第17話 戦い方

 既に死の間際であるはずのカロムは、口角を上げた。それにジェラルトは、一度だけ瞬きをしたが、それ以上何か取り乱すようなこともしなかった。


(……やっぱりな)

 カロムが笑みを浮かべたのは、勝利を確信したからではない。彼の笑みは、自身の考えた妄想話を真実へと変えることが出来る確証に近いものを得たからである。

 耳横までジェラルトの剣が降りてきて、やっとカロムは声を荒げた。


「っ、デリー!!」


 カロムは友人デリーを叫ぶ。

下腹部が斬られ、上手く発することも困難な中で出来るだけ大きく叫んだ。

デリーは顔を青くしたまま、ハッとしてカロムを見つめた。床にへたり込むデリーはカロムの声に集中する。

「剣を、持てっ!!」

 そう叫んだカロム。腹に力を入れれば、血がじんわりと湧き出る。それと共に痛覚が働く。

痛みに顔を歪め、冷や汗も流れる。

デリーは自身の腹に巻かれた鞘に収まる剣に視線を落とすが、手に取ることは出来なかった。

「む、むりだ、ぼくじゃっ」

 情けなく、床に座り込む自分ではジェラルトをどうにか出来ないとデリーは、自身の力を理解していた。

「持て! もう、たてる、だろっ!」

 何もカロムは剣を振るわずに勝とうとなんてしてはいなかった。避けるようにして寸前のところで剣を受けていたのは、デリーの抜けた腰を立たせるための時間稼ぎであった。そして、後ろに退くことで、デリーから離れ、彼にジェラルトの剣が向かないようにしていた。


「あんな餓鬼に何が出来る。腰も抜かすような弱者に」

「そう、だ、僕じゃ……切れないよ、殺すなんてっ」

 ジェラルトがデリーを嘲笑するようにそう言った。言われた本人もそれに同意するような言葉を呟く。


「殺さなくていい! 剣を持て、立て!」


「私を殺さずして、お前を助ける方法などない。……まぁ、あれに私を殺せるとも思えんが」

カロムはそれでも、デリーに「立て、剣を持て」と騒ぐ。その度に血が流出していく。段々と出せる声量も弱まる。

 自身の首に剣が近付くにも関わらず、友人を鼓舞するだけで、悲鳴もあげない。

 デリーは俯きながらも、斬り裂かれそうな友人が自分を呼んでいることを無視出来ず、立ち上がる。腰は立ったが、今にも崩れ落ちそうな膝の震えが止まらない。そんな姿で小刻みに震えた手で剣の柄を持つ。

 しかし、剣を引き抜くのを恐れ、鞘から出すことが出来ない。


「斬らなくていいっ、剣を振れ!」


「……えっ!?」

「何を馬鹿な事を……」

 ようやく立ち上がった友人に対して、意味の理解出来ない言葉を放ち出す。デリーは驚き、ジェラルトは呆れ果てているようだった。


「殺すな、斬るなっ、剣を振って、当てろ!」


 デリーはポカンと口を開いた。カロムが何を言っているのか、理解出来なかった。それはジェラルトも同じで、ついに頭がどうかしたのか、と考えていた。


 しかし、カロムに庇われ後ろに座り込むルチアーノが数秒考え込んでから、彼の言葉の意図を汲んだ。

カロムの脳内には、どうして欲しいという想像はあるが、今の彼に正しくそれを友人に伝えれる言葉を考える余裕はなかった。

庇われたルチアーノは、カロムの叫ぶ言葉の意味を正しく解釈し、デリーに伝えることが出来た。


「デリー君!!  鞘に収めたままで斬りつけるように、首の後ろを叩くのよ!」


「え、え、なん……っ」

 混乱していたデリーであったが、彼もようやくカロムの言葉の意味を理解出来たようだった。そうすれば腰についていた剣を鞘から抜かないまま、鞘ごと手に握る。


(授業全てに真面目に取り組むデリーなら……、人体の何処に衝撃を与えれば、人が気を失うかくらい知っているはずだ……)


 カロムはデリーが人を殺すことを嬉々とする思想を持たないことを知っていた。努力家で大真面目な彼であれば、剣術実践の授業や座学授業どちらかで一度は、教えられたであろう人間の身体の構造についてを覚えていると確信していた。

才能はなくとも、剣を構える正しい姿勢などは、カロムよりも知っているであろう。

 しかし、そこまで話が飛び交えば、ジェラルトも何をされるか想像は容易い。先に背後を狙うであろうデリーに矛先を向けようと、一度カロムを斬り裂こうとする腕の力を緩めた。


「っ!? 貴様っ!」


 一瞬の力が抜ける隙を見逃すことは無かった。

カロムは何とか力を込め、ジェラルトの剣先が床に向くように、自身の剣を横に倒すようにして振り下ろす。少し力めば下腹部からジワリと出血し、痛みもこみ上げる。腕の震えも止まらない。

 デリーは未だに怯えていた。それで上手くいかなければ、自分にそんなこと出来ないと自己嫌悪が彼を襲っていた。


「デリー君! 貴方がやらなきゃ私たち全員斬り殺されるわ!」

 もう声を張り上げることも難しいカロムに代わり、ルチアーノがデリーを鼓舞する声を上げる。

「でっ、でも」

「貴方なら出来るわ!」

 その時、デリーの頭には以前、カロムに言われた言葉が過った。


 ――――『……お前なら誰かのために頑張れるだろ』


 呼吸を乱し、腹からは血が滴り落ちている。そのくせに、デリーに矛先を向けぬようにと痛みに耐えるカロムを一度見てから、デリーは深呼吸をして剣を強く握り締めた。

 徐々にジェラルトの背へと近寄る。足がすくみそうになるが、すぐそこに矛先があるのに自分を助けようとしているカロムのことを考えれば、足を進めることが出来た。

 デリーは実技で習ったように床を押すようにして足を踏み切った。斜め上に鞘のついたまま剣を振り上げる。狙うは首の後ろ。そこに衝撃を与えれば、人は気を失うことがある。

眠たい座学の授業で彼は、それを学んでいた。


 ガンッと少し鈍い音がジェラルトの後方から聞こえた。


ジェラルトの腕の力は抜け、剣がするりと手の中から落ちた。

 カラン、カラン、と音を鳴らし、剣は数回揺れて床に静まるように止まった。

 ジェラルトの身体が横にぐらりと揺れた。そしてそのまま、踏ん張ることもなく、重いドンッという音をたてて、その場に寝転ぶ形になった。そこからピクリとも動かない。


 ルチアーノがゆっくりと立ち上がり、動かないジェラルトに近寄る。狸寝入りであれば危ないところだが、剣も床に落ちていることから、そんな訳ないと、ジェラルトの身体を仰向けにする。

 ジェラルトは微かに瞼を開けているが、そこに瞳はなく白目になっており、気を失ったことが確認出来た。

 そこにルチアーノは、ホッとしたが、横にいた男が何も音を発していないことに気付いた。


「カロム君! カロムくっ……」

 カロムも剣から手が離れ、蹲るようにしていた。腕に抱えた腹からの出血は止まっていない。ジェラルトと同じように、顔を見ようと身体を起こせば、傷口から赤黒い液体が垂れていた。

ルチアーノの掌にはべっとりとその液体が貼り付いた。

「カロムっ! おい、しっかりしろ!」

 カロムはルチアーノとデリーの呼びかけに応じることなく、冷や汗を垂らしたまま瞼を閉じている。唇の血色が非常に悪く、肌も白くなり、微かに息だけをしているようだった。

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