第9話

●こわ~いヒロイン視点の続きです●


我が家にチェルシーが隣国の取引先だという領主の息子を連れやって来た時。


あまりの早やさに驚いたわ。

これはつまり、レッドダイヤモンドの在庫を持っていたということよ。

昨晩、無理矢理サール王太子に会いに行ってよかった。

執務が忙しいからってここ数日、会う時間を作ってもらえなかったから、王宮まで押し掛けたのよね。


かなり驚いていたけど、計画通り、いつもより濃い目にスキンシップをとったらいちころ。


レッドダイヤモンドを買うためのお金を出してくれることになったわ。


そのお金は本来、王太子が婚約者に使うためのお金。それを誤魔化して私のためにサール王太子は使うの! チェルシーはそんなことも知らないのだから、ざまぁみなさい、だわ。


ほくそ笑む私に対し、何も知らないチェルシーは真面目な顔で説明を始めた。


「こちらがご用意したレッドダイヤモンドです。既にラウンドカットされているので、後はセッティングするだけで済みます。ルナシスタ男爵令嬢は、髪がブロンドで、ドレスはピンク色が多いですよね。パーツはゴールドが肌馴染みもよく、かつレッドダイヤモンドを自然に引き立たせると思います」


そう言って私に微笑んだチェルシーは……。


な、なによ。悪役令嬢なのに。

まだ私とサール王太子がキスをするような間柄だとは知らない。だからなの?

このバカみたいに真面目な態度は。

調子が狂うわ。

悪役令嬢なのだから、悪役らしくふるまってくれないと……。


ともかく動揺しかけたけど、同席させた我が家に出入りしている商会の人間に、チェルシーが持ってきてレッドダイヤモンドを鑑定させた。


「間違いありません。こちらは正真正銘、本物のレッドダイヤモンドです。カットも大変美しく、発色も素晴らしい。このクラスのレッドダイヤモンドはもう滅多に出回りません。あとはお値段でしょうか」


同席した商会の男は、興奮気味にそう答えた。

値段。

どれだけふっかけてくると思ったら……。


「お嬢様! このお値段で手に入るなら、自分でしたら間違いなく買います!」


商会の男が唾を飛ばし、頬を高揚させている。

唾を飛ばすのは、本当に止めて欲しいと思ったが。確かにサール王太子が「レッドダイヤモンドか……それならこれぐらいはかかるだろう」と言っていた値段より、うんと安い。


つまり良心的だった。


なんで? 悪役令嬢なのに。


いや、ここで心を許してはいけない。

私の計画では、市場価格の倍の価格でふっかけられたことにしないといけないのだから。それをサール王太子に伝え、あくどい女だと断罪理由の一つにしてもらう必要があるのだ。


そこからは値段交渉が始まる。


でもそれは実にシュールだ。

安く売ると言っているのを、そんな安値で買うのは申し訳ないと交渉するのだから。隣に座る出入りの商会の男は、ずっと首を傾げている。なんの交渉をしているのかと思っているのだろう。後で金を握らせ、この件については口外不要だと脅す必要がある。そして市場価格の倍の価格でチェルシーがふっかけてきたと、証言させないと。


チェルシーの横に座る隣国の取引先だという領主の息子は……叩けば埃の一つや二つ、出てくるでしょう。それをネタに脅し、この値上げ交渉の件は黙らせればいい。


あとはこのバカ真面目なチェルシーが、値上げに応じるまでだ。


だがこれは本当に難航し、それでも何とか、当初の提示価格の倍で買い取ることで話はまとまった。サール王太子には、最初、低価格を提示したくせに、なんだかんだと条件をつけ、最終的には倍の価格を払わされることになったと報告しよう。


そう考えていたけれど。


まさか最終的に手元に届いたイヤリングのレッドダイヤモンドが偽物だったなんて!


イヤリングが届いた時、チェルシーにはサール王太子との関係がバレていた。だからわざと偽物をおくりつけたのね。おかげで商会の男やあの隣国の取引先の男にお金を使わないで済んだ。しかも偽物を握らされたと知ったサール王太子は衝撃を受け、断罪を決意してくれたのだから!


やっぱり悪役令嬢は、悪役令嬢なのよ。


いい子のフリをしても、その美貌の下は穢れた魂が隠れているんだわ。


今頃、チェルシーは魔物の森よね。

本当は絞首刑なのに。サール王太子が国外追放にしてしまった。

でも魔物の森なら……。どうせ生きてはいないわ。


あとはチェルシーの父親よね。娘を溺愛しているというから、乗り込んでくるかもしれない。でもその時はこの偽物のレッドダイヤモンドを見せてやればいいもの。


偽物と分かっているのに。レッドダイヤモンドのイヤリングは、抗いがたい煌めきを放っている。気づけば今日もつけていた。


耳に触れ、そこにイヤリングがあるのを確認すると、笑みが浮かぶ。


サール王太子の部屋で婚約契約書にサインして、シャンパンで乾杯よ。


一足先に用意のために自室に戻っているサール王太子の元へ、鼻歌を口ずさみながら向かった。

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