最初の怖気

 小用を足した後も私はしばらく通路にとどまり、のどかな景色を眺めていた。

 時々別の車室から出てきた人に道をゆずる。中には関わらない方が良い人種もいたが、私は長い旅の経験からその手の人間との距離の取り方を知っていたから適度に頭を下げてなした。

 やがて同室の赤い髪の少女が出てきた。

 トイレに向かうのかと思ったがそうではなかった。

「おじさんたちが商売の話を始めた」と彼女は言った。

「ではしばらく戻らない方が良いのかな」

 彼女が出てきたということは席を外すよう圧をかけられたに違いないと私は思った。

「話しかけたのはどっちだった?」

「小太りのおじさん」

 商人の方から軍人くずれに声をかけたようだ。臨時の護衛に雇うつもりだろうか。それにしても初対面の若者を雇うとは何か思うところがあったのか?

「きみはひとりで大丈夫なのかい? 女の子ひとりなんだろう?」

「あ、やっぱりわかるよね、女だって」彼女は笑った。「でも慣れてるから」

 そう言って彼女は窓の外に顔を向けた。

 遠くに連なる山々。ぽつぽつと小屋が佇む田園。

 私は彼女としばらく外の景色を見ていた。

 小さな商談ならこなせただろう時間をあけて私たちは車室に戻ることにした。


 扉に手をかけた時、わずかに怖気おぞけが走った気がした。

 しかしそれを感じたときには私は扉を開けてしまっていた。

 自然と足は動く。

 私と彼女が車室に入った瞬間、それまで背を向けていた軍人くずれの若者が振り返った。

 その大きな体に隠れるようにして座席にもたれかかっていた商人の顔が見えた。

 その刹那いくつかの情報が私の脳に飛び込んできた。

 大きく目を見開いて動かない商人の顔。

 刀剣を手にした若者が半身はんみになる。

 商人に血の気はない。

 こちらに体を向けた若者。

「お前!」という声が聞こえて来た時には刀剣は抜かれていた。

 そして刀剣が振り下ろされる。

 一瞬にして何枚もの絵画を見た気がした。

 私は反射的に赤い髪の少女の前に出ていた。

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