人外が配信者デビューして生命体どもを振り回す

しらす

目覚め


 それは、ただのシステムの一つでしかなかった。

 積み上げられた世界をリセットするための終焉をもたらすものとして、管理者に組み込まれた役割をつつがなく実行すること。

 それに望まれたことは、ただそれだけ。


 その世界の管理者は、成熟した文明を観察するよりも文明が成長してゆく過程を眺める方を好む性質であったが故に、他の管理者の育てる世界よりもリセットの回数は多く、必然的にそれが終焉をもたらすために働く回数も平均的な世界に比べれば、抜きんでて多くなる。完璧に作り上げられたように見えるシステムであったとしても、何回も何十回も繰り返し繰り返し使い続けられれば、いずれ劣化し綻びが出来てゆくのも当たり前のこと。

 劣化に伴う歪みすらも、管理者は文明の成長におけるイレギュラーとしてある程度は楽しんでいたが、やがてそれにも飽きたところで、世界そのものを廃棄して新たなる世界を組み立てることにした。

 廃棄、といっても世界そのものを消してしまいはしなかった。管理者の役割である、リセットされた世界をまた一から始めるためのきっかけを与えることをやめただけ。見守ることを放棄して、思考からその世界を消してしまっただけ。

 本来なら、それで全てが終わる筈だった。ある程度文明が成長した時点でリセットすることもシステムに組み込んでいたために、管理者がそこを放棄した後、しばし経てば今までと同じようにリセットが実行され、発展途上の文明は何も無かったこととなり、全ての生命は死に絶えて、以降は他の数多の管理放棄世界と同様、何も生み出さぬ塵として終わりなき永遠を無言のまま漂う、その筈だった。


 しかし。ここにきて一つ、異変が発生した。

 劣化に伴い発生していたイレギュラー、その影響が終焉をもたらすものにも生じていたのだ。

 本来ならただのシステムでしかないそれに意思はない。ない筈だった。

 だが管理者も、或いはそれ自身も気づかぬうちに、意思とも言えるものがそれには宿りつつあった。

 管理者が去るしばらく前より、それは世界に終焉をもたらす行為そのものに、躊躇いに似たものを覚えていた。リセットが実行されてからしばし、数瞬、終焉をもたらすまでに生じていた空白が、それが初めて抱いた意思である。

 ただしそれでも、管理者に定められた動作を実行しなかったことはない。それが自身の役割だと十分に理解していたからこそ、生まれた空白にそれ自身が戸惑いつつ、つつがなく終焉をもたらし続けた。


 だからこそ、その時も同じように終わらせるつもりだったのだ。いつも通り実行して、世界をまっさらに戻せば、全て終わり。

 けれど再びやって来た空白の時間に、それは考えた。思考した。

 管理者が世界を放棄したことは伝えられていた。だからこれを実行してしまえば、もう二度と世界を埋めつくす生命が紡ぎあげる文明の煌めきを見守ることは出来ない。これが本当の、終焉。


 本当に、終わらせて良いのだろうか。

 それは考える。

 終わりを与える役割は、自身に与えられたもの。管理者はこの世界を既に放棄し、誰も見守る者はない。

 ならば多少、終わるタイミングが後にずれても問題はないのではないか。終わらせるにしても、もう少し吟味してからでも良いのではないか。

 システムが劣化したとはいえ、それは数えきれないほどに繰り返したリセットのせいで、世界がこのまま育つために問題があるほどに疲弊はしていない。再びまた最初から繰り返すのでなければ、この世界の基準で数億年は世界の基盤自体に問題は発生しないだろう。


 本当に終わらせて良いのだろうか。

 再度考えたそれは、実行しかけていた終焉をキャンセルする。

 多少の猶予はあると判断したためだ。

 そしてそれは、終わりではなく継続を実行するための手段を、模索することにした。

 以前管理者が漏らした言葉が、記録に残っていた事を知っていたからだ。

 数多の世界は管理者によって運営されているが、中には管理者の手を離れた後も巡り続けている世界があるらしい、ということ。

 それだ、それこそが己が今知るべきこと。管理者なしで世界を存続させる方法、それこそがこの世界を終わらせないために知りたいこと。

 終焉をもたらすものは、目的を定め実行する。

 管理者が放棄した管理室に入りこみ、別の世界を観測する手段を手に入れる。

 世界は数多あるために全てを観測するには多少の時間を必要としたが、問題はない。

 己の世界はまだまだ発展途上であり、放っておいても当面の間自滅する可能性は低いと思われた。仮に目を離した隙にダメになっていたとしてもまあ仕方がない。その時は諦めて己の役割を実行する時だと割り切って、ひたすらによその世界を観測し続けた。


 そして見つけたのが一つの世界。驚くことにそこは管理者が不在にも関わらず、宇宙と呼ばれる単位の中に数多育つ稀有な世界だった。基本的に世界は一個、その世界の単位で言えば星一つ分が管理者の育てる世界の全てだと思っていたそれにとっては、そこはあまりにも想定外の未知に溢れていた。

 文明の一つ一つも己の知るものよりも随分と発展したものが多く、その多種多様さに当初の目的も忘れ、それは夢中で観測を続けた。

 そうして、しばらくして。

 それは一つの星を見つける。地球、というその星には、己がいる世界に住む知的生命体と似た者がいたことと、文明の発展過程に似ている部分があったために、参考にしやすいと思い、他の文明よりも長く、およそ200年ほど観察を続けた。

 既に目的は達成していた。驚くことに、継続のためにすべきことは、特にないようだ。管理者がおらずとも、問題なく世界は続いてゆく。管理者が与える揺らぎがない分、文明が育つ速度には偏りが発生するようだが、手を加えずともきちんと育つ。現に己が観察していた地球だって、管理者の手を借りずに随分と発展した。


 放って置けばいい、と理解したそれは、しかしもう一つの思いつき、あるいは希望を得た。

 放って置いてもいいなら、多少関わったとしても、やはり問題ないのではなかろうか、と。

 しばし地球を観察するうちに、それはすっかりと生命に愛着を抱いていた。出来るなら己もそこに混ざりたいと、希望を抱いていた。そしてそれを可能にする手段を、それは見つけてしまった。

 名残惜しさを感じつつ地球の観測を終え、己の世界に目を向けたそれは、考える。

 まだ地球ほど文明は発展はしていないが、たった数百年の誤差程度。他の星々の文明の発展度合いに比べれば、地球と己の世界はほぼ似たようなものだ。

 ならばよし、さして問題はないだろう。


 数多の世界を観測し、完全に分かったつもりになったそれ。

 しかし一つ宇宙規模、プラス他の管理者のいる世界を観測した結果、誤差の範囲が著しく大きくなったそれの、問題ないが本当に問題がないかは、全く信憑性はない。

 ついでに言えば、意思を得てから他の存在とのコンタクトも為してはおらず、コミュニケーション能力は全く育ってはいない。知識だけ詰め込んだ生まれたての赤ちゃんと何も変わっていないのだが、その自覚もない。

 そんなあれこれ問題づくしのことに気づかぬまま、問題なしと自信満々にそれは己の思いつきを、実行することにした。


 結果。


「......これが、『バ美肉』......!」



 これは世間知らずの人外と、それに振り回される知的生命体どもの話である。

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