第21話 代役

 処分を下されるはずだったのは、ジェラルト王子を背後から殴り、気を失わせた人間だ。それは、間違えなくデリー=アーバンテだった。

 しかしカロムは、その事実を捻じ曲げ、デリーの代わりになると言い出したのだ。それは彼が善人であったからでも、友人を守りたいなどという自己満足や、自己犠牲でもなかった。

 デリーは驚き、尋ねた。

「代わってほしい、って……、カロム、君、正気かい? もし僕の身代わりとして罰を受けようなんて考えなら――」

 デリーは臆病な性格ではあるが、友人を身代わりにさせることを良しと出来る人間でもなかった。

「違う。俺は罰される気は微塵もない。俺はヘリヴラム王と直接話をしたいだけだ」

 カロムは、処分対象のデリーと彼が入れ代わることを提案した。ヘリヴラム王と話がしたいのだ、と。

しかし彼は処分を受ける気はないと言う。

「それは、どういう……」

 デリーは問いかけようとしたが、目を合わせた友人が気まずそうな表情を浮かべていたことに気付き、喉を鳴らして口を閉じた。

 何も聞かないで欲しい、という顔だとデリーは理解した。カロムから視線を外し、意味もなく、自身の手や足へと目を泳がせる。


(俺はまた、こいつの優しさに漬け込むのか)

 カロムは罪悪感に駆られる。こんな顔をすれば、デリーが何も聞けないことを知っていたからだ。


「っ、わ、分かった。……ただ、もう危ないことはしないでくれよ」

 カロムの腹部に目を向けてから、小さく強めの口調でそう告げる。

「ああ。分かった」

 カロムは少し笑って、自身の包帯が巻かれた腹を撫でた。


☆☆☆


(愛する我が子、ね)


 カロムはその言葉に笑いしか出てこなかった。目の前にいる自分も我が子でありながら、顔も分からないくせに、と。

「二十年前の明日、俺はこの王宮内で生まれた。それは王妃との子ではなく、不倫相手との子供として。シャロン=ヴィンセントとの子供ですね?」

 わざわざ尋ねることもなかったか、とカロムは言い終えてから考えた。

 これは、既に一人の女の口から聞かされていたことであったからだ。

「ヴィンセント……」

 セルラルドは顔を真っ青にしていた。彼も二十年前の赤子の出産時のことは知っているようだった。

「ヘリヴラムの血縁者、とは義父母からも聞かされていました。しかし、まさかここの使用人が実の母親とは思いませんでした」

「何でヴィンセントがここにいると……!」

 セルラルドは驚きの声をあげ、冷や汗を飛び散らせた。

「……貴女の娘さんは本当に有能ですよ。彼女が調べてくれました。さすが、としか言えませんね。俺がヘリヴラムの血縁者であることも調べ上げて、脅してくるくらいですし」

 軽い嫌味を混ぜながら言うと、ルチアーノはジロリと睨むようにしたが、何も言わずに顔をふい、と背ける。

 セルラルドはルチアーノを見ていたが、彼女はそれにも気を取られることはなかった。

「その相手であるシャロン=ヴィンセントに話を聞こうと思い、彼女が王妃、エリザベスの付き人だと言うので、食事を下げに行く時間を見計らい、出てきたメイドに声をかけました」

 すると、ヴァルゼルは顔を歪めた。

彼の冷や汗は加速する。そのことを予知していたかのように、カロムは表情の変化を見ていた。

「そのメイドが教えてくれました。俺が本当にアンタとシャロンの子供だ、と。きっとその言葉に嘘偽りはなかったと思いました。……ただ――――」

 言いかけたカロムは一度、言葉を切る。


 背後にある扉の外から、忙しくバタバタと歩く音と、コツコツと規則的に静かに歩く音が聞こえたからだ。

 ノックもなく、勢い良く重たい扉がバンッと音を鳴らし開かれた。


「つ、連れて、来たよっ」

 扉が開き、すぐさま声をあげ、入って来たのはデリーであった。部屋にいた四人は、扉の方へと視線を集める。

 デリーの後ろに一人、女の影。

 さらに、もう一つの何かが大きく影を作っていた。


「! エリザベスっ!」

 立っていたのは、カロムに真実を告げた王妃の付き人なはずのシャロンと名乗った女。彼女は何かを重たそうに押していた。


 それは車椅子であった。


 そこには力なく、項垂れるように座っている顔が干からびたように痩せこけた女も一人いた。


 三人が現れれば、ヴァルゼルは王妃の名を轟かせた。

「なっ、何故……」

 ヴァルゼルの焦りは増していた。それを見れば、カロムは一つ頷く。

「ありがとう、デリー」

 カロムはデリーにもう一つ頼んでいた。

『王妃とシャロンを連れてきて欲しい』と。

デリーはカロムを見て頷くと空気を読むかのようにして、廊下へと出て今度はゆっくりと扉を閉めた。

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