成井 斑

32:結

「いやーそれにしても、急にバイトが二人もぬけて、宇田川くんまで入院したから大変だったよー。佐倉さんは結局、行方不明なんだってね」


「へぇー。そうなんすか」


「清野さんもいなくなっちゃったから、新しいバイト募集しないとね」


「……誰でしたっけそれ」


「まあ、地味な子だったからねぇ」


 宇田川と店長の話を聞きながらコーヒーを飲む。

 獅子身中の虫……清野芽依には気の毒だが、契約は破ったことにはならない。

 人間はなんでも忘れるもんだから、こいつを放置して、妙なヤツらに悪用されても面倒だしなぁ。


『あいつもお前のお気に入りなんだろう? 記憶を消すとは思わなかったが』


 オレの一番のお気に入りは静だってぇ。

 まあ、気に入ってたから記憶を消してやったってのもあるが。

 普通のやつに、好きな子が死んだり、化物に襲われた記憶があったんじゃ遅かれ早かれぶっ壊れちまうだろ。まあ、清野ちゃんって子には騙し討ちをしたみたいになっちまったが。


 コーヒーを飲みながら、サングラス越しに宇田川を見る。

 怪訝そうな表情を浮かべた宇田川は、オレに気が付いて形式だけのお辞儀をした。

 両親の記憶もちょっといじってやったから、オレと関わったことなんて覚えていないだろう。その方がいい。

 あとは、調子を取り戻したらしい猶村なおむらをからかいにでもいくか。獅子身中の虫を供養して貰いたいし。


『獅子身中の虫と極楽トンボが混ざった厄介な妖怪あやかしだ。面倒だが元の社に戻した方がいいだろう』


 オレが食っても良いんだけど、今はしぼりっかすみたいなもんでうまくなさそうだしな。

 空になったカップをそのままにして、オレは席を立った。うまく記憶をいじれているか気になって立ち寄ったけれど、うまく日常に戻れているようだし、他のヤツらの記憶をいじるまでもないみたいだ。

 

「ありがとうございましたー」


 宇田川のやる気のない見送りの言葉を聞きながらもうオレなんかの世話になるなよな。そんなことを心の中で思いながら、オレは店を出た。


―完―

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