第31話 交錯
「ネメシア長官。ハルジオン邸の警備は手配済みですか?」
「それは抜かりなく。屋敷の周辺に実働部隊を配置しているので、怪しいヤツは近づくことすらできません。ただ……」
ネメシアが何やら言いよどみ、ステラが地図から顔をあげた。
「何か、ありましたか?」
「は……。ハルジオン司令官から、警備など必要ないとお叱りを……」
「ああ……。誇り高き禁軍のトップですからね。守ってもらっているようで気に障るのでしょう」
「はい。ただ、これに関しては何とか押し通しましたが。納得はしていませんでしたけどね」
ネメシアが苦笑いを浮かべる。
「困ったお方だ。自分の立場をもう少し理解してくれないと」
「ですな」
ステラがこめかみを揉みながらため息をついた。
「『緋色の旅団』がハルジオン様を狙うとすれば、まず間違いなく屋敷に在宅しているときでしょう。禁軍の拠点はバジリスタ城の広大な敷地内にあり、身元がたしかな者しか近づけませんし」
「そう、ですな。司令官の屋敷と拠点は地下通路で直通ですし、行き帰りで狙われる心配もないと思います」
「だとすると、平日の夜間、もしくはハルジオン様の公休日に狙ってくるでしょうね。長官、『緋色の旅団』がハルジオン邸を襲撃するとすれば、どのような手口を使うと思われますか?」
ネメシアが「むう」と唸りながら、丸太のように太い腕を組んだ。眉間には深いシワも刻まれている。
「これまでの手口から考えると……おそらくは爆破、もしくは魔法による襲撃でしょう。『緋色の旅団』には兵器の製造に長けたドワーフから、魔法に通じたエルフまでそろっています。」
「そう言えば、シャーデー家の娘も一味でしたね」
ネメシアが顔をしかめる。幼いころから魔法と戦闘の英才教育を受け、数々の武闘大会で上位入賞を果たしてきたかつてのクラスメイトの姿が頭をよぎった。
「ええ……。ダリアとジュリアは、首領のアシュリーと親友でしたから」
「……名門シャーデー家が亡命したかと思えば、娘がそろってテロリストになっているとは……もしかすると、シャーデー家から活動の資金援助を受けている可能性もありますね」
やれやれ、といった様子でステラが首を左右に振る。
「シャーデー家の娘は優れた魔法の使い手だと聞いています。ただ、ハルジオン邸に魔法を撃ち込むにしても、ある程度近づく必要がある」
「そう、ですね。あのあたりは街中にしては開けていますが、実働部隊を一定間隔で二重、三重に配置すれば近寄ることはできないでしょう」
「ただ、万が一、ということもあります」
「それは、たしかに」
「あの一帯に
魔法禁域――
指定した範囲においてあらゆる魔法の発動を禁ずる高位魔法。使いこなせるのは、至高の種族と言われるハイエルフだけとのこと。
「天帝陛下にお願いする、というのは……?」
「そんな恐れ多いこと、言えると思いますか? それに、我々の無能ぶりをさらけ出すようなものです」
「まあ、それは……」
テロリストなど犯罪者の捕縛および要人の警護は治安維持機関の仕事だ。自分たちで対処できないからといって、天帝陛下に泣きつくようなマネはできない。
「ただ、魔法での襲撃には備える必要があります。長官、治安維持機関のなかから、魔法に長けた者を選抜してください。交代でハルジオン邸に
「なるほど、わかりました」
「担当者の負担は大きいかもしれませんが、仕方がありません。魔鉱石でもあれば、自動的かつ継続的に魔法障壁を展開できる魔道具でも作れるのでしょうが……」
ステラの口から漏れた「魔鉱石」という言葉に、ネメシアはハッとした。
「そうだ……忘れていた。ステラ殿、『緋色の旅団』は魔鉱石を保持している可能性があります」
「な……! ど、どういうことですか?」
ネメシアはローテーブルの上に広げられた地図に目を向けると、一箇所を指さした。ハルジオン邸から二百メートルほど離れた場所。
「以前、奴らはここを爆破しました。バジリスタ中央博物館です」
「もちろん、覚えています。あれは、爆薬を使った爆破だったのでは?」
「私もそう思いました。ただ、その……サフィニアが言うには、爆破の規模を見るに魔鉱石が使われた可能性がある、と」
一瞬、驚愕に顔を歪めたステラだったが、すぐにいつもの表情に戻り、顎に手をやって思案し始めた。
「なるほど……たしかにその可能性は否めませんね。ただ、それは現実的ではない、とも思えます」
「そ、そうでしょうか……?」
「そもそも、魔鉱石は非常に希少な鉱石です。さまざまな魔道具作りに活用される高価な素材であり、テロリストがそう簡単に入手できる代物ではありません」
「し、しかし、長老衆のもとへ送られてきた、真実を写しとるという魔道具。アレにも魔鉱石が使われていたようですが……」
「アレは私も見ましたが、使われている魔鉱石はほんのわずかです。魔鉱石の力も使っていますが、それ以上に仕組みを考え出した者と、それを作りあげた技術者が素晴らしいのだと思います」
「そ、そうですか……」
「ええ。長官はもうご存じかもしれませんが、アシュリー・クライスの故郷であるリエッティ村で魔鉱石の鉱脈が見つかりました。しかし、それもすでに採掘しつくされています。あそこから魔鉱石が採れることももうありません」
ネメシアの胸がズキンと痛んだ。アシュリーがテロリストへと堕ちることになった元凶。怒りと哀しみを携えた表情でその出来事を語ったときの、彼女の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
「たしかに、魔鉱石を爆発物に使えば恐ろしい威力を出せるでしょう。ただ、それには相当な質量の魔鉱石が必要になる。とても、テロリストごときが入手できるはずはありません」
「は……」
「それに、首都への入り口となる二つの門。そこの門番たちには、すでにアシュリー・クライスとシャーデー家の娘の精巧な似顔絵が手配書としてまわっています。もしかすると、アストランティアに入ることすらできないかもしれませんよ」
バジリスタの首都アストランティアは城塞都市だ。街は壁に囲まれており、出入口となる門は南北に二つ。門を通る際に入念な検査や審査が行われるわけではないが、手配書がまわっているのなら門番も慎重になるはずだ。
「屋敷へ近づかなければ爆破はできない、仮に魔法を撃ち込まれたとしても魔法障壁で防御できる。とりあえず、備えとしては万全です」
自信に満ちたステラの声。形のいい唇が三日月のようにしなった。ただ、それでもネメシアは一抹の不安を抱かずにいられなかった。
――求めていた情報は、比較的早く飛びこんできた。
「ステラ?」
眉をひそめたアシュリーのそばで、『緋色の旅団』幹部、青年オーガのザクロが静かに頷いた。
「はい。首都で聞き込みをしていた団員からの情報です」
「何者なの?」
「それが、もともと天帝の側近だったとか」
アシュリーはそっと目を閉じ、頭のなかにある記憶の引き出しを片っ端から開いた。
ステラ……ステラ……ステラ……。やっぱり聞いたことがない。長老衆や治安維持機関など、計画の邪魔になりそうな者の情報は片っ端から記憶したはずだ。
「天帝の側近……国の要職には就いていなかったのかしら?」
「おそらくそうでしょうね。多分、天帝の身のまわりの世話などをしていたのではないかな、と。ただ、頭は相当切れるみたいですよ」
「そうなの?」
「ええ。老齢の団員が「あのステラで間違いなければ」学生時代は天才と呼ばれていたと」
アシュリーの瞳が怪しく輝く。
「ってことは、おじいちゃんエルフなのかな?」
ソファの上であぐらをかいたままのダリアが言う。
「さあ、年齢までは……そもそも、エルフって見た目じゃ年齢わかりませんしね」
「それもそうか」
「それで団長。今後はどうします?」
ザクロがアシュリーに視線を向ける。
「……新たな脅威が現れようと、計画に変更はないわ。それに、私より頭がいいエルフがいるとも思えないし」
苦笑いを浮かべるダリアとジュリアを尻目に、アシュリーはローテーブル上の地図へ目を落とす。
「報告によれば、ハルジオンが屋敷を引き払う気配はないみたいよ。その代わり、警備がかなり厳重になっているわ」
「まあ、そうだろうね。いきなり物々しい雰囲気になって、近隣の住民はびっくりしただろうなー」
「そうね。まさか、禁軍のトップがそんなところに住んでいたとも知らなかったでしょうしね」
くっくっ、と笑うダリアにアシュリーが言う。
「向こうは、こちらがどのような手口で襲撃してくると考えているのでしょうか?」
「おそらく、魔法を撃ち込んでくると考えているはず。こっちにはダリアとジュリアがいるし。爆破の可能性も視野に入れていたとは思うけど、多分誰も近づけないようにしているでしょうね」
ガーベラが「なるほど」と頷く。
「魔法への備えもしているはずよ。考えられるのは、魔法巧者による魔法障壁の展開」
「たしかに、私らの魔法でも魔法障壁を一撃で壊すのは難しいなー」
「うん。初撃さえ防げたら、その隙にハルジオンを避難させられるしね」
ダリアとジュリアが「うんうん」と同時に首を縦に振る。
「だから、私はここからアイツを狙う」
アシュリーが地図の一点を指さす。
「そのための手筈はザクロ、あなたに任せるわ」
「はい。必ず成功させます」
力強い返事をするザクロに、アシュリーが満足げに微笑む。
「しばらく、ハルジオン邸の周辺は警備が厳重になるでしょう。でも、テロリストの捜索にはそこまで注力しないと思うわ」
「どうして?」
「私やダリア、ジュリアの似顔絵が首都入り口の衛兵詰め所へまわっているわ。怪しい身なりの者は街へ入れるなとの命令も出ているだろうしね」
「あー、そっか。向こうは、私らが首都へ入れないと思ってんのか」
「そういうこと」
ポンと手を打つダリアに、アシュリーがニヤリと笑みをこぼす。
「それに……」
アシュリーが立ちあがり、壁際へ歩いていく。その様子を全員が目で追った。
「……その気になれば、あそこ一帯を吹っ飛ばせるくらいのこと、できるんだけどね」
壁際に置かれていた、一メートル四方の箱。その上蓋を開けたアシュリーがなかを覗き込んだ。
「まさか、私たちが
冷たい色を宿した瞳を向けた先。大きな箱のなかには、禍々しく黒光りする大量の魔鉱石が詰め込まれていた。
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