第9話 イチャラブしまくっています
天音さんと恋人(仮)な関係が始まってから五日が過ぎた。
関係は順調過ぎるくらい良好。今も朝、生徒会室で【パートナーの腕に三十分抱きつきなさい】という恋人同士ならではの細やかな命令をこなしていた。
「これで大丈夫でしょうか?」
「うん……、問題ないと思う……多分」
天音さんがギューッと俺の腕にしがみつき、顔を肩に乗せる。
俺たちはお互いに赤面しながら、生徒会室のソファーに座って甘い時を過ごしていた。
魔法の命令は一日一回。
命令が下される時間はランダムで、時間制限が付く場合もある。
今のところの内容は手つなぎからキスまで多種多様。
昨日【朝、一緒に手を繋いで学校に登校しなさい】という命令が下され、よし青春をぶちかましちゃいますか、なんて想いに駆られたのだが、学園の皆にバレずに二人で手を繋いで登校するのは難易度が高く、朝早く天音さんと駅前で待ち合わせをして手を繋いで学校の裏口から侵入したのだ。
本当に有名人と恋人(仮)になるというのは大変なものだ。
「やっぱり……昨日のことも考えると、一緒にいれるような環境にいた方が良いですよね」
「そうだね。どんな命令が下されるのか分からないからね、夜一緒に寝ろとか命令が来たら、どちらかの家に泊まらないといけないし……」
「……お、お泊り……ですか」
腕を握る手に力が入った気がした。天音さんは俯いたままでその顔の様子を伺い知れないが、少し頬が赤く染まっているように見えた。
三十分経ったのか、パチリと頭の中の命令が消える。
これでこなした命令の数は一昨日のも含めて五つ。
これから沢山命令をこなしていくことになるのだろうが、天音さんに嫌われないようにしなければならない。ブレスケアを始め、身だしなみにもより一層気を遣うようになった。
あと、注意しないといけないのは、天音さんが可愛い過ぎて勘違いをしてしまいそうになることだ。
毎日これだけ距離が近いと、勘違いの一つや二つは普通に出てくる。
天音さんって俺のことが好きなんじゃ?
……とね。
だが、天音さんと俺は恋人(仮)を演じているだけで、俺たちの間にそのような感情は多分ない……のだと思う。
だから、気の迷いでその勘違いを本気にして、告って失敗したら目も当てられない。
告白が失敗しても、恋人(仮)の関係は続くわけだ。
振られた状態で恋人(仮)をやるってどんな生き地獄を味わえば良いのですか?
人生お先真っ暗、詰み状態ですわ。
やべぇ、考えただけでも吐くわ。
「八代君?」
「あ、えっと? 何でしょうか?」
「なんでそんなに他人行儀なんですか?」
「そ、そうかな?」
「はい。八代君はどこか私と距離があるような感じがします。まだ、距離があるのはしょうがないかもしれませんが、私たちは一応――、恋人同士ですからね?」
「う、うん……それは分かっているけど……」
「だったら、もう少し私に心を開いてくれても良いのになぁ……なんて思ってます」
天音さんは命令が終わったというのに、俺の腕にくっついたままだった。
本当に勘違いをしてしまう。数多の男なら余裕で勘違いをしていると思うが、ザザッと中学時代の経験が俺を戒める。
勘違いをしたら、終わりだと。
天音さんに限ってそんなことはないと思いたいけど……。
「あ、そうだ!」
天音さんがピコンと何かを思いついたように言った。
「何?」
「恋人同士って、お互いに名前で呼びますよね?」
「そ、そうだね……」
「みんなの前では無理でも、私たち二人の時だけは名前で呼び合いませんか?」
「……か、構わないよ」
とは言ったものの、女の子を名前呼びしたことがない人間にとって緊張はするものだ。
天音さんも深呼吸をしてから俺の方を向く。
「じゃあ、いきます。……景太」
「は、遥……さん」
「『さん』はいりません!」
「は、はるか……」
「はい、何ですか?」
満面の笑顔を向けられる。
うわぁぁぁっ!
名前を呼んだだけなんですけどぉ⁉
目の前が、世の中が光に包まれていくぅ‼
ここは天国か!
天音さんのことを名前呼びできるなんて……俺は死んでも良いのではないかと思うくらい幸せだよ!
女神エルマ様、夢を与えて頂いて、本当にありがとうございます!
この御恩は一生忘れません!
もう、勘違いしていいですか⁉
その後、俺たちは何度かお互いのことを名前呼びしたのだが、呼び合っている内に恥ずかしくなってしまった。
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