第28話 ないとなう! とは(21)義勇軍の反撃

 ライヒ騎士団の副団長の名を、マグヌス・フォン・フォルスターという。

 ドミニクに睨まれた、ローゼマリー・フォン・シュタインの幼なじみで婚約者である。


 30歳手前で、副団長まで上り詰めた彼は、家名に恥じない実力者で、無口だが協調性がない訳ではなく、判断力と武力に優れた男であると評判が良かった。

 その評判を妬んだドミニクが、ローゼの事もあって、コマメに、イヤガラセをしていたことは言うまでもない。

 副団長の仕事にケチをつけ、足を引っ張り、いざこざを起こし、本当に女の腐ったようなやつと言われそうなモンスタークレーム……最近の言葉で言うならカスハラを、ライヒ騎士団に行っていた。


 彼の上官であるライヒ騎士団の軍団長が、ビンデバルド本家にそれとなくドミニクの行状を教えても、シュテファニーは大笑いしただけで、何にもしなかった。甥のドミニクにもいいところがあるのだととんちんかんな返事をしたのみである。

 ドミニクに長所があるとかないとか、そういう問題ではない。ドミニクが、副団長への私怨でカスハラを繰り返し、ライヒ騎士団の評判を落として、出撃命令も出させないような事をしているのが問題なのだ。そういうことを簡潔に伝えたところ、ライヒの僭主でり女王である女性はこう言った。

「それならライヒ騎士団だけで好きにすればいい」

 つまり、ビンデバルド本家はお前達には何の協力もしない、ライヒの市民の安全など二の次という訳である。

 ビンデバルド本家が、ライヒを仕切っている権力者であることは事実。これで、壮年の軍団長も、唸ってしまようなハメになった。


 そのマグヌスの事を未だに思い続けているのが、テオの姉ローゼである。

 マグヌスが、会いに来てくれなくなって一年以上になる。

 その頃から、ローゼは、マグヌスのことを吹っ切る事にした。彼の事が好きなのは変わらなかったが、恐らく、自分は彼と結ばれる事はもうないだろう。そういう運命だったのだ。


 マグヌスの妻として、ライヒ騎士団のためにも内助の功に生きようという、子どもの頃からの夢は潰えた。だが、自分にはまだ、弟のテオがいる。テオも自分の不注意のために、運命が変わってしまったが、彼が自分の能力を十分に生かせる場所を作り、そこで、社会とよい循環を作りながら、元気に幸せに生きて行ければいい。両親を失った姉弟二人で、ライヒ市民の笑顔のために頑張っていこう。ビンデバルド本家は恐いけれど、いつか、わかってもらえるかもしれない。


 そういう気持ちになってしまったのだった。それで、彼女が、考えたのは、冒険者ギルドの市民活動版のような組織であった。彼女がつけたのは「護衛隊」という名前である。

 冒険者ギルドは武装勢力、武装した冒険者のハローワークのようなものであろうか。

 それに対してローゼは、市民(ミトラ教会)の目の行き届いたハローワークが武力を持っているというようなバランスの組織を考えた。

 魔王軍が迫ってくる中、困っている市民に安価で安全な様々なサービスを与え、さらに相互の協力で、魔族やならず者を追っ払う活動をする仕組みである。

 いつの間にか義勇軍と呼ばれているが、その軍団長がテオ。軍師ポジションがローゼ。相談役がミトラ教会である。


 進学も就職も出来なかったテオのために、ローゼが考え、作り上げたのがこの護衛隊であった。


 マグヌスへの恋は捨てられないが、それにいつまでもこだわり続けていても仕方ない。今は、血を分けた弟が居場所を得て、そこで元気に働けるようにして、彼の幸せを見届けよう。そのために、ミトラ教会に熱心に通い、司祭達に知恵を貸してもらいながら、彼女は彼女で努力の日々を送っていた。


 軍団長で仕切っているのは、テオだが、実質、組織を立案して、ミトラ教会に話を取り付けたり、様々な組織化の勉強をして実行したのはローゼであった。両親を亡くした彼女には、自分がテオの母代わりという自覚があった。


 今回のゲリラ戦も、作戦指揮官で采配をふるうのはテオだが、そのそばにはローゼが控えている。作戦を立案し、魔王軍を追い返すところまでが仕事であると肝に銘じているのはローゼであった。


 冬の砂漠。その未明。

 魔王軍……魔人、魔獣、魔物の群れが、美しいオアシス都市ライヒに迫る。

 その醜悪な瘴気の上にも、平等に、太陽の光は訪れる。


 魔王軍は、無反応のライヒ騎士団や正規軍を、臆病な弱虫と決めつけている。そのために、ただ力押しで攻め寄せてきたのであった。市民を目の前で殺されても、何にもしない騎士団になど用はない。

 迅速に、ミトラ教会を破壊し、その竜穴に穢れた魔力を注ぎ込んで、聖なる祈りを無効化させようと、そればかりである。


 その、力で襲いかかる魔王軍の前で、突如、大爆発が起こる。


 炸裂したのは、「染料」。

 ライヒは絹織物や綿花、皮革などで栄えた裕福な工業都市である。……すなわち染め物

も盛んであった。その染料の中でも、安全、安価な爆薬であるとされる、トリニトロトルエンが、市民の手による小さな魔法で巨大な爆発を連続して起こした。

 一斉にライヒの正門に押し寄せてきた魔王軍は、初っぱなから甚大な被害を受けるのである。


「成功、した!」

 染料が大爆発を起こし、魔王軍の魔物達を吹っ飛ばしたのを確認して、テオは握りこぶしで叫んだ。

「よかったわね--気を抜かないで。ライヒを守る戦いよ」

 染め物業者達が、内心得意になりながらも、連携して次々、魔法で爆発を起こさせている。ローゼは次の作戦が成功するかどうか不安で、思わずまた、ミトラへの祈りを口にした。

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