嘘つきの箱庭

楸 茉夕

プロローグ

 プロローグ


「たーいーくーつー」

 ぼやきながら麻子あさこは畳に転がった。

 毎年お盆は、県境の山奥にある本家に親戚一同が集まるのが習わしになっている。夜になると大人たちは酒盛りに興じ、子供―――つまり飲酒の許されない年齢の子らは、子供は早く寝るものだと早々に座敷を追い出されるのも恒例だ。

「ねーねー、暇だよー」

 本を読んでいる従姉の由美ゆみと、ゲームをしている郁美いくみ姉妹のもとにごろごろと転がって行くと、由美は眉をひそめて眼鏡を押し上げた。

「スマホがあるでしょ」

「すんごい重いんだって。この家Wi-Fiもないし。集落ごと鉄筋コンクリートに囲まれてんの?」

「そんなわけないでしょ、田舎なんてこんなものよ」

「ひーまー」

 麻子は声を上げながらごろごろと畳を転がり、部屋の隅に積んである古新聞の束にぶつかって止まった。

「……およ」

 束ねられているのはこの地域の地方紙で、一番上に重ねられている新聞に大きめの見出しで「裏見川ファンタジーパーク取り壊し決定」と出ていた。

裏見川うらみがわファンタジーパーク、ついに取り壊されるんだ? 三十年くらいほったらかしだったのに」

 裏見川ファンタジーパークは、バブル期に開園した遊園地である。童話や昔話をモチーフにしたテーマパークで、昔はそこそこ繁盛していたらしいが、資金難から閉園になった。

 表向きの原因は客足が減ったことだが、それだけではなく、妙な噂話も一因だとまことしやかに囁かれている。曰く、ミラーハウスで子供が消える。曰く、メリーゴーラウンドが人もいないのに勝手に回る。曰く、ドリームキャッスルには拷問部屋がある―――などなど、都市伝説のようなものだ。

 退屈凌ぎを思いつき、麻子はぴょこんと起き上がった。

「ねえ、今から三人で裏見川ファンタジーパーク行かない?」

『は?』

 由美と郁美は同時に声を上げた。麻子は続ける。

「もう取り壊されちゃうんでしょ? 廃園になった遊園地なんて面白そうじゃない。車は由美ねえが出してくれればいいし」

 由美は本を閉じ、大袈裟にため息をつく。

「いやよ、面倒臭い」

「えー。あたしたちの中で免許持ってるの由美姉だけじゃん。行ーこーうーよー」

「三十年ほったらかしの廃墟に面白いことなんてないわよ」

 由美のいやにめた物言いが癇に障り、麻子は両手を握り締めて宣言した。

「行くったら行く! 絶対行く! 一人でも行くー!」

『…………』

 由美と郁美は顔を見合わせて、ため息をついた。

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