第4話:BETAハ人類ヲ救済シマス

――新宿区、新宿警察署

 空が夕日に染まった頃、赤羽たちのクラウンが所属である新宿警察署に到着した。

車を降りた赤羽たちは蒸し風呂状態になっている外気に圧倒され、逃げるように署内に駆け込んだ。

「歩くん、傷ついちゃいましたよ?」

 桐谷がワイシャツの襟元をばたつかせながら、頭から噴出し始めた汗をハンカチで拭っている赤羽をいさめる。

 桐谷の言葉に目だけで反応した赤羽は鼻で笑った。

「あのくらいで傷付くなら、親の言うとおりに生きてた方が良いさ」

 エレベーターが到着し、赤羽は軽口を叩きながら乗り込む。

 それに桐谷はやれやれと呆れながら彼に続いた。

 二人が四階の会議室に到着すると入り口前に捜査本部立ち上げの看板を設置している最中であった。

 集まっている面々は思い思いに仲間内で談笑をしていたり、看板と記念撮影をしていたり、独り用意された資料に目を通していたり様々であった。

 赤羽たちは人が死んでいてヤクザとマフィアの抗争も起きかねない事態であるのに半ばお祭り騒ぎ感覚の署内の連中に辟易しながら、会議室を見回して自分たちの席を探していた。

 すると進行役の刑事が赤羽たちに声をかけた。

「警部、お待ちしておりました。お席へご案内します」

「随分気合が入ってるな」

 皮肉交じりに赤羽が訪ねる。

 進行役の男は愛想笑いを浮かべながらペコペコと頭を下げながら答えた。

「大使館から圧力が入りまして。遺体を早く引き渡せと」

「ご苦労なこった」

 自分の縄張り内ではいい加減な癖に、それが管轄外に出た途端騒ぎ始める。

 お役人然とした有り様に赤羽は呆れながら案内された席につき、煙草に火と点けようとすると、進行役の男にライターを押さえられた。

「署内禁煙です。お忘れですか?」

 赤羽は舌打ちをして煙草を背広のポケットに突っ込んだ。


 捜査本部立ち上げ会議が始まり、進行役の刑事が報告書を読み上げている。

「昨夜未明、新宿区歌舞伎町にて人類統治共和国系マフィア、黒龍商会のメンバーによる銃乱射事件が発生しました。」

 先ほどのお祭り騒ぎとは打って変わり、会議室内は皆、その事件の重さに静まり返っていた。

「これにより被害者は三名、遺体は全身に数十か所撃たれたため損傷が酷かったものの、黒龍商会所属構成員、チン・ケンミンとシュウ・フゥアの二名。そしてこちらは一般人と思われますインド国籍の男性。所持品からシュルティ・ウパニシャド氏と推定しました」

「ニュースでも聞ける情報はどうでも良い! なにか追加情報は無いのかね!?」

 役員席に座る署長が怒声を上げた。

 詰まるところ警察は現在この事件について起こったことしかわかっていない。

 犯行グループの組織図、犯行目的、そのなにもかもがわかっていないのである。

 このままでは第二第三の事件が起きるのは時間の問題であった。

「検察官より検死結果の報告があります。シュルティ氏は散弾銃による外傷性脳損傷。チン氏とシュウ氏も同様に死因は脳損傷であることは確かなのですが不審な点が多く、調査を続けるとのことです」

「不審な点とはなんだね?」

「あっ、はい! それについては私が」

 赤羽が桐谷に肘をつき、気付いた桐谷が慌てて挙手し、報告を始めた。

「刑事四課の桐谷です。今朝現場調査を行ったところ、不審な点は三点、ありました。ひとつはシュルティ氏の死因となっている散弾銃が現場に無かったこと。チン氏とシュウ氏が所持していた銃器はマカロフであり、現場周辺には空薬莢も散見されたことからチン氏とシュウ氏は発砲をしているのですがシュルティ氏に9ミリ弾による銃創は見られなかったこと。そしてシュルティ氏の遺体周辺に散弾銃の8ミリバックショット粒弾の他に人体に命中したと思われる変形した9ミリ弾の弾頭も散見されました」

 桐谷の報告を遮って赤羽がスマホを弄りながら立ち上がり、メールを読み上げる。

「えー、加えて、ついさっき検察官から届いた調査報告ですが、シュルティ氏の遺体頭部から硝煙反応が見られるのに対し、チン氏、シュウ氏の遺体頭部には火薬など含め、それら反応が見られなかったとのことです。つまりチン氏とシュウ氏の死因は散弾銃や爆発物の類いでは無いということになりますな」

 赤羽の報告に会議室内はざわつく。

「どういうことだね?」

 怪談を聞かされているように、署長は尋ねた。

「さぁ? 弾も当たったけど中から出てきてついでに傷も塞がったんですかね? アニメみたいに」

 赤羽はお手上げと言わんばかりに肩を竦めて答える。

「もういい! 例の女性の消息についてはどうなっている!?」

 赤羽の態度に気分を害した議長が机を叩いて促す。

「それについては私が。捜査課の松戸です」

 赤羽と桐谷と入れ替わるように捜査課の松戸が挙手し、起立した。

「本日周辺地域の聞き取り調査を行ったところ、明治通り付近でその子供の目撃情報があったそうです」

 明治通りと言う単語に赤羽は反応した。

「またこの子供が明治通りを横断しようとした際、車に撥ねられ、そのまま連れ去られてしまったとの情報がありました」

「ヨウさん」

「シッ」

 松戸の報告内容に桐谷も気付き、赤羽に耳打ちするも赤羽はこれを制止した。

「なんで連れ去った? 轢き逃げを隠ぺいするため?」

「事故現場に監視カメラは無かったのか?」

「残念ながら」

 役員たちが松戸の報告に質問するも、松戸は目を伏せて変わらず子供が行方不明であると答えた。

「まぁ、日が暮れてから引き続き聞き取りですかね」

「雲雀任侠会の会長と黒龍商会の代表に早いところ根回しをしておかないと、抗争に発展しかねません。優先すべきはそちらかと」

 役員たちが話し合っていると会議室のドアが勢い良く開き、警官が慌てた様子で入ってきた。

「失礼します!」

「なんだね、君は! いま会議中だぞ!」

「すいません、しかし遺体が!」

 署長が警官を叱責すると焦っているというより、怯え切った表情をしていた警官が慌てて姿勢を正し、敬礼する。

「い、いい遺体が! 逃げ出しました!」

 警官のこの一言で会議室は騒然となった。


――場所戻り安達家、歩の部屋

「これがその薬?」

 真理たちがロボットと一緒に回収したアタッシュケースの中には、真空パックされたパウチがひとつと、アンプルが二本入っていた。

 真理はアンプルの一本を取り出し、まじまじと眺める。

「ソウデス。BETAト言イマス」

 真理からBETAを返してもらうと、ロボットはアタッシュケースにそれを戻して閉じた。

「こんな薬が新宿のど真ん中で銃撃戦するだけのモンなの?」

 真理は大事そうにそれをしまうロボットの姿をくだらなさそうに見ながら缶ビールを傾ける。

 ロボットは二人に向き直り話を続けた。

「BETAハ人類ヲ救済シマス」

「人類を?」

「救済?」

 二人はその荒唐無稽な話に思わず聞き返す。

 すると下階からインターホンの音が響いた。

「あゆむなにアレー!? クルマ!! ベコベコじゃん!?」

 声の主は大家であるえりなの娘のいのりであった。

 歩とは幼馴染である。

「アンタ約束してたの?」

「あー、今日、買い物付き合うの忘れてた」

 頭を搔きながらいのりが上がってくる前になんとかしなければと考える歩。

「とりあえず行ってきな。コイツはアタシが見ておくから」

「私モ構イマセン。行ッテクダサイ」

「ケンカすんなよ?」

 真理とロボットに促され、手早く支度を済ませた歩は部屋を出て階段を降りて行った。


 玄関にはむくれっ面のいのりがスマホを弄りながら待っていた。

 オフショルダーのピンクのブラウスに白いカットジーンズと活動的な彼女らしい服装だが、ただの買い物にそこまで気合を入れなくてもと歩は思った。

「買い物、付き合ってくれるんじゃないの? いつまで経っても来ないんだから」

「わりぃわりぃ、完全に忘れてた」

 歩はとりあえず変に勘繰られないよう、早く彼女を家の外から出すために取り繕う。

 歩は外に出て車のエンジンをかけ、冷房を全開にし蒸し風呂状態となっている車内を冷やす。

 いのりはその様子を揶揄う様にスマホで写真に撮るのだった。

「やめろよ写真撮るの」

 約束をすっぽかしたお返しとばかりにスマホを構える幼馴染に苦言を呈する歩。

「いやこれは撮らなきゃでしょ。不肖安達歩くん、免許取得ひと月で車を大破させる。バズるっしょこれ」

「人をオモチャにするなよな」

 いのりはこうなったら自分が満足するまで弄るのを止めない。

 歩は好きにしてくれと無抵抗を貫くことにした。


 アイスを奢ることを条件にSNSに晒さない契約を結んだ二人は玄関脇、真理の寝室に併設されている縁台で冷凍庫から出したチューペットを食べながら車内が冷えるのを待っていた。

 縁台脇にはひっそりと手作りの墓が建っており、その墓標には子供の字でタロと書かれていた。

 二人はチューペットの欠片をそれぞれ、その墓前に添えた。

「で? クルマ、どうしたの?」

 チューペットを半分食べた辺りで、いのりが切り出した。

「それは……。昨日の晩にちょっとぶつけちゃって」

 彼女の質問に気まずそうに答える歩。

 厳密には更に色々大変だったのだが、余計なことは知られたくないので黙っていることにした。

「昨日やっぱいたの? 歌舞伎町?」

「そりゃ、真理ちゃんのお迎えだったからな」

「こいつ! ……心配したんだぞ? LINEずっと無視だし」

 自分の心配も知らないでぶっきら棒に答える歩にいのりは肘打ちで抗議する。

 いのりと歩は同い年で誕生日も歩の方が先だが、いのりはお姉さんぶることが多い。

 これは安達家と上田家の関係性から遠因するものもあるが、幼少期、歩はその家庭環境からいじめられることが多かった。

 それをいつも庇ってきたのがいのりであった。

 そのためこの態度も身体のあちこちもデカい幼馴染は、いつしか歩を尻に敷くようになっていた。

「えっ!? そうなの!?」

 今日は起きてからスマホを一度も触っていないことに歩は思い出した。

 スマホの通知音が一度も鳴っていなかったから気付かなかったのだ。

「また充電切らしてるんじゃない?」

「あっ! あーあ、やっちまった」

 いのりに指摘され、今日初めてスマホを見ると言われた通りバッテリーが切れていた。

「ほら。寝る前に充電器に繋ぐくらいしなよ」

 いのりはトートバッグからモバイルバッテリーを取り出し、歩に渡す。

「わりぃ」

 歩はいのりから受け取ったバッテリーを取り付ける。

 しばらくするとスマホが起動し、いのりや学友たちからの通知が大量に流れ慌てふためいた。

「こりゃ返信が大変だ」

 通知画面をのぞき込んだいのりがケタケタと笑う。

 部活帰りでシャワーを浴びてから来たのだろう。

 いのりの髪からコンディショナーの香りが鼻腔を抜け、歩はドキリとした。

「で、逃げてる時にぶつけちゃったと」

「まぁ大体そんな感じ」

 チューペットを食べ終わる頃、歩のいのりへの騒動の経緯の説明が終わった。

 ロボット関連の話題は意図的に伏せながら。

「ヨウさんかわいそー」

 空の容器を歩に渡すと空を仰いでいのりは眼前のスカイラインの元の持ち主に同情した。

「ヨウさんはそんな気にすんなって言ってたし」

 いのりの悪者のような物言いに弁明する歩。

「そりゃそういうよ。初心者マークなんだし。今後は気を付けることだね」

「うっせーな。そろそろ冷えたんじゃねーか? クルマ出すぞ」

 歩もチューペットを食べ終わると立ち上がり、ゴミを捨てるために一度家に戻っていった。

「うん。じゃーね、タロ。買い物行ってくるね」

 いのりは子供の頃二人で作った手作りの墓に声をかけて助手席に乗った。

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