第4話 俺は獲物じゃありません

 とりあえず【ズームイン】カードを使って遠くを拡大して見ながら目印になりそうなものを探してみたところ山脈が目についた。

 それを目標にして月明かりを頼りに【念動力】カードを使って空を飛んでいる。

 空気抵抗があるので、そんなに速くは飛べないのが難点だ。

 ママチャリの全速力よりは速いと思うけど山に到着するのは何時間かかるやら。

 いや、下手すりゃ日単位かもしれない。


「しょうがない」


 イマジナリーカードの追加投入だ。

 そう思った矢先、前方から何かが飛来するのが見えた。

 このままだと正面衝突もあり得るので飛ぶ方向を真横へと変える。

 ニアミスを避けるべく距離を稼いだつもりだったのだが、向こうは俺たちの方へ近寄ってきていた。


「おいおい」


 単なる偶然ということもあり得るので今度は垂直上昇してみた。

 これで向こうが俺たちを目標にしているかどうかがハッキリするだろう。

 うん、明らかに俺たちに向けて上昇してくるね。


 どうもこちらを認識しているっぽい。

 【光学迷彩】カードは未だ有効にしたままなので俺たちは姿を消した状態なんですが?


「何でだ?」


 問いかけても答えてくれる相手はいない。

 連れて来たお姉さんは眠っているしな。


「明らかに獲物として認識されているんだろうなぁ」


 飛ぶ速度が遅いようで距離がまだあるが、それでも細長くてそこそこの大きさがあるとわかる。

 クネクネした動きで泳ぐように飛んでいる姿を見ると異世界に来たことを強く実感できた。


「空飛ぶヘビなのか?」


 見た目はコブラっぽいんだよな。

 しかしながらヘビなんて地を這うハ虫類のはずが翼もなしに空を飛んでますよ。


「風の魔法でも使ってるのかね」


 いや、知らんけど。

 おそらくはそうなんだろうが今はどうでもいい。

 問題はターゲットとしてロックオンされているであろうこの状況だ。


「逃げても追ってきそうだしな」


 ヘビは執念深く獲物を付け狙うと聞いたことがある。

 俺は奴の獲物になった覚えはないんだけど向こうはこちらの都合など知ったこっちゃないだろうし。


「まだ距離のあるうちに見ておくか」


 【賢者の目】カードを使う。


「エアコブラって、まんまじゃないか」


 それは、まあいい。

 問題にすべきは猛毒を持っているということと熱源を視覚情報として見ているということだ。


 前者は【毒薬の心得】カードで耐性が得られる。

 油断は禁物だが対処は二段構えだ。

 万が一、耐えきれなかった場合は【解毒】カードを使う。

 これにより毒や怪しげな薬物は解毒することが可能なので死ぬことはないだろう。


 厄介なのは後者の方だ。

 せっかく姿を見えなくしたのに向こうには体温で丸見え状態なんだから。

 道理で俺たちに向かってまっしぐらに飛んで来る訳だ。

 まるで洋画に出てくるカッパみたいなヘルメットを被った戦闘狂のエイリアンじゃないかと心の中で毒づいたさ。

 実際、獲物としてロックオンされると逃れることは非常に困難みたいだし。

 こっちの見た目は人型じゃなくて毒蛇だけどね。


「勘弁してくれよぉ」


 泣き言のひとつも言いたくなる。

 こっちは守らなきゃならない相手がいる身なのだ。

 本来であれば適当な場所に身を隠してやり過ごしたいところなんだが、それが通用しない相手だ。

 迫り来るスピードはさほどではないとはいえ悠長に眺めている訳にはいかない。


「しゃーない。やるか」


 覚悟を決めて対応にかかる。

 幸い飛行速度は遅いので時間は稼げる。

 その間に新たなイマジナリーカードを用意するとしよう。


「まさか生身でドッグファイトすることになるとはなぁ」


 そんなのはアニメや映画の世界だけの話だと思っていたよ。

 とはいえ、エアコブラとやらと真っ向勝負をするつもりはない。

 だから新しいイマジナリーカードを想像し創造しようというのだ。


「見てろよ。一発で仕留めてやるからな」


 思い描いたカードが完成した。

 その名も【帯電雷】。指定した物品を帯電させて触れたものを感電させるカードである。

 普通は帯電させても近づくだけで放電されかねないが、これは機雷をイメージしたものだから触れない限りは何も起こらない。

 イマジナリーカードだから俺の妄想通りに動作する。

 そこに理屈は通らない。


「だから何でも帯電させられるってね」


 【なんでも収納】カードを起動し亜空間から帯電させるブツを引っ張り出す。

 冬の外出時にはよくお世話になる日用品であり消耗品だ。

 使い切る前に廃棄することになるが安いものだから惜しくはない。

 そもそも引っ張り出したのは昨シーズンの使いかけのものだしな。

 亜空間に収納していたおかげで今もバッチリ使うことができる状態だ。

 新品だと立ち上がりに些か時間がかかるので使いかけというのは実に都合が良い。


「さぁて、始めるか」


 ブツに帯電させて地面近くへと降下していく。

 俺は術者なので帯電させたブツを持っていても電気ビリビリは来ない。

 これこそが今回の作戦を実行しようと思った理由である。


「来いよ、来い来い」


 エアコブラよりも低い位置に降下すると、奴はやはり俺たちの方へ目掛けて体をクネクネさせながら飛んで来た。


「それでいい」


 引きつけながら水平に移動する。

 少しでも距離を稼いで奴と俺たちの高低差が無くなるようにするためだ。

 向こうに知恵があったなら誘われていることに気づけたのだろうが、そういうことはない。

 本能的に追ってくるばかりなので。その性質を利用させてもらうつもりである。


「良し、いいぞ」


 エアコブラと視線の高さがほぼ一緒になった。

 後は充分に引きつけてから──


「今だっ!」


 一気に急上昇する。

 距離が詰まりギリギリの距離だと思った直後だったのだがエアコブラが飛び込んできた。


「あっぶねー」


 引きつけ過ぎた。

 スケールが大きいせいで目測を誤ったとも言える。

 人間よりデカいコブラなんてシャレにならんだろう。

 噛まれて毒で死ぬ前に丸呑みにされてしまうところだった。


「化け物め」


 いや、魔物なんだけど。

 毒づきながらも上昇を続けて距離を取る。

 向こうも攻撃を外した直後こそ硬直していたが、すぐに俺の方へ向き直る。

 見失ったりはしていないようで何よりだ。

 その直後、奴はとぐろを巻いたかと思うと直上に飛び上がってきた。


「バネのつもりかよ」


 確かに瞬発力はそう思わせるものがあったが、俺も上昇を続けていたので齧り付かれることはなかった。


「鬼さんこちらってね」


 そんなことを言って挑発せずともエアコブラは姿を消している俺たちを獲物と認識している。

 熱で姿を捕捉しているのだから当然だ。


「それがお前の命取りだ」


 俺は手にしていたブツを投下する。

 掌サイズの代物だが俺の思惑通りなら奴は食いついてくるはず。

 その目論見は正しかった。

 次の瞬間──


 バチンッ!


 エアコブラの口腔内から派手な音が聞こえてきた。

 ものの見事に食いついた証拠だ。


「熱を発していれば食いつくと思ったよ」


 たとえそれが使い捨てカイロだったとしてもね。

 奴にとっては普段の獲物と変わらぬ温度だったのだろう。

 形状もろくに確認せず食いついてしまった訳だ。


 それだけなら何ともなかったはずだが【帯電雷】カードの効果により過度の電流が流れれば話は別である。

 エアコブラは口から煙を垂れ流しながら墜落していった。

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