第十一話(1,926文字)

日が暮れる頃だというのに、どこにも夕日のオレンジは見えない、グレーの曇り空の街。


仕事終わりの二人は地下駐車場を離れ、横並びになって歩いていた。

「本当に射撃場なんてあるんですか?普通の街っぽいですけど」

そう、ナオへ不思議そうに言ったアカネは、その羽織っている黒いコートの袖を、隣に歩いているナオにつままれ、そして耳元でナオにささやかれるように

「秘密の場所にあるの。あんまりおっきい声で言うとだめだよ?」

と言われた。

そのナオの穏やかな声に、アカネは耳がこそばゆくなるような感覚になりながらも、ナオの言った『秘密の場所』というのが気になり、小さい声で「それって、どこなんですか」とナオへ聞いた。

ナオはそれに「行けばわかるよ、もうすぐ着くし。」と返し、口元に人差し指を立てた。


少し歩くと、ナオはある音楽スタジオの前に立ち止まり、その入り口のドアを開け、アカネに手招きした。

「楽器なんて自分、やったことないんですけど」

と不安そうに言うアカネにナオは「大丈夫、私もけないし」と言うと、その音楽スタジオの受付へと入り口から入り、アカネもそれに渋々しぶしぶ続いた。


「こんにちは」とナオが受付の人に挨拶すると、アカネもその後ろから挨拶した。

「予約しました香里こうりです。」

、でご予約の香里こうりさんですね。こちらへどうぞ」

二人はエレベーターに案内され、中に入ると受付の人もそこへ乗り込んだ。

地下スタジオ、だと言っていたが、このエレベーターのボタンに地下へ行けそうなボタンはどこにも見当たらないので、アカネは不思議そうな顔をする。

すると受付の人がポケットから何かリモコンを取り出し、そのボタンを押すと、エレベーターのドアは無言で閉まり出した。


程なくしてドアが開くと、木の床の、それほど広くない部屋に出た。

「すぐに担当が行くので、ここで少々お待ちになってください。」

と受付の人が言うと、ナオに「ありがとうございました」と会釈されながら、エレベーターで上へ戻って行った。

ここは何かの待合室のようで、革張りのソファが二つ、向き合って置かれており、それらの間には低い木のテーブルが置かれている。


ナオがそのソファに座ると、アカネは不思議そうな顔をしながらも、そのとなりに座った。


「あの、もしかして、射撃場ってこの先なんですか?」

とアカネは小さい声でナオへ聞きながら、この部屋の奥にある一つのドアを指差した。

ナオは

「そうなの。ここは防音すごいから、小さい声じゃなくっても、もう大丈夫だよ」

と微笑んで言った。

すると、アカネがさっき指差していたドアが開き、そこから一人の男が出てきて、座っている二人へ「準備できましたので、どうぞ」とにこやかに言い、二人にイヤーマフとゴーグルを渡した。


ドアの向こうにはなんと、実銃のシューティングレンジ射撃練習場が広がっていた。

コンクリート造りなのか、グレーの壁に床で、驚くほどの奥行きが広がっており、その奥には射撃の的がられて置いてあった。

そこにはナオとアカネ以外にも客が二人と店員がおり、客の二人はそれぞれここの隅で的へ拳銃を撃っていて、イヤーマフをしていても銃声が少しうるさい。

「あるんですね、日本にこんなとこが」

と驚いて言うアカネへ、ナオは

「あっちゃだめだけどね。」

と返すとリボルバーを抜いて手に握り、射撃位置に立つと、着ているスーツのジャケットの内ポケットから取り出した弾を、弾倉へ込め出した。

「そうだ、試しにこれ撃ってみる?」

とナオが首を少しかしげてアカネへ聞くと、自分のリボルバーを指差した。


ナオのリボルバーを握ったアカネの手に、ずっしりとした重みが乗る。

アカネのいつも使っている拳銃は、一部がプラスチック素材で作られているので軽いが、ナオのはそうでなく、アカネの手にいつもよりも重いので、狙いをつけ辛く感じる。

するとそのアカネの後ろからナオが手を伸ばし、構え方をアカネへ教える。


その、アカネの腕に触れるナオの手と腕が思っているよりも細くて、アカネは驚いた。


抱きしめられた時は気づけなかったが、さっきのホテルであんなに人を殺していた手は、こんなにも細く、もろく、壊れそうに思えるものだとは、アカネは思っていなかった。


正しい構えになったアカネは、ナオのリボルバーの撃鉄げきてつを起こし、その少し重い引き金を引いた。

イヤーマフ越しに銃声がぜ、光った。

と同時にアカネの腕をいつもよりも強い反動が走り、思わず構えが少し乱れる。


ナオが「いつもより強いでしょ?」と、アカネへ笑って言った。

その、無邪気なナオの笑顔の可愛かわいさと、その背の低さ、身体の細さに、優しいその目に浮かんでいるくま

アカネは、その手に握っているナオのリボルバーを、そのずっしりとした銀色の重みを確かめるように握り直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る