第21話「約束の時間」

 食事と片付けを終えてからは、ルナと一緒にアニメを観ていた。

 本当に彼女はアニメが好きなようで、ジッと真剣に見つめている姿には微笑ましさを感じる。


 ただ、やはり俺とくっついているのが好きなようで、アニメを観ている間ずっと腕に抱き着かれていた。

 その上俺の肩に頭を乗せてきているので、俺はアニメよりもルナに意識が向いてしまい、アニメの内容が全然頭に入らない。


 ずっと、心臓がバクバクと高鳴って仕方なかった。


「――そろそろ、夕食の準備をしよっか?」


 アニメを観続けていたおかげで、気が付いたら夕方になっていた。

 少し早い気もしなくはないけど、ルナと一緒に料理をするので時間は多めに見積もっておくに越したことはないだろう。


「そうですね……」


 ルナは俺の言葉に頷きながらも、壁にかけていた時計をチラッと見る。

 あまり乗り気ではなさそうだ。


「まだお腹は空いてない感じかな?」


 お腹が空いてないのに作っても仕方がないので、ルナに尋ねてみる。


「いえ、そういうわけでもないのですが……そろそろだと思いまして……」


 そろそろ?

 いったいなんのことだろう?


 ――そう思った時だった。

 インターフォンが鳴ったのは。


「あれ、誰か来たみたいだね……。ごめん、出てくるよ」


 ここは俺の住んでいる部屋なので、俺が出るのが筋だ。


 だから、ドアを開けると――

「お待たせ致しました、聖斗様」

 ――アイラちゃんが、立っていた。


 その後ろには、とても不機嫌そうにする莉音が立っており――

「どういう状況……?」

 ――そう尋ねずにはいられなかった。


「私が聞きたいんだけど?」


 俺の疑問に対し、莉音は眉をひそめて首を傾げる。

 彼女の意思でここに来たようではないようだ。


「莉音様にも、ご一緒にお話をさせて頂いたほうがスムーズかと思いまして、勝手ながらこちらにお呼び致しました」


 そう答えてくれたのは、アイラちゃんだった。

 まぁ莉音が自分の意志で来ていないのなら、一緒に来たアイラちゃんが連れてきたというのはわかる。


 だけどまさか、彼女が俺と莉音の関係まで知っているとは思わなかった。


「その割には、私を連れ回していたのはどうしてなのかしら?」


 どうやら莉音は、俺がルナと一緒にいたように、アイラちゃんとずっと一緒にいたようだ。

 だから、制服姿のままなのだろう。


「折角の再会ですのに、第三者がいては邪魔になりますでしょう?」

「はぁ……?」


 アイラちゃんが言っていることは俺にはわかったのだけど、何も知らない莉音は当然納得がいかない。

 機嫌が悪いのは、何も知らされていないのに連れ回されたからなのだろう。


 同じクラスなら仲良くしてほしいと思うけど――アイラちゃん、人付き合いあまり上手じゃなさそうだしな……。


 彼女は丁寧で礼儀正しいところはあるのだけど、他人に対する関心がかなり低そうに見える。


 ただ莉音は、本来なら相手が女の子である以上、相性はいいはずだ。

 男子相手にはかなりの塩対応をする彼女だけど、女の子相手にはとても優しくて気遣いができる。

 だから、アイラちゃんとも仲良くできるはずだけど――連れ回されたことを根に持って、仲良くしないのかもしれない。


「一緒に来たらアルフォードさんと聖斗の関係を教えてくれるって言うから、私はずっとあなたについて回ったのだけど?」

「はい、その約束を今果たさせて頂きます」


 あの莉音がよく、自分の意思ではないのに他人について行ったな、と思ったら交換条件を出されていたようだ。

 やっぱりルナが説明をしてくれなかったのは、アイラちゃんが来るのを待っていたかららしい。


 でも、このタイミング――やっぱり、アイラちゃんの晩御飯も必要だったんじゃ……?


 お昼の買いものをするタイミングで夜の買いものもしてしまったため、食材は俺とルナの二人分しかない。

 もしかしたら莉音の分も必要になるかもしれないので、買い足しに行ったほうがいいだろうか?


「だったら、早く説明をしてくれるかしら?」

「そう焦らないでください。聖斗様、お部屋に上がってもよろしいでしょうか?」


 アイラちゃんはクールな表情で、ジッと俺の目を見つめてくる。

 質問をされているけど、これは選択肢があってないようなものだ。

 ルナのことを知りたいなら、彼女に上がってもらうしかない。


「えぇ、どうぞ中に……」

「敬語は必要ありません。あなた様は、私のあるじのようなものなので」


 会った頃敬語だったことと、アイラちゃんの雰囲気に呑まれたことで敬語を使ってしまったのだけど、必要がないと言われてしまった。

 主のようなものって……やっぱり、ルナがベタベタとしてきている理由と関係ありそうだ。


 ――まさか……あの婚約者発言は、冗談じゃなかったとか……?


「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうね。莉音も……」


 声をかけると、莉音にはゴミでも見るかのような目で睨まれてしまった。


 うん、かなり怒っているな……。

 まぁ俺が元凶と思っているだろうから、それも仕方がないのだけど。


「――いったい何者なのよ、あの子とあなたの婚約者を名乗る子は?」


 アイラちゃんは先に部屋の中へと入り、わざとゆっくりと靴を脱いでいた莉音は、俺と二人きりになったタイミングで質問をしてきた。


 こんな状況にもなれば、当事者に答えを求めてしまうのは当然だろう。

 しかし、俺に聞かれても困る。


「俺も知らないんだ……」

「だと思った……。あなた、いったい何に巻き込まれたのよ……?」


 これは幼馴染だからなのか、意外にも莉音は俺が答えを持っていないことに勘づいていたようだ。

 機嫌は相変わらず悪いようだけど、俺の心配をしてくれているのがわかる。


「巻き込まれたって……それは、わからないけど……でもあの子たち、悪い子たちじゃないと思うんだけどね……」

「いきなり婚約者発言をする子が? 見た目が凄くかわいいからって、流されるのは良くないわよ?」


 莉音が言っていることもわかる。

 いきなり婚約者宣言をされるなんて、普通なら信じられないことだろう。

 でも俺は、ルナと過ごした時間で彼女を信じたいと思っていた。


「とりあえず、話を聞いてみようよ。説明をしてくれるって言ってるんだから」

「はぁ……あなたのお人好しにも困ったものね……。お父さんたちも、頼りにならないし……」


 どうやらここに来るまでの間に、莉音は父さんたちに連絡をしたようだ。


 それもそうか、義兄あにの婚約者を名乗る人物が現れたんだから。


「父さんたちはなんて?」

「何も心配はいらない、としか答えてくれなかったわ。絶対何か知ってるのに、私たちに隠しているのよ」


 あぁ、莉音が機嫌悪かった本当の理由は、それなのか。

 俺に対する態度が柔らかくなっているのは、俺は何も隠していなかったとわかってくれたからだろう。


 父さんたちも知っているとなると、いよいよ婚約者というのが現実的になってくるんだけど……。


「――いろいろとお話をされたいことはあると思いますが、まずは中に入られてはどうでしょうか?」


 廊下で莉音と話していると、突然ルナが声をかけてきた。

 そんな彼女の様子は、先程までの甘えん坊の雰囲気はなくなっており、上品さと高潔さが伺える優しくておしとやかな雰囲気を纏っている。


 やはり彼女は、俺と二人きりの時とは別人のようになるようだ。


「……手強そうな女……」


 ルナを見た莉音がそうボソッと呟いた言葉は、きっと隣にいた俺にしか聞こえなかっただろう。

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