第16話 ないとなう! とは(9)西部へ

 その知力と武力こそが、帝国の黎明期において、皇家と血盟家のカップリングは多々成立したが、血盟の家の血を引く皇子が立太子されなかった理由である。

 とにかく強すぎるのである。

 強く、賢く、見目形も決して悪くない。人柄はさらに悪くない。

 それなのに、立太子は出来なかった。

--さて、何故、尾張名古屋から徳川将軍は生まれなかったのであろうか?

 まあ、そういうわけである。



 その、貴族の間の嫉妬や猜疑心や足の引っ張り合いが、風精人ウィンディの貴族ビンデバルドが皇家に食い入る隙を与えてしまったのであった。


 皇家アル=ガーミディ以外、風精人ウィンディの戦士がいなかったことも問題であった。


 魔王軍が押さえ込んだ主な竜穴の周辺で、血盟家の将軍達は戦い続けた。


 北方。ノイゼン港から離れた北の山地。

 そこにある巨大鍾乳洞”ドラッヘブルネン”。

 その数㎞に渡る鍾乳洞全体が、刻々と変わる魔法のダンジョンと化してしまう。

 そこを攻めるのが、青龍人ドラコの中でも巨躯を誇るサディーク・アル=ダウサリーとその信頼の絆に結ばれた軍団である。

 その頑健な体と青龍人ドラコを中心とした知恵者の部隊は、北方の激烈な寒さをモノともせずに進軍し、日々位置と形を変えるダンジョンを攻略していった。


 南方。南に隣接するミスル王国との境にそびえるヴォルケ山脈。文字通り雲の上までそびえる山脈の中でも最も高い、神の塔ゴッテストゥルムを本拠地に構え、空中から進撃を開始した魔王軍と対峙するのが、常人オルディナ、何の魔法の力も長命も頑健な体も持たず--それどころか、現筆頭は先天的に盲目の女性、ナジュラ・アル=サイヤード。

 彼女は、目が見えないにもかかわらず、それこそ予知力レベルの第六感を駆使し、千年前は弓手、現在は射撃の腕前で魔王軍を駆逐する。


 東方は、背後を安全とされる海カイ・ラーに預けた皇家アル・ガーミディの禁軍と、先ほど述べたカースィムの魔力が守護して盤石と思われていた。

 カウサルも、控えている。


 そして最も、危機に瀕しているのが西方。

 昔から色々あった隣国グリフォニアとの国境にある砂漠地帯のオアシスが取られる。

荒涼とした砂漠の中にはオアシス都市がいくつかあるが、その中でも最も大きなオアシス、ザイデは一日にして焼き尽くされ、魔王軍の住処となった。

 そこから最も近い都市が西部最大の街ライヒ。

 そのあたりは、皇家の権力もなかなか及ばない地域であった。何故なら、風精人ウィンディの最大勢力を誇る皇后の実家、ビンデバルドが基盤とする本拠地が、この西方ヴェステンだったのである。


 まあ当たり前の話だが、血盟家と、ビンデバルド一族の間には深くて暗い溝がある。

 ビンデバルドの本拠地に血盟の将軍を差し向けるのは、アハメド二世はためらった。だが、現状、目の前のオアシスの竜穴を取られて、西方に住む国民がどれだけ苦しめられているか想像は出来る。

 そのため、アハメド二世は、ビンデバルド宗家に近い将軍を用意した。

 その名を、ファビアン・フォン・フェアルスト。

 二十代前半の、口舌爽やかで見目麗しい、態度のよい青年である。

 随分と若いし、実績もあやふやだが、帝都にいるビンデバルド宗家の方からそれとない推挙があったのだ。

 まずは現地のビンデバルド本家……シュルナウのビンデバルド宗家に対し、ライヒのビンデバルド達は本家と呼ばれている……と、うまく連携を取って、こじらせないように、魔王軍を討伐してくれなければ困るのだ。

 そのための人選である。



 どういう巡り合わせなのか、その、あやふやな将軍ファビアンの下に回されたのが、士官学校の学生達であった。

 既に国中が酷い事になっていることは述べた。血盟将軍達は苦戦をしている。

 戦況は一進一退。竜穴を先に押さえられているだけ、人類には分が悪い。

 その状況下で、騎士の身分を保障されている、士官学校の生徒達も、出撃することになったのである。

 魔大戦が勃発して半年ほどの話だ。


 士官学校が編成しなおされ、ファビアン将軍の下につけられたのが、レオニー・ミュラー、アスラン・アルノルト・フォン・ジグマリンゲン、フォンゼル・ライアン・フォン・クーベルフ。

 そして、レオニーが特別にと雇った傭兵、劉俊杰。リュウも西方ヴェステンの戦いにつきあってくれたのである。

 彼らが、通称ミュラー部隊と呼ばれる。


 国を守るための戦いということで、将軍ファビアンは、レオニー達に限らず二万の兵を率いて、西方のライヒへ訪れた。


 そして、ライヒの現状は、あんまりといえばあんまりであった。

 権力者に野放しにされた古い権力とは、こんなにも怠惰に退廃してしまうのかと、呆れるばかりの惨状であった。

 アスランは、北方の大貴族ジグマリンゲン一族の次男としてそれを目の当たりとする事になる。


 アハメド二世の皇家と、ビンデバルドの本家が親の代からうまくいっていないことは明白である。

 そのアハメド二世の婚約者だったと名乗るシュテファニーが、ライヒの実質的な女王であった。シュテファニーは、自分が見下し差別意識を抱いていた地獣人モフ達の姫長、ガザル自治区のエンヘジャルガルに皇后の座を奪われて以来、このライヒで、皇家の事は忘れて悠々自適の毎日を送っている。

 彼女は、ライヒにおける自分の権勢にしか興味はなく、皇后の実家は、(少なくともライヒでは)、皇家よりも気高く偉大であると思い込んで生きていた。

 まさしく、西部においては、ビンデバルドにあらずんば人にあらずといわんばかりの人生を謳歌していたのである。


 道中も、ビンデバルド本家の乱行は様々耳にする事となったが、アスラン達は、ライヒに用意された、西方の駐屯基地の宿舎に入る際に、とある少年に声をかけられる。その風精人ウィンディの少年から聞かされた話には、開いた口がふさがらないのであった。

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