これは”約束”を巡る御伽話

@nokal

プロローグ ”約束”


 大人になって“思い出す”ことって何だろう?

 ふとそう考えることがある。


 社会に出て毎日が当然のように過ぎていく日々の中で、思い出す記憶って何だろうか?

 初めて友達ができた日のことだろうか? それとも喧嘩をした日のことだろうか? はたまた学生時代にあった行事だろうか?

 否、そもそも“思い出す”ことなんて有るのだろうか?


 日々生きることに精一杯の人間達が、一体全体何をトリガーとして過去を振り返るのか。もしかしたら思い出せるような記憶など、とうに色褪せて花びらのように自然と散ってしまっているかもしれない。風に乗って地面に落ちては花を咲かせることもなく車に轢かれるかもしれない。

 気がつけば四季が巡りゆくのと同じように、僕等は忘れてしまっているかもしれない。

 あの時を――――

 あの大切な時間を――――



***



 自転車に乗って、気持ちよく坂を下っていく二人組。見慣れた学生服を着た男女を横目で追って、僕は汗を拭った。思い返せば、あの日もこんな汗の滴る暑い夏だった。

「ふぅ……」

 年相応というか、ただ単に運動不足かもしれないけれども、昔よりは確実に弱まった足腰をどうにか奮い立たせ長い長い坂を登る。汗が染みたハンカチを握りしめてただひたすら上を目指した。

 此処から見える景色が絶景なのは既に知っている。町を見下ろすことができる丘の上へ向かってひたすら歩いているのだから。ちなみに途中まで乗っていた自転車は壊れた。全く幸先の悪い。

 しかし僕は景色を堪能する余裕などなく、歩く。

 軈て、灰色に舗装された道が終わり、土で固められた道へと変わった。此処まで来れば目的地はすぐそこだ。振り返れば広大な海が見えるだろう。

 僕はようやく立ち止まり、一度大きく呼吸をする。生暖かい空気が肺に流れ込んできた。


「夕希」


 手を伸ばせば届きそうな位置にある太陽へ大きく腕を伸ばした時、後方から話しかけられ腕を下ろす。振り返ると其処には遠慮気味に微笑む懐かしい友の姿があった。笑顔になれていない口角が、片方だけ吊り上がっている。首を少しだけ傾げており、目線が合う。あの頃と少しも変わっていない姿に見惚れていると、怪訝そうな顔をされた。


「夕希」


 もう一度、優しく名前を呼ばれ、軈て僕は彼女よりも慣れた笑顔で微笑み返した。

 乾いた喉の奥から、僕は言葉を絞り出す。

 初めから伝えようと思っていた言葉。

 此処へ来る途中、新幹線の中で何回も復唱し、有ろうことか夢の中でもこの言葉を練習していた。

 別れを告げたあの日から、今日までずっとずっと心の中にしまい他のところでは決して口にしなかった言葉だ。


 僕は言わなければならない――。

 無風の中で、頬を撫でるような優しい風が吹いた――ような気がした。



「ただいま」


 彼女の癖のついた朱色の髪の毛が舞った。


「おかえり、夕希」




 今だから言える――。

 これはきっと、

 神様の気まぐれによって翻弄され

 人より少し多く、出会いと別れを繰り返す

 僕等の手記ものがたり

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