外へ

「あら……出て行った時と随分様子が違うじゃないの」

「……そりゃこうもなるよ」


 期待外れ……そう期待外れだったから!

 同僚に声を掛けられたミアはそう強く心の中で叫び、見るからに高価で柔らかなソファに深く腰を下ろす。


「あんなに指揮官に会いたいって言って出て行ったのにねぇ……そんなに不細工とかだったの?」

「ううん、そんなことはないよ。普通……よりはイケメンかな?」

「へぇ、なら性格が悪かったとか?」

「全然、あれは仲間のためなら命を投げ出すタイプだね。でもそうはならないようにどんな絶望にも抗う指示を出すタイプ……たぶんだけど、ほとんどの人が信頼することになるよ」

「なら何が不満なのよ」

「全部だよ全部……あれは私の求める指揮官じゃなかった」


 ミアの言葉に、同僚は首を傾げている。

 まあウキウキランランで部屋を出て言ったかと思えば、心から落胆した様子を隠さずに帰ってきたのだから、同僚の疑問も尤もだ。

 けれど……ミアにとってアレは本当に求めていた指揮官じゃない。


(私の指揮官は彼じゃない……私が死ぬまでずっと傍に居たいって、永遠を誓い合った指揮官じゃないもん)


 靴を脱ぎ、足を抱え込むようにしながらミアは丸くなる。


「ほんと、珍しいわね。この都市において、誰もが憧れる教導隊トップがそんな姿になるなんて」

「あのね、私は確かにトップだし普通より少し強いよ? でもそれ以上に女の子なんだから」

「あなたが普通より少し強いとか悪い冗談ね。この世界であなたの右に出る者はそう居ないでしょうに。少なくともこの都市にはね」


 それもそうだけどね、そう言ってミアは笑った。

 ミアは法国が誇る最高戦力であり、同僚はもちろん部下や民たちからも絶大な信頼を向けられている少女だ。

 ただ……こうして分かるように、彼女はそんなものはどうでも良い。

 彼女の頭にあるのは、確かな繋がりを感じながらもどこに居るか分からない自分の指揮官のことだけだ。


(ねえ指揮官……どこに居るの? 私たち、ずっと一緒って約束したじゃない? 指輪だって贈り物で何回もくれたでしょ?)


 ※信頼度を上げるために一番効率の良い贈り物だった。


(ほとんどの時間、私をホーム画面? ってやつに設定してたよね?)


 ※お気に入りキャラだったから当然だ。


(どんな場所でも、どんな敵でも私を必ず編成してくれたよね?)


 ※高火力、高耐久、とにかく最強だったから。


(こんなにも私は指揮官のことが大好きなのに……)


 ※ミアはそもそも、ストーリーの都合上愛が重たい。


「今のところ、私みたいに指揮官を覚えている人には会ってないけれどどうなのかな……まさか、私を出し抜いて誰かが傍に居るなんてことないよねぇ?」

「ねえアンタ、さっきからブツブツ何を言ってるの?」

「なんでもな~い♪」


 果たして、ミアと指揮官……湊が出会うのはいつになるやら。


▼▽


「……なあタナちゃん」

『なんだ?』

「分かっちゃいたけど……暇だねぇ」

『そうだな。とはいえ我はあなたに会うまで、ずっとここで寝ていたようなものだが』


 タナトスと共に、湊は昼寝がてらそれを見上げるだけだ。

 特に何をするでもなく、何かをしたいわけでもなく……しかして外に出れば理不尽な光景をいくつも目にすることは明白だ。

 比較的環境が整い、過ごしやすい土地ナンバーワンは言い過ぎだが、そんな代表の法国ですら叩けばいくらでも悪い物は出てくる。


「昨日、タナちゃんに出会ったあの村……みたいなことは頻繁に起こる世界だ。王国とかも権力による腐敗の象徴でもあるし……ほんと、この世界終わってんな」

『貧困や差別はもはや当たり前だ。生き残る簡単な術は強さがあるかどうか……非常に分かりやすいが、主からすればキツイだろう』


 タナトスの言葉は指揮官としての湊ではなく、このダクレゾの世界とは違う別世界の……平和な世界に生きた湊に対しての言葉だ。


「タナちゃんさ……意識してるのか知らないけど、ほんと優しいな」

『主のことだからな。優しくもなる』


 このドラゴン、あまりにもお母さんみがあると湊は感動した。


「ほんと、この世界腐ってやがる」

『今更だそれは。しかし主は好きなのだろう? そんな世界であっても』

「まあな……けど今は微妙かも」

『くくっ、だろうなぁ』


 笑い事じゃねえよ、そう湊は唇を尖らせた。

 この世界が特に技術の発展がされておらず、単純に剣と魔法で戦うだけなら……まあそれでも終わっている世界線だが、そこそこ発展しているからこその怖さもある。

 通信機器は開発されているし、戦術兵器も少しは存在している。

 ただ辺境の村などまでは届いておらず……言い方は悪いが、見捨てられている場所もかなり多い。

 そのことに心を痛めている者たちは大勢居るが、それでも自分たちの目が届く範囲しか守れないという切羽詰まった世界なのだここは。


「王都動乱、聖女消失、法王暗殺、亜人族侵攻、疫病蔓延、指揮官誘拐と……思い出すだけでも事件多すぎるよな」

『ふむ……その辺りの記憶は我にないが、主が誘拐されたという話はミアに聞いたことがある』

「あ~うん。ミアとユズリハがブチ切れて国が一つ消滅しかけたからな」

『こう言ってはなんだが、あの女共の方がよっぽど災厄ではないか?』


 かもなと、湊は笑う。


『ユズリハか……あの狐女はどうしてるやら』

「この時期だと確か……亜人族に対して差別を行う人間に対し、憎悪を溜め込んでる期間かな。ユズリハもユズリハでやってることは結構えげつなかったし」


 例によって例の如く、ユズリハというのも湊にとっては特別だ。

 ミアやタナトスと同じく信頼度を100まで上げた九尾の妖狐――亜人族のトップ3に名を連ねるキャラであり、ストーリーではボスとして戦う存在で初見ではまず勝てないほどの状態異常ばら撒きお姉さんである。


『こうして考えてみると、主が信頼を極めた者はそこそこ居るのか』

「言ってもタナちゃんを合わせたら五人だよ。それ以上はもう諭吉が足りなさすぎる」

『諭吉?』

「こっちの話だ」


 湊も富豪ではないので、SNSに居た全てのキャラクターに愛を注げるような超人にはなれなかった。


『あなたが指揮した全ての者となると膨大な数になるが、信頼を極めた残り四人くらいには会いたいか?』

「会いたいかと言われたら会いたいよ。ずっと端末越しでしか見れなかったみんなを間近で見れるなんて幸せ以外の何者でもない……でも言っただろ? 俺は指揮官じゃない……この世界で彼女たちに会うのは、この世界の指揮官だ」

『全く、あなたは変に意思が固い。もしかしたらミアを含め、我のようにあなたとの記憶があるかもしれないというのに』

「それは……」


 そうであったらどれだけ素晴らしい出会いになるだろうか……だが、それは果たして正しいことなのかと湊は悩む。

 だってそうだろう?

 タナトスに関してはあまりストーリーに関わりはないが、他のキャラたちは大いに関わりを持つ……関わることで指揮官を成長させ、周りの者たちの未来を拓く。

 湊は指揮官ではない……その役目はこの世界の指揮官に譲った。

 湊は主人公ではない……もう彼は主人公ではないのだから。


「とはいえ……この城にジッとしているのもどうかって話だが」

『そうだな。我はあなたと旅がしたいものだがな……この世界は確かに酷なことばかりで生物は良く死ぬ。だが美しい場所もある――我が居ればあなたは絶対に傷付かない故』

「……ふむ」


 確かにと、湊は頷く。

 もはや元の世界に戻れないとすれば、湊はその命を散らすまでこの世界で生きることになる。

 殺されてしまったり、病気で急死したりしない限りは膨大な時間を今から過ごすことになる……その時間をずっと、この代わり映えしない場所で過ごすというのは……勿体ない!


「そうだな……確かにタナトスが居るからこそ外を安全に見ることが出来る。せっかくの異世界だしそれもありっちゃありか」

『うむ、まあここが拠点に変わりはないだろうが』

「だな……ここが俺たちの帰ってくる場所、アジトってやつだ」


 タナトスのおかげで湊の心は明るさを取り戻す。

 まあ彼女のおかげでそこまで沈んではいなかったが、それでもこうして立ち上がれたのはタナトスが居たからだ。

 しかしと、湊はある疑問を口にした。


「でもさ……そうは言ってくれたけど、流石にタナちゃんを連れて外に出るのは難しくないか?」

『あぁそのことは心配要らんぞ。要はこの姿のまま外に出なければ良いのだから』

「え……? もしかして人になれたりするの?」

『生憎それは無理だな。だからこうさせてもらう』


 タナトスの体が光を纏い……次の瞬間に、彼女は手の平サイズの小ささへとなっていた。


「ち、ちっせぇ……」

『これであればペットのように説明出来るだろう。仮に怪しまれても我の力は十全に発揮出来るから逃げることも、戦い殲滅することも可能だ』

「へぇ……そいつはすげえや。つうかタナちゃん可愛いな」

『ふふん♪ もっと我を褒めるが良い』


 小さくなったタナトスは湊の肩に乗った。

 見た目はドラゴンのままだが、そもそもここまで小さいドラゴンというのは存在しないためカモフラージュには十分だ。


「……じゃあ、ちょっと外に行ってみっか」

『うむ』


 こうして湊は再び、城の外へと出ることになった。

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