08.親友

 『街』の外には、広大な砂漠が広がっているだけだと、学んだ。点々とオアシスや岩場があって、それだけだと。だから、そこへ動物を狩りに行ったり、採取に行ったり、そういった用事がない限り『街』から離れることはない、と。

 けれども医者は言った。『街』からピオニーで三日ほど進んだ場所に『村』と呼ばれる人の住む場所がある、と。

 シュメルヴィは、ピオニーを進めながら、医者からもらった地図を見た。地図には親切にも『村』までの旅の行程も記してあって、何日のいつにここで休むべきだ、これが方角を変える目印だ、など、記してある。

 この地図は、写しだった。医者が、古びた地図を、描き移してくれたのだ。

 ――話によると、星に打たれた者『星憑き』は、十年に一人ほど、現れるそうだ。だからこそ、その『星憑き』が現れた時のための地図を持っていたのだ。

 シュメルヴィを乗せたピオニーは、暑くも寒くもない砂漠を、軽々と走ってくれる。ふと、シュメルヴィはそのピオニーの首筋を撫でた。鱗は温かい。ピオニーは走りながらもくるくると鳴いた。と。

「……どうしたの?」

 走っていたピオニーが、突然方向を変えた。まるでその道を嫌がるかのように。レクサルの乗るピオニーも、それにならうように続く。それでも、ピオニー達は大きく回って、もと目指していた方角を目指そうとしていた。

 まるで見えない何かを避けようとしたようで、はっとして、シュメルヴィはピオニー達が避けたそこへ振り返った。そこは、何の変哲もない、砂上であるけれども。

「そっか、ダークムーがいたんだね……偉い偉い!」

 シュメルヴィは笑ってもう一度ピオニーを撫でた。ピオニーは、嬉しそうに鳴いた。

 ――砂漠を進むのに、ピオニーに乗るのには、人の足では歩きにくいし距離があるから、という理由の他に、もう一つ、理由がある。

 ピオニーは、砂漠の砂の下に潜む怪物「ダークムー」の気配を感じ取れるのだ。感じ取れば、その巣の上を避けて走る性質がある……もし人間がダークムーの巣が真下にあると気付かないで、その上を歩いてしまえば、砂の中に引き摺り込まれて、怪物に食べられてしまう。

 ピオニーは、砂漠を渡る命綱の一つだった。

「ピオニー達、調子いいみたいだね!」

 無邪気にシュメルヴィが振り返れば、レクサルが隣に並んでくる。レクサルは、

「……『星憑き』、治るって、本当によかったね。昨日の朝から、君の様子がおかしいと思ってたけど……元に戻るんだね」

「ん? うん……」

 少しだけ、シュメルヴィは戸惑ってしまった。

 まるで自分の話が遮られたような気がして。

 もう少し、ピオニーについて話したかったのだけれども。こんなにもピオニーが生き生きとしているなんて、当たり前のことかもしれないけれども、やはりすごいと思ったのだ。

 けれども、気を取り直す。

「『村』がどんなところか知らないけど……でも、レクサルが一緒にいてよかった! 本当にありがとう、一人だと心細かったに違いないよ、ごめんね!」

 そう笑顔でシュメルヴィが言えば。

「――僕、君の親友だからね」

 レクサルはそれっきり、何も言わなくなった。前を向いて、目的の場所を目指す。

 ――親友。

 それは、困ったら助けあう存在。

 きっと言うならば、一緒にいて安心できる存在。

 ―あれ、でも……。

 そこで、シュメルヴィはふと、疑問に思った。

 思えば、レクサルとはいつから親友だったのだろうか。

 そう考えて思い出したのは。

 ――この子とこの子の家は近いから、親友にしましょう。

 ――一人に一人、親友を決めないと。

 それは、幼い時、初めてレクサルに会った時の、母親の声。

「……」

 何故だろうか、違和を感じた。

 言っていることは、確かに正しかった。家が近いから、レクサルとは親友になったのだ。

 親友。親しい友。

 そう――決められた。

 つと、隣を見れば、レクサルは正面を見つめていた。ピオニーを撫でることもなく、手綱を握っている。その顔は微笑みを纏っていて、視線に気付いたのかシュメルヴィを見る。

 瞬間、シュメルヴィは何事もなかったかのように正面を見据えた。そして手綱をしっかり握った。

 ――思ってしまったのだ。

 最初は嬉しかったけれども――レクサルは「親友と決められているから」この旅に同行することを選んだのではないか、と。特に心配しているわけではなく、「親友」としてペアだから、ついてきたのではないのか、と。

 「親友」は、支え合わないといけない――。

 胸の中にあったもやもやが、蛇のようにとぐろを巻いて、鎌首をもたげるような感覚があった。急に、苦しくなった。

 ――どうしてこうも、不安になっているのだろうか。

 レクサルを疑った自分に、苛立ちを覚え、シュメルヴィは口を固く結んだ。

 ………それから、しばらくの間、黙って二人は進んだ。

 やがて先に、緑色の何かが見えてきた。緑の根元には、輝きが見える。

 オアシスだ。

 急いでシュメルヴィは地図を広げた――間違いない、あれが昼に休憩するべき場所だ。

 まだ旅は始まったばかり。それでも長い時間を進んだ気がした。

「レクサル! オアシスが見えてきたよ! あそこで休憩するよ、ピオニー達も走りっぱなしで疲れてるだろうし……」

「そうだね。疲れたまま走らせると、後で遅くなっちゃうからね」

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