第23話 王妃

 言い当てるような口ぶりで、カロムは、メイドの容姿を纏った現在の国の王妃の名を持つエリザベスの目を真っ直ぐに見た。


「……ふふ」

 エリザベスは車椅子を掴んでいた手を離し、口元に手をあてて上品に笑い声を漏らした。

 ヴァルゼルはダンッと玉座から立ち上がり、机に強く手を叩き付けた。


「なっ、何を言っている! そいつは……っ!」

 机の上に唾が吹き飛ぶほど大声を出す。焦りを物語っているようだとカロムは感じていた。


「もう無理ですよ。彼、カロムはきっと全てを分かり切っているのです。……だってあの時、私に聞いてきたのですから」


 ヴァルゼルとは対照的に、常に冷静な顔と声を崩すことのないエリザベスは、夫である彼に落ち着けと言わんばかりに、片手の平を向ける。

「『ヘリヴラムの血、遺伝子を持つ子供全員に平等なくらいに力をもたらすのか』、なんて。真実とは断言は出来なくとも、あの時には既に予想はついていたのでしょう?」

ニコリと落ち着きある淑女のような顔で、カロムに問い掛ける。

「俺は貴女が何をしたいのか分かりませんでしたよ。自身をシャロンだと化けておきながら、その質問の答えは偽らないのですから。それに会話の節々に意味ありげな言い方を残す。正体を見抜いて欲しいのか、そうでないのか……」

「ふふふ、意味ありげ、そう聞こえましたか?」

「俺のことを『憎い』と言った。立場が逆であるなら分かりますが、預けた貴女が俺を憎む意味が分からない。……貴女が、俺の本当の母親だったならば、の話ですが」


 くすり、と不気味に口角を上げたエリザベスは、無言でカロムを見つめた。そして、車椅子に座った女の肩に手をあてた。女はピクリと声を出さないままで身体だけ反応させた。


「憎い、憎くて仕方なかった。子の貴方も――――この母親も」


 車椅子に座る女は前髪と後ろ髪の区別がつかないほど、黒い髪が全身を覆うように長く、顔もほとんど見えない。エリザベスがカロムから女に目線を移す。それに対応するように、カロムも女へと視線を向けた。


「あの、王妃の部屋に籠る、いや隠されていた彼女こそがシャロン=ヴィンセントだった」

 実の母親を前にしても、カロムは一切動揺も何も示さず、赤の他人のことを説明するようであった。

 女はまた指をピクリと動かす。

「隠されていた、という言い方が正しいのかは定かではありません。あの日、貴方を産み、出産後でようやく身体の体調が優れたかと思えば、子の貴方はもう姿がない。……そして、孕ませた相手……、ヴァルゼルから愛されてもいないと知った彼女は気を病み、この状態です」

 ヴァルゼルは自分の名を口にされ、びくりとしてから机を見るように俯き、舌打ちをした。

 その姿を一目すれば、エリザベスはまたカロムへと身体と顔を向ける。

「元々、ヴァルゼルはこの人に子を産ませる気はなかった。望んだのはこの人です。女だからでしょうか、自分の愛した男との間に出来た子供の顔が見たかった。もう、口もきけませんから、本当のことは分かりませんが」

 エリザベスは、同情でもしたような眼差しを干からびたシャロンに向けた。


「時を同じくして、貴女も子を産んだ」

 寂しそうにシャロンの話をし始めるエリザベスに、カロムは躊躇いなく昔話を続けた。

彼女は一度目を開けば、少し顔を辛く歪ませた。


「……そうです。あの日、私も子を産みました。ヴァルゼルとの子供に間違えありません。私の腹から生まれた子供こそが、国を継ぐべき子だった。王と王妃の子供なことには変わりないのですから」


「……ただ、一つの問題が生じたのですね」

 カロムは辛そうな顔をするエリザベスに釣られ、眉間に皺を寄せ、眉尻を下げながらも、真実を告げていく。


「王家、ヘリヴラムの血は確かに優秀です。しかし、あの時異例の事態が起きてしまった」


 歯を食いしばるようにして、その時のことを未だ鮮明に思い出し、彼女の口は語る。


「私の腹には、二つの命が宿っていた。医師も助産師も、生まれるまでそれに気付かず、出てきた頭が二つなことに驚いていましたよ」



「……ジェラルトは────双子、だったんですね」


 カロムが尋ねると、エリザベスは寂しく泣くような顔で笑い、一つ頷く。

「共にヘリヴラムの血を受け継いだ。その二人が他と同じくしてヘリヴラムの血を受け継げたのであれば何も問題はなかった。しかし、正しいのか分からない残された昔の記録には、同じ時に腹に身籠られたヘリヴラムの子は、遺伝子を分け合うとされていました」

「双子であれば、ヘリヴラムの血一人分が二人に分けられる、ということですね」


 薄々カロムはそう読んでいた。

 自分と同等の力をジェラルトが持っていたとするならば、隠した意味が分からない。王と王妃の子がいるならば、彼女の実の子供が次期国王の座につけるに違いない。俺の存在の有無は関係なく。


 そうはならない可能性があると、当時のエリザベスが思わずにはいられない何か理由があったのだと、カロムが勘繰っていた。

 あの時、カロムがエリザベスにヘリヴラムの血について質問した理由は、これであった。


彼女の答えは正しい昔からの言い伝えであった。


「貴女はその時考えた。王妃との子供でありながら、ヘリヴラムの血を半分ずつしか持たない半人前の子供たちと、王妃との子供ではないが、ヘリヴラムの血を一人分受け継ぐ子供。王がどちらを次期国王として選ぶのか、と」

 そう言えば、エリザベスの顔から笑みは失われ、机に向かって俯くヴァルゼルの方に視線を送る。

「……一瞬で答えは出ました。だから、色々と事が進んでしまう前に、貴方をヴィンセント家へと預けたのです」

 抑揚を失った声がヴァルゼルを責め立てているようであった。表情は見せなかったが、ヴァルゼルは苦い顔をしていた。

「何故、俺を殺すことなく、隠したのですか? 貴女は自分の子供を次期国王にしたかったのでしょう?」

 尋ねるカロムに、エリザベスは笑いかける。


「……何故、と言われるとその時の衝動だったとしか言えません。まぁ、私もこの人と同じく、女で母親だったからでしょうか」

 シャロンはエリザベスに見られても、我関せずと一切の反応を示すことはない。


「子供の死に顔を見るのは辛い。それは実の子でなくとも同じです。あの日、貴方たちに一切罪などなかったのですから。大人たちの勝手に巻き込まれた被害者とも言えますね」


 まるで、自分の子供を見つめるように、エリザベスは憎いと思うカロムの顔を見て小さく微笑んだ。

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