猫は世界の支配者だった! ~失恋と死を経て、もっさり令嬢が人生をリスタートします~
王子ざくり
出発編
第1話 マイカは死んだ
最後の朝も、トレンタは変わらなかった。
今朝も、マイカは爪でひっかかれた。
マイカ=フォン=ブリバリーノ
貴族の娘である彼女が両親を亡くしたのは、冬の終わりのことだった。
それから半年間、父の友人であるダッカス氏の屋敷で世話になっていた。
そして恋をした。
ダッカス氏の長男でマイカと同じ10歳の少年、エミリオに。
不器用な優しさで接してくるエミリオに、最初は苛立ちをおぼえたマイカだったが、しかしそのことが逆に、少年が芯から持つ健やかさをマイカに気付かせ、反発を恋慕に変えた。
そんなマイカの心の動きは、周囲の人達にはダダ漏れだった。
よくある勘違いともいえるだろう。傷付いた少女が優しくしてくれた相手に過剰な関心を抱き、その心を持て余す。そして思う。『いま私は恋しているのだ』と。しかし――『勘違いでもいいじゃないか。それが、彼らを幸せにしてくれるのなら』そんな風に、マイカの恋心は、屋敷の主人から使用人、出入りの職人や飼われている馬にまで好意的に見られていた。
誰もが、2人の幸せな未来を想像した。
しかし――
いま少女が、その大きな瞳に涙を浮かべている。
その横では、少年――エミリオが微笑んでいた。
マイカも微笑って言った。
「泣かないで、ルンナ。きっとまた――そうね。すぐ会えるわよ」
「でも! 私、マイカさん!」
「いいから、いいから」
前に出ようとする少女――ルンナを手で制し、マイカは続けた。
「これまで、私がお礼を言おうとするたび、ダッカスさんは仰いました。『当たり前のことだ』と。でもその当たり前は、誰にでも訪れるものではありません。いまの私にはよくわかります。ダッカスさん。そしてみなさん。本当にお世話になりました。みなさんのおかげで、これからの私は生きていくことが出来ます。この半年間の、この御恩は決して忘れません」
言ったその声が。その
「マ、マイカちゃん。王都に着いたら手紙を送ってくれよ!」
「はい! もちろんです。着いたらすぐに!」
「お、落ち着いてから。落ち着いてからでいいからね。困ったことがあったら、気を使わずに……うぐぅ!」
「は、はい。それではみなさん。ごき、ごき~」
ダッカス氏の男泣きに、あやうくマイカの涙腺も決壊するところだった。ごきげんようと言うのはいったん諦め、大きく頭を下げると、待たせていた馬車に乗り込んだ。
この馬車で、マイカはこれから王都に向かう。
王都にある学園に入学し、寮に入るのだ。
これは、ダッカス氏の屋敷に来る前から決まっていたことだった。マイカの母は後妻で、父の領地も財産も、全て先妻との子である兄と姉のものになっている。学園に入ること自体はずっと以前から予定されていたことだったが、両親の死後も予定は無くならなかった。
「みなさん、ごきげんよう~」
馬車が走り出す。
声がした。
「マイカさん! 私! 私!」
ルンナの声だった。
髪を振り乱し、走って馬車を追って来る。
ルンナは、1か月前からダッカス氏の屋敷で働いている、住み込みのメイドだ。森で生き倒れになってるところを、偶然きのこ狩りに来ていたマイカとエミリオが見つけたのだった。あの時、濡れた土に横たわる彼女を見て、マイカは予感した。隣のエミリオを見て、予感が確信になった。その瞬間、マイカの初めての恋は終わった。想いを告げることもなく。
「マイカさーん! マイカさーん!」
馬車はもう最初の辻に入ろうかとしている。なのにまだ追いかけて来てる。ルンナは強靭な体力の持ち主で、愛嬌のある性格は、どこか抜けていた。でも頭が悪いわけではなくて、おずおずと差し出されたアイデアが、ダッカス氏の事業の危機を救ったこともあった。つまりどういうことかというと、ルンナは、とても素敵な女の子だった。エミリオとは、きっと良いカップルになるだろう。
(……いや、もうなってるのか)
手を振り前を向くと、追ってくる声も消えた。
辻を過ぎ、馬車は速度を増す。
いよいよ旅が始まった。
そんな気分で、マイカは高い空を見上げた。
王都に行ったら、まずは学園の入学前試験がある。そこでマイカは、生まれて初めてステータスの検査を受ける。パラメータに適正職業。スキルの欄には、既に憶えたスキルだけでなく、まだ習ってない魔法や特技が表示されることもあるという。自分にも、まだ気付いてないスキルがあったりするのだろうか?
風が吹くと、もっさりした髪が、ちょっとだけ軽くなった気がした。
●
馬車に乗ってるのは3人。
マイカのほかは、王都までの世話役と、護衛の冒険者だ。マイカの兄であるドニィ=フォン=ブリバリーノ侯爵がよこした人物で、既にマイカとはダッカス邸で顔合わせを済ませていた。だがそれは、ごく簡単なものに過ぎなかった。
「では、改めて――私はエムジィ」メガネを押し上げながら、世話役の女性が名乗った。黒髪を耳にかけた、男装の美女だ。「身の回りのお世話をさせていただきます。依頼では王都までとなっていますが、おそらく
「Cランク――実力で登りうる最高のランクですね?」
「ご存知でしたか」
「ええ。両親が話してるのを聞いたことがあります」
マイカがそう言うと、護衛の冒険者――リンザが苦笑して付け加えた。
「AやBになるには、
「はい。王都までの10日間、よろしくお願いします」
差し出した手を握るマイカに、リンザは、今度は苦笑でない笑みを浮かべて。
「護衛が1人ってことで不安に思うかもしれねえが、大丈夫。物騒な場所を通る時には、追加の護衛が馬車で来る。そっちもオレの伝手で頼れる奴らを揃えておいた――嬢ちゃん。あんたの兄さんには、いつも良い仕事を回してもらってるんだ。下手は打たねえさ。安心してくれ」
リンザの言ったことは、その日の午後には証明されることとなった。
マイカ達の馬車が進む先。街道の脇に、3台の馬車が停まっていた。そのうち2台がマイカ達を見つけると道に出て、前を走り出す。残りの1台は、後ろだ。馬車には、どれも同じ旗が付けられていた。
どうやらこれが『追加の護衛』らしい。ということはこれから『物騒な場所』を通るということになるわけだが、マイカにはそれまで来た道との違いが分からない。窓から見える景色には、いかにもそれっぽい感じは無かった。
先頭の馬車の屋根に、男が1人立っている。中腰で、だらりと伸ばした手をかすかに屋根に触れさせながら、ギョロギョロした目で辺りを見渡している。男を顎で指し、リンザが言った。
「あれは『鬼視力のガロム』。ヤツは……凄い視力の持ち主だ」
その言葉から、5分も経ってなかっただろう。
ガロムが街道沿いに続く林を指さし、屋根を叩く。すると前後の馬車の幌が開き、一斉に矢が放たれた。その後を追って更に放たれたのは、付与魔法の光条か。
ピュピュっ! シュシュシュシュっ!
風切り音だけ残し、銀色の線が7色の光の尾と共に林に消え。
その間も馬車は進んで、十数秒。
それで何が起こったかといえば、何も起こらなかった。
あくまで、結果だけを見るなら。
その意味に気付き――
リンザを見て、マイカは頷いた。リンザも頷いた。
その後は特に何もなく、今夜宿泊する街が見えてきた辺りで『追加の護衛』は離れていった。次の仕事のため、さっきマイカ達と合流した位置まで引き返すのだという。護衛業務を行う冒険者にも縄張りがあり、区間だけでなく往きと帰りのどちらを護衛するかについてまでも、どこのグループが担当するか決まっているのだと――これはエムジィが教えてくれた。
街の入り口には門番がいたが、身分を証明したりする必要は無いらしい。前を行く商人のものらしい馬車が、ちょっと速度を落としただけで街に入っていった。門番に声をかけながら指を立ててたのは、人数か何かを伝えていたのだろうか? マイカも半年前、この街に来たはずなのに、すっかり忘れてしまっていた。いや、あの時はダッカス氏の屋敷に行くのを急いで、素通りしたんだったか――それすらも、いまでは遠い出来事に感じられる。
マイカ達の馬車では、御者が指を1本立てていた。御者と門番の会話で、立てた指の意味が分かるかもしれなかった。人数だろうか? 馬車の台数だろうか? それとも滞在日数? マイカは聞き耳をたてた。
その時だった。
車輪が石を踏んで、がくん、と馬車が揺れた。
その瞬間、マイカは死んだ。
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お読みいただきありがとうございます。
この作品の前日譚になります。
↓ ↓ ↓ ↓
叔父に家を追い出された僕が異世界から来た猫と出会い、ダンジョン配信でバズ狙いすることになった件。ちなみに元アイドルで美少女探索者の従姉妹は僕にべた惚れです
https://kakuyomu.jp/works/16817330660162564098
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