魔法暴発

 焼け落ちた廃屋の周りには紺のローブの魔術師達が調査をしているようだったが、散り散りにもぬけの殻となった街へと飛び出して行った。

 ここに残るのはクシェルとオレアンダーとウィリアムの三人だけだった。

 ウィリアムはライナが残した黒い魔法陣の跡を睨みつけるように、一心に調べていた。

 

 ライナが壮絶な最後を迎え、クシェルはしばらく言葉を発せずにいたが、やっと少しずつ回り始めた頭で気にかかったのはやはりオレアンダーの身体のことだった。

「オレアンダー、やっぱり顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

アイテムで回復したとはいえ、常日頃のように本調子ではなさそうだ。どこか動きも緩慢としている。

 聞いているのか、聞いていないのか、それとも疲れているのか。深く考え込むような仕草をするオレアンダーはクシェルの問いを返さなかった。しばらく沈黙が続くと結論が出たとばかりにボソリと呟いた。

「一回診てもらうか…」

「診てもらう?ああ、病院か」

クシェルが問うと彼は無言で頷いた。とりあえずオレアンダーは病院に行くようだ。確かに満身創痍だったし一度診てもらった方がいいだろう。

「なあ、俺も付き添っていいか?」

 もともとこの怪我は自分のせいだ。責任を感じているし心配なのでクシェルも彼と共に行くと申し出るが怪訝な顔をされてしまった。

「はぁ?何言ってるの?君を診てもらうんだよ」

「え?なんでだよ。俺はいいよ。お前の方がボロボロだろう」

 大した傷もないのだ。必要ないだろう。理解できずクシェルが突っぱねるも、オレアンダーは憮然として返してきた。

「再生魔法を舐めないでよ。ほら元通り。でも君は毒だって浴びてたし、変な薬も嗅がされただろう?」

 確かに彼の言うことも一理ある。

しかしライナが言っていたこもは本当か嘘か定かではないが、もし妊娠が判明すれば彼は何と言うのだろう。

 病院で検査などすればきっと明るみになるだろう。ドクリと心臓が大きく音を立てると、クシェルは途端に大きな不安に苛まれた。

「…クシェル?顔が青いけど、気分が悪いの?」

 オレアンダーが心配そうに覗き込んでくるも、最後に彼と会った嵐の夜のことをまざまざと思い出してしまい、精神のバランスが崩れるのを感じた。

 するとクシェルの中で何かが切れる様な音がした。

身体はボウっと光に包まれる。突如、夥しい数の荊の蔓に周りを囲まれた。

「え?嘘、またか?」

 再度の魔術暴走に慌てるクシェルを置き去りに荊の群れはオレアンダーに襲いかかった。

「オレアンダー!」

 オレアンダーがひらりと飛び上がり、短く呪文を唱える。すると輝く琥珀の剣が現れ迫り来る荊を薙ぎ払った。

「ウィリアム、先生の読みは当たったみたい」

 オレアンダーの呼びかけに駆け寄ってきたウィリアムが氷剣を振るうと無数の氷柱が凄まじい速さで降り注いでくる。

「ウィル、やりすぎ!」

 珍しくオレアンダーが声を上げたがそれどころではない。

「なんなんだよ!一体」

 避けきれない!

 クシェルが自らを庇う様に抱える。しかし、一向に衝撃はやってこなかった。

「ん?」

 恐る恐るクシェルが目を開ける。辺りをそっと窺うとクシェルの周りを巨大な土壁が囲み、氷柱を遠ざけていたのが見えた。

力が抜け、クシェルはその場にへたりんでしまう。

 とりあえず助かったことに変わりないが大きな違和感を覚える。クシェルは花葉術は使いこなしてはいるが、地の術は使ったことはなかった。

 果たして誰が発動させたのだろう。オレアンダーだろうか。しかしウィリアムの様子からそうではないことが窺えた。

「地のエレメントと花葉術をここまで使いこなすとは…かなり出来るな」

 側にウィリアムが降り立ち、興味深そうに呟きクシェルを覗き込んできた。こんな時まで良く言えば冷静、悪く言えば呑気だ。

 さっきまで彼に殺されかけていたクシェルだったが、あまりにもいつもと変わらない彼の姿に呆れてしまい言葉が出ない。

「…ウィリアム、探究心が強いのも大概にして」

 脱力した様子のオレアンダーがぼやきながら近寄ってきた。探究心とは一体なんのことだろうか。少し疑問に思うも、起こった衝撃が大きすぎてクシェルは些細なことと聞き流してしまった。

 とりあえずこれ以上ウィリアムは攻撃することはないらしい。それにホッとするも束の間緊張が解けたせいか腹部に鈍い痛みを感じた。

「うっ、ぐぅ」

「熊殺し?なんだ腹が痛いのか?」

「クシェルっ」

 駆け寄ってきたオレアンダーにクシェルは抱き止められた。

「ギレス先生、狙い通り彼の腹部から魔術発動が見えました」

「…そう、じゃあお願い」

「担ぎましょう」

 話の流れからウィリアムが攻撃したのは、何か考えがあってのことらしいが。目的は依然不明だ。

 クシェルは二人がかりで担がれ、身動きが取れない。

「な、降ろしてくれ!」

 クシェルが叫ぶとまたどこからともなく蔓が這って来て二人に絡みついた。しかし先ほどと違っていささか勢いがないようだ。

「うっとうしいな」

「いい子だから、大人しくしてて」

 蔓に悪態をつき、あしらうウィリアムと対照的にオレアンダーはまるで子供を宥める様に話しかけている。

「げっ、なんだこれ!?」

 落ち着いてきたクシェルがよくよく見ると蔓は自分の腹部淡く光りそこから伸びていることに気づいた。思わず声を上げて狼狽する。

「熊殺し。暴れるな、精神を乱すな」

「へ?」

「その魔法はお前の精神の乱れから来ている」

「なん、だよそれ」

「…やはり瞬発力はあるが、持久力はないようだ」

ウィリアムの呟きにオレアンダーはただ頷くだけだった。


 担がれるがままに移動魔法を使われたかと思うと、白い床に壁、広い廊下がどこまでも続いていく場所に出た。消毒の匂いが辺りに漂い

まるでサナトリウムを思わせるような清潔さだった。

「な、なんなんだよ、離してくれよ」

抵抗しようとするも、担がれ力が入らない。

気づいたらまた蔓が顔を出していた。ビッタンビッタンと音を立ててウィリアムを執拗に攻撃しようとしていた。

小さな診察室のような場所に通されるとクシェルは小さなベッドへどさりと落とされた。

「ここ、どこだよ」

「エゼル大学の附属病院だよ」

「へ?」

エゼル大学に附属病院があることをクシェルは今更ながら驚かされた。

「鬱陶しいな、この蔓。まったくどういう躾をしているんだ」

 驚いた途端ウィリアムに思いっきり頭を引っ叩かれる。何が何だかわからずクシェルは目を白黒させるばかりだった。

「いってぇ!くっそ、ひでーな、ウィリアム。お前の親の顔がみてぇよ!」

 クシェルが悪態をつくと廊下に続く扉の向こうから顔を出す人物がいた。

「…こーんな顔ですけど。すみませんね、うちの息子は口が悪くて」

「…へ?」

うちの息子という言葉にクシェルは目が点になってしまった。

「先生…」

 オレアンダーが焦ったような声を出し、近寄り言葉を掛けようとするも、ウィリアムの親を自称する『先生』は笑いながらそれを制した。

「ごめんなさい。ちょっと時間がなくて、オレアンダーもウィルも手伝ってね」

 白銀の髪に中性的な顔をした細い男だった。白衣を纏い、柔和な笑みを携えながら物腰柔らかく話す様はとてもオレアンダーの先生とは思えないほど若く見える。ましてやウィリアム位大きな子供がいるようにもとても見えず。クシェルは驚きで目を見開いた。

「どうも、クシェル君。私はヒース•クライネルトです」

 彼はにっこりと破顔すると眼鏡のつるを押し上げる。そんなヒースに戸惑いながらも押さえつけられたクシェルは無理な体制のまま頭を下げた。

 オレアンダーがこっそりと耳打ちしてくる。

「俺の先生。医療魔法の研究を始めた開拓者だ」

 魔法だけではなく、魔法を用いない医療に関しても強い関心をしめし日夜研究に勤しんでるらしい。その研究のためにも魔力を用いない人間の医師資格までとったキレ者とのことだ。

 

「はーい、怖くない怖くない。ほら二人とも早く抑えつけてください」

 まるで子供でも扱うようなヒースの態度に懐柔されたのかひっきりなしに這い出てくる蔓も心なしか大人しくしてくれているようだ。

 うねうねと動く蔓の機嫌をとりながらも、オレアンダーはクシェルの手をそっと握ってきた。

 閉じられた部屋がふっと暗くなるとクシェルの側に置かれた大きな水晶玉に微かな光が灯る。それが合図のようにヒースの手がクシェルの腹部へとそっと置かれた。

「すみませんね、うまく映らなくて。魔道具を使いたかったのですが。時間がないので今日はチャチャっと魔法で診ていっちゃいますね」

「いえ…むしろ突然すみません」

ヒースの温和な態度にクシェルは恐縮してしまう。本当にあのウィリアムの父親なのだろうか。とても信じられなかった。

ふと視線をウィリアムに向けるも質問は受け付けないとばかりに、あからさまに目を逸らされてしまった。

 水晶玉の中に映り込み、徐々に浮かび上がったそれはクシェルには宵闇に浮かぶ星々のように輝いて見えた。

 想像していた以上に人の形をした影にクシェルの胸には言葉にならない感情が心を覆い尽くした。

「聞こえますか?赤ちゃんの心音」

 トクリトクリと心音が室内に響き、改めて自分の身体のうちに息づく命の存在を突きつけられる気がした。

 側に立っているオレアンダーの顔が見えずそのことがクシェルを不安にさせるも、握られた手は温かく離れることはなかった。

「オレアンダーから聞いた情報と照らし合わせると、おおよそ三ヶ月に入るとこかな。ここが頭、足。うん、立派な胎児です」

 水晶玉の中に映る胎児を指差しながらゆっくりと説明される。

 ライナが言っていたことは本当だった。

 喜びと戸惑いが入り混じる感情がクシェルの胸を渦巻き始める。

「母体が精神的に負担を感じて胎児が本能的に魔法を発動。精神負荷を与えてくる者に攻撃してたんでしょうね」

 ヒースの話によると嵐の夜の魔法暴発や今這い出てきている蔓はお腹の中の子供の仕業だったらしい。クシェルはその事実に開いた口が塞がらなかった。

オレアンダーに視線をやると彼は頷いた。

「先生が助言してくださって、やっと俺も気づいたんだよ」

「魔力の強い赤ちゃんならあり得ることなんです。特に母体との魔力の差が大きいほどに」

「え?じゃあ俺がイライラしてたから、代わりにオレアンダーをやっつけてくれたってこと?」

 ヒースは一瞬だけ呆気に取られるも途端に吹き出した。

「あははは!ま、そういうことです!」

 少しだけ見えたオレアンダーは気まずそうな表情をしていた。

「ライン領にいる時は全然暴発しなかったんですが。あんなに怖い思いもしたのに」

 クシェルは不思議に思い首をかしげた。あれだけ危機に晒されれば大暴れしそうだが。

「ヒート促進剤を嗅がされたせいでしょう。念の為検査もしましたが、異常はなさそうです」

 手元にいつの間にか現れた資料の様なものに目を通しながらヒースがゆっくりと告げてくる。

「今のところ順調そうですけど、君はなにぶん男性オメガですから設備が整った環境でなくては出産は不可能なんです。また詳しく見せて下さい」

 ヒラヒラと親しげに手を振ってきたかと思うと、白衣をたなびかせるとヒースは足早に部屋を後にした。

 オレアンダーがヒースを追いかけるも二言三言話す声が聞こえたかと思えばすぐに戻ってきた。

 ベッドから起き上がり身支度を整えているとウィリアムが珍しく寄ってくる。

「さっきは悪かったな熊殺し。魔法暴発の原因の切り分けをしたかったから少々無茶をした。やはりギレス先生の子だから大丈夫だったな。きっとすごい魔術師になるぞ」

「少々って…」

「ウィル。人の子で実験しないでってば」

クシェルもオレアンダーも呆れて言葉が少なくなってしまう。

 なんでも、どこから魔法が発動しているか、はっきりとさせるには多少の衝撃が必要だったらしい。

 降り注ぐ氷柱を思い出すと、もはや殺しにかかってきてると思っても不思議じゃないくらいの衝撃だったが。しかし彼に悪気は全くないのだろう。

 クシェルがぐったりとしていると、ウィリアムがこほんと咳払いを一つ落とした。

「後の始末はしておきますから。ギレス先生達は帰ってください。またその蔓に暴れられたら堪らないですからね。まったく親の顔が見たいものだ」

 鼻で笑いながら憎まれ口を叩いてはくるも、

ウィリアムもどこか疲れているようだった。ローゼラインから襲撃を受けたのだから無理もないだろう。

「迷惑かけて悪かった。ありがとな」

クシェルは疲れた様子の彼に申し訳なさがたった。オレアンダーが申し訳なさそうに彼に頭を下げた。

「ごめん、ありがとう。ウィル。また借りは返すから」

「でしたら、可愛い番を連れて長期休暇で旅に出たいです」

 黄昏た様子で明後日の方向を見ながらウィリアムが嘯く。クシェルは彼に番がいるということに驚き思わず目を丸くさせた。

「…善処するよ」

 何故かオレアンダーは少しだけ顔を引き攣らせたように見えた。やはり助手の長期休暇は自分の仕事にしわ寄せがくるから困るのだろうか。

 なんだかんだ気遣ってくれるウィリアムに促されクシェルはオレアンダーとともにそのまま棲家へと帰ることにした。

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