十一錠目 女学生たちは革命を服用する。

 基本的に我が国は階級社会、階層社会である。我等王族がいて、貴族階級が暮らす世界があって、平民がいる。街のひとたちがいて、農村部での生活がある。受け持った役割が違うかと思っているけど、その構造自体に不平を抱くひともいるようで、我等王族はときどきは解消に動かなければならない。譲歩するだとか、いっそのこと暗殺しちまうとか。

 あ、吾は王族だけど、まだ娘なのでそんな血なまぐさいところに関わってはいない。話に聞くだけだ。

 王族と貴族は支配階級なので親密にする必要がある。領地を管轄しているのは実際には貴族たちで、貴族たちは平民の中でも有力者と調整しつつ税金を徴収する。王族は少し大きな視点で国土を管理する立場にある。集めた税金で道路を作ったり、河川を整備したりする。

 武力というのも国家運営には大事な要素だ。王族も貴族も軍隊を持っているが、王族のほうが強大なものを持つ。貴族は王族の要請によって軍隊を供出する必要がある。じゃあ平民はやられっぱなしかというと、彼らは数が多いし、直轄する貴族たちは領民に嫌われれば一大事だからむやみに横暴も出来ない。

 各階層は利害を組み合わせて、上だから幸福下だから不幸ということにはならないようにしているのだ。

 面白いことに、平民に嫌われた貴族は暴動を起こされて失脚することもあるのだが、その貴族の地位に平民が就こうとすることはない。不満があるなら自分たちでやってみたらどうかと思うのだけど、よそから貴族を連れてきて据えたりする。

「吾の思うところ、他人を支配するなんて大変だから、血統だの権威だので保証されてなけりゃとてもじゃないけどやってらんないと思ってんじゃないのかな」

お姫様で女学生の夏希はあたしの前に座って語る。そう言われてもお姫様の気持ちなんか、下層民のあたしには理解しようがない。

「ま、慣習に従っておいたほうが楽というのはあるでしょうね。あとは暴動を起こす相手は自分たちと違うという前提をおいたほうが」

「そうかも知れないわね」

あたしなりに一生懸命考えて意見を述べさせていただいたのだけど、お姫様はそっけない。

 言いたいことや考えごとがたくさんあって、あたしどころじゃないんだろう。

 いや、待てよ、

 ゆったりとした物言いや、全体的にあまり動かない感じ、まあ座って喋っているんだから当然かとも思うけど、それでもどこか絵画のような印象は、王族としての躾とか経験の結果かと思っていた。

 実際には、緊張しているのではないだろうか。そっけない言葉も、余計なことを喋らないように気をつけているからじゃないか。

 同い年の女学生がそんな心持でいるのかと思うと気の毒な気持ちになった。

「お姫様かも知んないけどさ」

あたしは少し姿勢を崩していった。

「はい」

「ここじゃ女学生同士。相手は無力な典だよ」

肖像画の中のお姫様は、ふ、と息をついて生身の人間になる。

「革命って、起こされるものなのかしら」

「え」

「吾のところみたいに古い王政を布いている国は、革命で大変な目に遭うことがあるのよね」

「いや、まあ、どうですかねえ」

あたしはフランス革命、清教徒革命、辛亥革命くらいしか出てこないけど、そんなに頻繁に発生するものなのか。圧政に対抗する手段として用いられるのであれば、王政じゃなくても起こされるんじゃないだろうか。

 そういや技術革命、なんて言葉がある。要するに旧来の制度をひっくり返すような出来事とか発見があれば革命と呼ばれるのだ。洗濯洗剤なんてしょっちゅう革命が起きているような気がする。

「いやあね典。茶化さないでよ」

「失礼。いや、革命ってものをあたしなりに理解しないといけなくて。問診みたいなもんかと」

「ふふん、そういうものなのね」

「革命、お嫌いですか」

「お嫌いよ。王族は殺されたりするんでしょ」

「あたしの知っている歴史上の出来事で言うなら、革命自体の回避は無理でも、身の安全くらいは確保できたんじゃないのかな、という感じですが。大抵は身の振り方を間違っているんじゃないかと」

当事者じゃないからなんとでも言える。革命に熱狂した人間、暴徒を相手に理屈は通じないかも。

「なら吾は、新しいものが嫌いなのね。変化しないで欲しいの」

「それもわかります」

気に入っていた商品が新しくなりましたなんて言われると、楽しみ半分不安半分だ。一番わかり易い変更点が、容量が少なくなった、とかな。

「変化しないといけないのかしらね」

「いけない場合があるんでしょうねえ。あたしたちだって刻々と変化しているものじゃない」

「そうよね」

変化による恩恵はお姫様だって受けているはずだ。都合が良ければ変わってほしいし、そうでないなら現状維持にしてほしい。

 お姫様らしい我儘っぷりではないか。

「ふふ。吾は我儘かも知れないわね。でも吾はこう思うのよ。ゆっくりと起きる変化を革命とは言わないでしょ。少なくとも長い時間をかければどんな王様だって寿命が来るわ。革命で殺されたという話にはならないでしょ」

「ああ、そうですね。ものの見方が素晴らしい」

「えへ」

「革命が起こりそうな場合は、なるべくゆっくりにしてもらいたいものだと」

「そうよ。吾が天寿を全うするまで待って欲しいわ」

「姫様は今、四十キロメートル離れた砦に視察に向かわねばなりません」

「はい。え」

「とある変化が起こる前なので、姫様は歩かなくちゃいけません」

「えっ、この暑い中」

「そこでお抱えの技術者から、姫様自動車というものが本日完成いたしますと報告が」

「あら有能」

「しかもエアコンが付いてます、快適です」

「エンジニアというのはそのひとのことを言うのね」

「お姫様はそれを使わずに済みますか」

「えっ」

「そんな報告の後に、四十キロメートル離れたところまでとぼとぼ歩きますか」

「歩くわけないじゃん」

「自動車ってのはついさっきまでなかったものですよ」

「あら失態」

「揚げ足をとるつもりはないんですが、万民が欲する変化は急激にならざるを得ません。飛行機が生まれて百二十年、二世代程度で宇宙旅行ですよ」

「技術的な変化と政治的な変化は別にしてくれないかしら。王族からの勅令ということで。なんならお願いでもいいわ」

「政治的な変化というのはもっと切実な場合があります。飢饉が起こって、体制側に不手際があった場合、いや、どれだけ体制が手を尽くそうと気候の変化はどうしようもありません。腹が減っては戦は出来ぬと言いますが、飢餓が争いになるのは普通です。あたしらがこの有り様なのに王族の奴らはいいもん喰ってやがるとなれば」

「脅かさないでよ、もう」

お姫様はそこに怯えているのだった。若干言い過ぎてしまったようだ。でも変化のない世界はない。革命も変化の一種と捉えるのなら、怯えている場合ではなかろう。

「ここはもう腹を括りましょう。革命は起きます。ギロチンが上っては落ち上っては落ち」

「典、あなたが革命を企てる急進派の先鋒に思えてきたわ。いまのうちに芽を摘んでしまおうかしら」

「お許しください姫様卑しいあたしは姫様を敬愛するあまり」

「なら許すわ」

生まれがいいひとは切り替えも早い。これでなんで革命に怯える必要があるのだろうか。

「もしかして、王族って忙しいんですか」

「そうね。毎日違うところに行って、違うひとに会うわね。それを忙しいというのなら」

「お姫様でも」

「あら、王族は生まれたときから王族なのよ。生まれたときから責務があるわ。それが民のためにいいか悪いかは別として」

「ああ、ああ、ああ」

「どうしたのよ典、泣いてるの」

王族だからといって変化がない環境にいるわけじゃない。むしろ変化に晒されているんじゃないか。

 変化が怖いんじゃなくて、変化に対処し続けている中で、更に大きな変化が生じることが苦痛なのだ。あたしが考える変化と、夏希が対処し続けている変化の間には、同じ言葉では伝えきれないものを含んでいたのだ。

 すでにこのお姫様はとんでもない苦労をしているのだ。しかもその状態が生まれ落ちてからの日常だ。涙が出る。

「大変でしょう、毎日」

「そうね。革命を起こされるくらいなら全国民を粛清したいと思う程度には。誰もいなくなれば、変化も起きないでしょ」

「そいつはだいぶん深刻な状態で申し分ない」

「なによそれ」

「処方させて頂きましょう。月を眺める時間はありますか」

「なんだか優雅ねえ。あんまり長い時間は無理だけど」

「なるべく毎日、短時間でもいいので月を眺めるようにしてください」

「月ねえ」

「お嫌いで」

「好きとか嫌いとかあるのお月さまに。でもわかったわ。言う通りにしてみる」

「あんまり気張らず。ちらっとみえればよござんす」

「心得ました」

 思えば月も、変化し続けるものである。しかもなんだか劇的だ。無くなったものがまた出現して身を削って消えてしまう。

 ま、周期的な変化を繰り返しているだけではあるものの、気にして眺めてみれば、数多の物語に象徴として採用されるのがわかる気がする。

 対して生命の同伴者とも思える太陽は、その存在のおかげで月の変化が生じているとはいえ、無表情に照りつけるだけだ。暖かい光を有り難く思うことは多いのだけれど。

 月は太陽の素顔なのかも知れない。日が落ちて、暗がりにでもならなければ素顔を取り戻すことは出来ない。でも、夜空には他にも沢山の星がいる。素顔が彼らには丸見えなのかと思うと、なんとなく身につまされておかしい。

 おや。

 月光に照らされて、吾の影が落ちている。知れずにたわむれを呟いてしまう。

 もしかしたらお前は吾の素顔かな。

 吾に素顔などあっただろうか。化粧を落とした状態というのは、ただ化粧をしていない状態であって、取り繕いがなかったわけではない。そんなもの意識している時間はなかったのだ。外も内もない。陰も陽もない。吾はいついかなる場合も王族の夏季だったのだ。

 そんな事を考えていたら、落ちている影と吾の差異が曖昧になった。試しに、すいと物陰に入って月光から逃れてみると、吾は影になっていた。

 忙しいというのに、おかしな能力を手に入れてしまった。どうすれば活用できるのか、研究して考えなければならない。

 ほどなく革命が起きてしまった。吾がみるところでは、王には失策があったが、話し合いでどうにかなる部分はあろうかというところ。旧体制派は根絶やしにすべしという旗印の革命派が国民を先導しているのだから、血みどろの有り様になってしまうのは致し方ない。

 吾は実体を消して影として行動できる能力を使って、王宮になだれ込んだ暴徒たちを撹乱して、身近な王族の、親と姉くらいのものだが、逃亡の時間を稼いだ。明るくわかりやすい正義を掲げて安直な手段を講じるだけの暴徒に、吾の姿と行動が露見するわけはなかった。ま、それでも混乱した状況だから連絡が滞って肝を冷やしたりもしたのだけど。

 我等は間一髪で王が生まれた隣国に逃げ延びることが出来た。ひとまずは落ち着けるだろうけど、だからといって変化はどこでも起きる。でも、吾の能力があればなんとかなりそうな気がした。

 とは言え。

 対処法が出来たならば対処しなければならなくなったのだ。総じて、吾のすることは増えちゃった。

 これは典の不備に違いない。と言って詰るのも筋が悪い。ちゅ、としてもらって許そうかと思う。

 

 

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