第30話 ◾️◾️

あれから僕は、藤崎さんを筆頭に

皆んなに散々叱られた。


でもそれは 僕がやらかした 訳では

なくて、不可抗力的な 何か が

引き起こした 超常現象 だと声高に

主張してみたけれど、誰も同意しては

くれなかった。

 それでも僕は、何となく嬉しかった。


『護摩御堂屋敷』に連れ込まれていた

経緯は全く僕の記憶にはない。後で

畠山さんから聞いた話から推測すると

きっと僕は金庫の中で、あの不気味な

葬儀への誘いに 応じて しまったと

いう事になる。全然そんな積もりは

なかったんだけど。


きっと三浦さんもそうだったのだろう。

でも 何か が少しだけ違ったのだ。



それにしても、あの時。薄暗く陰気な

部屋の襖が僕の目の前で すばん と

イイ音をさせて開いて。

 そこに立つ藤崎さんの 姿 は本当に

格好良かった。山桜だろう白い花弁の

舞い散る中を、彼が酷く怪訝そうな顔で

仁王立ちしてる様は恐ろしい程『繪』に

なっていた。




そして僕らは今、【法照寺】にいた。



麻川住職の尽力もあっての生還だから

御礼を兼ねての表敬訪問だが、これ又

絶対に『怪談会』になるのは目に

見えていた。


「いやホントに!御住職のお陰でコイツ

無事に生還出来ましたよ。何て御礼を

申し上げて良いやら。」藤崎さんは

案の定、上機嫌だ。

「いやいや、藤崎さんの後輩を想う

熱意が神仏に通じたのでしょう。あれは

『護櫻』の花弁でしたな。まさか

本当に顕現されるとは…。」

「護櫻?」明らかにワクワクしている

藤崎さんが、ずい、と身を乗り出す。


【法照寺】の本堂は相変わらず薄暗く

其処彼処に何か得体の知れないモノが

隠れていそうだけれど、あの屋敷の

黯い闇 からしたら格段に余裕だ。


「それ、店を喰ってる『化け櫻』の

事ですか?」…そういう事、言うかな。

藤崎さんは、常日頃から店の横に

生えている御神木【護櫻】を不謹慎な

渾名で呼んでいるけれど。

「左様です。あの、物凄い櫻の樹は

『護摩御堂家』があそこに居を構えて

いた時からある古木でしてな。

幾度かの戦火にも唯一耐えて残った

霊験灼かな櫻です。」


「…ちょっと待って下さい。」僕は

ここにきて何だか混乱して来た。

「僕を葬儀に連れ出したの、って。

一体、何者なんですか?

 そもそも『護摩御堂』というのは

このお寺に封じられてる魔物が山から

町に降りて来ないようにする役割が

あって、【櫻岾支店】のある場所は

元々の彼らの住まいなんですよね?」

「ええ、そうですとも。」麻川住職、

何が問題なのかという顔だ。

「別に、店で盛大にやって貰っても

いいんですがね、葬儀。業後なら。」

藤崎さんが又余計な口を挿む。

この人は絶対に確信犯だ。わかってて

やっている。


「岸田さんを連れ出したのは、多分

護摩御堂桐枝さまの亡魂でしょう。

雪江さまの御母堂に当たる方です。」

「あの、遣手婆ァですか?」

藤崎さん…言い方。もし祟られても

これは彼の完全 自業自得 だ。

「あの方は、事業家でしたから特に

銀行には拘泥が深いのでしょう。

確か、お若い頃に護摩御堂家を継がれ

ご苦労なさったと聞いておりますよ。

 母親が亡くなり 後継 として呼び

戻された様ですな。父親も銀行家で

元は神戸の財閥系だったとか。

きっと想いが強すぎたのでしょうな。」

「…なる程。」藤崎さんが頷く。


「もし…あのまま依頼を聞いてたら。」

僕はどうなっていたんだろう。只々

怖かったから、完全拒否の態だった。

結果、それが良い方へと転がって

くれたのかも知れないけれど。


「いや良かったよな、お前。臆病かつ

薄情でよ。下手に三浦サンみたいに

同情なんかしてみろ、自分でも何だか

分からねぇうちに化け物共に脅されて

逃げ回る羽目になってた。」「えっ?」

「何でも、相当に神経ヤられてたって

聞くぞ?三浦サン。小田桐支店長、存外

重く責任感じてた様だけどな。」


確かに、三浦さんが突然、姿を消して

《仕事量の偏りによる労災》がどうの

とか。本部から何人か事情を聞きに

来てたけど。でも、化け物共って…何?


「だけどまぁ、今後は個人コンサルで

やってくみたいだから、まぁ出世と

言えばそうなのかもな。」

「そう…なんですか。」この瞬間、

漸く心底ホッとした。三浦さんの事は

僕もずっと気に掛かっていたから。


「それはそうと!今日の『怪談会』は

俺が目下一番気に掛かっている例の

その名を口に出来ない『魔物』の話。

聞かせて下さるんですよね?この寺の

古い井戸に封印されているっていう、

その化け物の正体について。」


藤崎さんは、やけに煌々した目でそう

言うと、本堂の薄暗がりの方へと。



その凛々しい視線を遣ったのだった。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る