第12話 相思相愛

静寂が支配する空間に、カリカリとペンを走らせる音だけが響く。こんなに静かな部屋のなかで、お腹でも鳴った日には最悪ね。そんなことを考えつつ、アシュリーは向かいの席でペンを走らせるダリアとジュリアに視線を向けた。


「よしっ、できた!」


「私も!」


二人同時にペンを走らせる手を止めたかと思うと、数枚の紙をアシュリーへ差し出した。苦笑いしながら受け取ったアシュリーが、素早く紙に目を通してゆく。


「「ど、どうかな……?」」


上目遣いでおずおずと口を開いた双子のエルフを、アシュリーは「ちょっと待って」と手で制す。そして数分後──


「うん、いいと思う。補習の成果が出てるね」


にこっと微笑んだアシュリーが、紙を二人に返す。


「ほ、ほんとに!?」


「やった!!」


ここはバジリスタ学園の図書室。すでにすべての授業を終えているが、卒業試験に自信がないというダリア、ジュリアの二人にアシュリーが善意で指導してあげていたのだ。先ほどまで二人がカリカリと記入していたのは、アシュリー手製の模擬試験用紙である。


「これならきっと、卒業試験も大丈夫なんじゃないかな」


アシュリーの言葉に、ダリアとジュリアが「よかったね~」と抱き合う。似た者同士かつ仲良しな双子である。と、室内にノックの音が響き、引き戸が開かれた。


「アシュリー様!」


「あら、デージー。もうそんな時間?」


アシュリーが窓の外を見やる。魔鉱石を用いた魔導照明器具ランプによって室内は明るいが、外はすでに日が落ちかけていた。


「はいなのです」


学園へ視察に訪れた天帝、サイネリアがテロリストに襲撃されてからすでに六ヶ月が経っていた。


あの日以来、毎日のように学園へアシュリーを迎えに来ていたデージーは、すっかりほかの生徒や教師のあいだでも話題になっていた。とんでもなく素材がいい美少女なので当然である。


日に日に、デージーへ話しかける生徒や教師が多くなり、今では授業が終わったあとであれば学舎のなかへも入れてもらえるようになった。


セキュリティの観点からはやや問題かもしれないが、それだけデージーが教師たちの信頼を得たということだろう。


「少し待たせちゃったわね、ごめんなさい。帰り支度するから、もう少し待っててね」


「問題ないのです!」


にぱっと笑ったデージーは、トテトテとアシュリーのそばへ駆け寄り隣の椅子に腰かけた。その様子を、生ぬるい目で見守るダリアとジュリア。


「あー、デージーはかわええな~」


「ほんとにねー。ダリアと代わってくれないかなー」


ダリアとジュリアも、すっかりデージーとは仲良しである。


「あ。アシュリー様、図書室の外でネメシア様も待っているのですよ?」


「は!? 今も!?」


「多分、なのです。おそらくなのですが、アシュリー様の用事が暗くなるまでかかると思って、待っていてくれたのではないかと思うのです」


コテン、と首を傾げながら説明してくれるデージーに、「めっちゃかわええ」と思いつつ、アシュリーはネメシアに対し申し訳ない気持ちになった。


少し前から、アシュリーやデージーが危険な目に遭わないよう、遅い時間に出歩くときはネメシアが護衛のようなことをしてくれていたのだ。


しまった。遅くまで待たせるのが申し訳なかったから、暗くなる前に帰るって伝えていたのに。ダリアとジュリアの二人を連れて図書室に籠っちゃったから、バレバレだったか。


「んもう~……! ごめん、二人とも。ネメシアが待ってくれているみたいだから先に行くね」


バタバタと帰り支度を始めるアシュリーを、ダリアとジュリアはニヨニヨとしながら見守る。アシュリーも何となくその視線に気づいていたものの、ツッコむと余計に絡まれるので無視することにした。


「それじゃあね! デージー、行きましょ」


「うーい。手伝ってくれてありがとね、アシュリー」


「また明日ね!」


デージーも、ダリアとジュリアにペコリと頭を下げると、いそいそと図書室を出ようとするアシュリーのあとに続く。


「ふふふー。やっぱりアシュリーとネメシアって相思相愛だよね?」


「うーん。どうかな。仲はいいと思うよ。ただ、恋愛なのかな?」


「エルフとドワーフの禁断の愛! うーん、萌える」


「いや、別に禁断ではないでしょ。まあ、この国ではたしかにドワーフはちょっと下に見られちゃうけどさ。実際にはエルフとドワーフがくっついた例なんていくつもあるわけだし」


「まあ、そっか。でも、もう卒業も近いわけだし、もし好きなら行動を起こさないとね!」


「どっちも恋愛に不器用そうだから、想像つかないけどね」


ちょっとした恋バナに華を咲かせる二人は、クスクスと笑いながら自分たちも帰る支度を始めるのであった。



──すっかり日が落ちるのも早くなったな。廊下の窓から外を見やったネメシアは、夕焼けに赤く染まる空を見やった。と、そこへ──


「ごめんネメシア! 待った!?」


少し慌てた様子のアシュリーが、デージーを伴って廊下を駆けてくる。


それにしても、デージーの髪はまるで夕焼けのように真っ赤だな、と不意にネメシアは思った。


燃えるような赤い髪を揺らしながらトテトテと走るデージーに、ネメシアも生温かい目を向ける。


「いや、思ったより早かったな」


「ほんとにごめん。てゆーか、申し訳ないから先に帰ってよかったのに」


「そうは言ってもなぁ。暗いなかを女子二人で歩かせるのは心配になるものさ。それに、アシュリーは戦う術がないだろう?」


「う……それを言われると」


アシュリーの目が泳ぐ。


頭脳には自信があるが、戦闘に関してはまったくダメだ。だって魔法使えんし。やっぱ弓、持ち歩こうかな。


「多分、単純な戦闘の能力だけならオーガであるデージーのほうが強いんだろうな」


ガハハと豪快に笑うネメシアに、アシュリーがジト目を向ける。


「あう……わからないですが、いざというときはデージーが絶対に絶対にアシュリー様をお守りするのです!」


ふんす、と鼻息を荒くさせながら両拳を胸の前で握るデージー。かわええと思いつつも、アシュリーのなかに複雑な感情が湧きあがる。


自分より年下の小さな女の子に守ってもらわなきゃいけない私って……。


思わずため息をついたアシュリーとその一行は、薄暗くなった廊下を正面玄関へ向け歩き始めた。

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