第35話 小針浜さん視点② 子宮を失ったら

 やばい、やられる、と小針浜は思った。

 思ったときにはすでに、仲間の一人が首から血を噴き出して倒れていた。

 ワーキャットの少女がその爪で首筋を掻き切ったのだ。

 少女は裸にバスタオルを胸と腰に巻いているだけの恰好。

 お尻から黒い尻尾がのびてうねっている。


 返り血を浴びて全身を赤く染めたワーキャットが小針浜を見た。

 その瞬間、小針浜の背中に冷たいものが走った。

 緑がかった金色の中に黒く輝く大きな瞳。

 まさに猫のそれだった。

 だが思い起こさせられるのは飼い猫の瞳ではなく、獰猛な猛獣の目。

 冷たく、鋭い視線。

 ぞくっとした。

 捕食者と、被捕食者。

 人間の本能に刻み込まれた、強者への畏怖。

 ミャロの視線に、小針浜は本能的にすくみあがって恐怖を感じたのだった。


「…………‼」


 無言でAKの引き金を引く。

 ダダダンッ!

 銃口から7.62x39mm弾が三発発射される。

 だがその弾丸がワーキャットを捉えることはなかった。

 ミャロはすでに隣の隊員にとびかかっており、その隊員は、


「うごぁ……!」


 とうめきながら倒れる。

 だめだ、やられる、そう思った小針浜の脳内は一気に焦燥と混乱に満たされた。

 冷静さは失われ、恐怖という感情にすべてを支配される。


「こンのォォォォ!」


 叫びながら男を担いだワーキャットめがけて引き金を一気に引く。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダン!

 すぐに全段撃ち尽くすが、ワーキャットはほぼ棒立ちになったままこちらを向いていた。


「そんな撃ち方しても銃口が暴れて当たるわけがないでしょ、小針浜さん……」


 三崎が呆れたように言う。


「にゃにゃ。よける必要もないにゃですよ?」

「うるさい!」


 小針浜はそう言ってマガジンを再装填する。

 そんな小針浜に三崎が静かに言った。


「もうやめにしませんか? 俺たちはただ地上で静かに暮らしたいだけ――」


 小針浜はその言葉を最後まで聞くことはなかった。

 聞かずに、再びAKを三崎とミャロに向け、

 ダダダダダダダダダンッ!

 と連射する。


防護障壁バリアー!」


 三崎が叫ぶ。

 いくつかの弾はヒットしたが、すべて簡単にはじかれてしまった。

 ほかの隊員たちはあきらめたのか、銃を置いて両手をあげている。


「降伏したら殺しません。小針浜さん、頼むから――」


 その三崎の言葉を最後まで聞かず、小針浜は腰に下げていた手りゅう弾を取り出すと、ピンを抜いて投擲した。

 小型の鉄の塊は、カン、カン、カン、と床を転がっていき、三崎とミャロの足元で爆発した。

 爆風でダンジョン内の空気が震える。

 爆発の熱を頬に感じる。

 こんな攻撃では殺せないかもしれない。

 だけど、モンスターに降伏するくらいなら、死を選ぶ。

 モンスターに襲われて食われて死んだ親友に顔向けできない。

 もう一個手りゅう弾を投げようとしたとき――。


空刃ハンギンカッター!」


 煙の向こうから、魔法で生成された空気の刃が飛んできて、まず小針浜の左腕を切り落とした。

 ボトッ、という音とともに腕が落ちる、ああ私の腕ってわりと細いじゃん、二の腕も引き締まっているし、毎日訓練にはげんでいただけあるわ、と思い、次にもう一つの空気の刃がとんできて、今度は右腕を根元から落とされた。

 あらら、両腕失っちゃった、これからオナニーしたくなったときはどうやればいいのかしら、そう思った次の瞬間には目の前数センチ、瞳孔のピントも合わなくなる超近距離にミャロの顔があって、


「腹わたから食い散らかしてやるにゃですよ?」


 と言われ、ああ、胃や腸ならいいけど子宮を失ったらオナニーできないじゃん、と思って、死んだ親友の顔を思い浮かべ、ごめん、と彼女に心の中で謝って、モンスターごときに食われるくらいなら自害しようと思ったけど両腕がないのでもう無理、じゃあ最後まで抵抗してやる! と思って目の前にあるミャロの鼻先にかみついた。


「いでででででででで!」


 ミャロに突き飛ばされてふっとばされ、小針浜は両腕があった場所から多量の出血をしたまま、意識を失った。


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