院にやって来ていた。

 獣医さんに事情を話し、検査をした後、おすすめのミルクを紹介してもらった。

 その結果、財布の中身がすっからかんになってしまったが、しょうがあるまい。


 俺たちはファーストフードでテイクアウトをして、子猫と一緒に公園のベンチに座ってお昼だ。

 ミルクを飲んでくれるか不安だったが、ぴちゃぴちゃと音を立てて元気に飲んでくれるのを見たら安心した。


「みゃー!」

「おお、そうか。美味いか。一杯飲んでくれ」


 頭を撫でると手に頭を擦り付けてくる。

 ミルクを飲み終えると、どうやら遊んで欲しいみたいで、俺の太腿に前足を乗っけて来た。

 どうやら人懐っこい子のようだ。

 俺はそこら辺に咲いていた猫じゃらしを一本摘んで、子猫の前で左右に揺すってあげる。

 子猫は両手を上げて立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねながら必死に猫じゃらしを捕まえようとしていた。

 こいつ、ほんと可愛いな。


「ありがとう、景太」

「ん? 何かお礼を言われるようなことした?」


 遥はあっけにとられたような顔をしたが。


「そっか、景太にとっては当然のことなんですね」

「?」

「いいえ、気にしないで下さい。私も猫じゃらしで遊びたいです」


 俺はもう一本猫じゃらしを引っこ抜いて、遥に渡す。

 そして、――子猫の前後から猫じゃらし攻めをして遊び倒した。

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