第28話 二人の天才
「おもてをあげなさい」
静寂を切り裂くように、天帝サイネリア・ルル・バジリスタの凛とした声が響く。先ほどから床に
天帝からの使者が
「久しぶりね、ネメシア長官」
「は……天帝陛下におかれましては、大変ご機嫌――」
「余計な挨拶はいいわ」
バッサリとネメシアの言葉を遮ったサイネリアは、玉座に座ったままスラリとした足を組みかえた。美しすぎる顔立ちに透き通るような白い肌。ネメシアの喉が意図せずゴクリと鳴った。
「ネメシア長官。先日のことは長老衆から聞いているわ。まさか、治安維持機関の副長官がテロリストと内通していたとはね」
「は……! た、大変申し訳ございません……! 私の、監督不行き届きです」
「まあ、済んだことはもういいわ。それより、その副長官は相当に優秀だったと聞いたんだけど?」
「は、はい。学生時代から頭がいいヤツでしたから」
「そう。テロリストたちの活動はますます活発化しているみたいだけど、優秀なブレーンがいなくなって、大丈夫なの?」
サイネリアにジロリと睨まれ、ネメシアの全身からイヤな汗が噴き出た。
「は……そこは、何とか……」
「何ともならないでしょ。だから、私のそばにいる優秀な者を治安維持機関へ派遣してあげるわ」
「な、何と……それは、大変ありがたいことなのですが……その、いったい誰を……?」
思いがけない言葉に、ネメシアが目を大きく見開く。と、そこへ――
「私だ、ネメシア長官」
玉座のすぐそばに控えていたエルフがネメシアへ声をかける。天帝サイネリアの側近、ステラだ。
「お、おお……ステラ殿が……?」
「ネメシア長官。ステラはとても優秀なエルフよ。彼と協力すれば、小賢しいテロリストどもも短期間で捕まえられるに決まっているわ」
まるで、自分の宝物を自慢するかのような口ぶりでサイネリアが言う。
「話は聞いているわ。『緋色の旅団』の首領はエルフの小娘なんですってね。しかも、かなり頭がいいとか」
ネメシアの心臓がドクンと大きく跳ね、アシュリーの顔が脳裏に浮かぶ。
「……はい。おそらく、この国でもっとも優秀な頭脳の持ち主かと」
「ふうん。あなたが作成した報告書も読ませてもらったわ。何でも、その小娘は長官と学園時代のクラスメイトなんですってね」
「……! はい。彼女は……その当時から天才ともてはやされていました」
「へえ~……そうなんだ」
ネメシアの心臓がますます暴れ始める。謁見の機会があれば、どうしても聞いてみたかった。「あなたは、本当にアシュリーの故郷であるリエッティ村を滅ぼしたのですか」と。喉もとまで言葉が出かかっていたが、ネメシアは何とかそれを呑み込んだ。
「でも、頭のよさなら彼も負けてないわよ。だって、彼も学園時代に天才って呼ばれてたくらいだから」
「え……!?」
ネメシアが弾けるようにステラを見やる。うっすらと笑みを浮かべたその顔は、自信に満ちあふれているように見えた。
――拠点のリビングに集まった『緋色の旅団』幹部たちは、テーブルの上に広げられた一枚の地図に目を落としていた。
「そろそろ、首都のなかにも別の拠点を設ける必要があるわね」
「そうですね。今は割りと自由に首都へ出入りできていますが、いつできなくなるかわかりませんから」
ぼそりと口にしたアシュリーに、ストックが言う。
「じゃあ、ガーベラ。首都で暮らしている団員と協力して、新たな拠点づくりを進めてくれる?」
「はい。わかりました」
基本的に、拠点で暮らしているのはアシュリーや幹部だけである。ほかの団員は、首都や町、村に溶け込んで普通の生活を送っている。
「並行して、標的の住居探しも進めるわ」
「誰を狙うの? 長老衆?」
「いいえ……禁軍の司令官、ハルジオンよ」
全員がハッと息を呑む。王城や天帝の守護を主任務とする精鋭軍。それが禁軍である。そして、アシュリーの故郷であるリエッティ村を襲撃した軍。
「禁軍の司令官ともなると、安全上の理由でどこに住んでいるのか公表されていないわ。だから、こっちで探すしかない」
「どうする?」
ダリアがアシュリーをちらりと見やる。
「行政庁の庁舎になら、首都に住まうあらゆる住人の情報が集約されているわ。きっとハルジオンの居住地情報も管理されているはず」
「行政庁に協力者は?」
ガーベラがストックに目を向けた。
「一名、いる。受付の担当者だ。ただ、受付担当じゃあどこに何の情報があるのかわかっていないだろうな。団長、自分が何名か手勢を連れて夜中に忍び込みましょうか」
「そう……ね。それが早いかも。じゃあ、それはストックにお願いするわ。大丈夫だと思うけど、一応油断はしないようにね」
ストックがコクリと頷く。
「住居がわかり次第、爆破しますか?」
「いえ……」
ガーベラの問いに、アシュリーはスッと目を伏せた。
「そんなに……簡単には殺さないわ」
底冷えするような声がアシュリーの口から洩れ、ガーベラたちは思わず身ぶるいせざるを得なかった。
――その日の深夜。
月あかりのなか、首都の路地裏を複数の人影が移動していた。『緋色の旅団』幹部であるストックと、団員のリンドウ、ハラル、メイビアの四名である。リンドウとハラルはストックと同様ドワーフ、メイビアはただ一人のエルフだ。
行政庁の庁舎までやってきた四名は、お互いに顔を見あわせると素早く裏手にまわった。通常、庁舎は厳重に戸締りされているが、あらかじめ協力者が一箇所の入り口を開けてくれている。音もなく庁舎への侵入に成功した四名は、真っ暗な廊下を壁伝いに歩いていく。
「おい、できるだけランプは使うなよ。外から見られたら面倒だ」
ストックが小声で指示を出すと、団員たちは黙ったまま頷いた。忍び足のまま廊下を進み、住人の情報を管理している部屋へと入りこむ。協力者から、目的の情報があるとすればおそらくこの部屋だろうと聞いていた。
広々とした室内はまるで図書室のようにいくつもの本棚が林立し、さまざまな書籍や資料が収納されている。この膨大な本と資料のなかから、目的の情報を探すのは相当骨が折れるだろうと誰もが感じた。
「ハルジオンは禁軍の司令官だ。要職に就いている者の個人的な情報を、一般の住人と一緒に管理するのは考えにくい。となると……」
室内を歩きまわりながらストックが小声でブツブツと呟く。と、そのとき。
「む……!」
壁際に設置されている本棚の一つがストックの目に入る。ほかの本棚に比べて豪奢な作りをしており、ガラスの扉もついていた。
おそらくこれだ、と感じたストックがガラス扉を開く。棚には、書類を収めているであろう大きめの封筒がいくつも収納されていた。それらをストックが片っ端から手にとり目を通していく。
「おお、これは長老衆の……こっちは大臣たちのか……」
そして、ついに――
「っ! あった……! これだ!」
封筒の表には「ハルジオン・アーク」と書かれている。間違いない。ストックは急いで封筒を開きなかを覗き込んだ。が――
「バ……バカな……! 何も入っていない……?」
そう、封筒のなかは空っぽだった。封筒を手にしたまま呆然とするストック。と、そこへ――
「探しているものは、コレか?」
突然、室内のランプが点灯し、野太い声が響いた。ストックたちが弾けるように声のしたほうを振り返る。視線を向ける先には、何枚かの書類を手にした屈強なドワーフが仁王立ちしていた。
「な、何者だお前……!」
「俺は治安維持機関のネメシアだ。貴様らはテロリストだな?」
まさかの言葉に、驚愕し言葉を失うストックたち。誰もが「なぜここに治安維持機関の長官が?」と大きな疑問を抱いた。混乱しているストックたちに、ネメシアは仁王立ちしたまま鋭い視線を投げつけた。
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